コーヒー屋:4 しりとり虫とり




「ユーゴスラビア」
「アリアケトビウオ」
「オ・・・」
「馬鹿高杉、カウンターの下!」
「おののこまち」
「人物あり?」
「カウンターの奥行ったぞ」
「見えねェよ、チョコレートケーキ」
「京都御所」
「ショートケーキ」
「京都大学」
「・・・クロアチア」
「それ5文字。二回戦」
「・・・スカイクロラ。上上、お前の絵んとこ」
「ほうき取ってこい土方、ランドマーク」
「クリスマスケーキ、お前が取ってこい」
「京都銀行」
「ウエディングケーキ」
「京都観光」
「うるるん滞在記」
「京都市長」
「・・・京・・・・」
「お前次、う」
「・・・・・・・・・・ほうき取ってくる」
いつになく動きが激しいコーヒー屋の店員とゴキブリの姿を目で追っていたいつもの客たちは、 埃が入らないようにだけカップに蓋している手の平が、だんだん汗をかいてきたな、と思っている。 それから、それ一匹を追い出すことと、6文字以上しりとりを何故同時進行ですすめていくのか、この店の衛生上の不安よりもその効率の悪さの方を、はるかに、疑問に思っている。 思いながらも、一応みんな敵の動きに合わせて頭を屈め、店員の言葉に合わせて次の言葉を、ひそかに考えている。 (う、ウガンダ共和国)(ウィーン大学)(ウィル・スミス)
「宇治抹茶、ほら高杉ほうき」
「ちゃ、」
「飛んだ! はたき落とせ!」
「『チャップリンの放浪者』。おら、ほうき」
「・・・・初期のチャップリン?」
「ミューチュアル時代のチャップリン、知らねえのかお前ナチスネタで有名になる前の、」
「ほうき!」
「こっち飛ばすんじゃねえ!」
「お前が入口にいるからだろうが、シャーロック・ホームズ」
「ずっこけ三人組」
「もうドア開けるだけだろ、み、ミニーマウス」
「・・・・」
「おい高杉出せって、あと3センチ、」
「スノーマン・・・・ち」
「・・・あ?」
「スノーマン家」
「チーズケーキ。・・・お前今のあり?」
「てめえはさっきからケーキケーキ言いやがって・・・・ったく」
ほうきをゴルフクラブのようにして打ち上げた高杉がバタンと入口のドアを閉め、その戦いは幕を閉じた。 「お前は京都ばっかじゃねえか」、カウンターへ戻った土方が一仕事終えたように首を回すのと同時に、 いつもの客たちもずっと縮めていた肩を、はァーと回す。これでゆっくりできると一息つくと共に、いつものことではあるが、自分たちはここへ コーヒーを飲みに来ているのか二人につっこみを入れに来ているのか、一体何をしに来ているのかが、少々、わからなくなる、その事実をいつものように コーヒーで喉奥へぐーっと押し流し忘れることにする。
「あー疲れた・・・・・高杉、アメリカンコーヒー・・・」
「ヒーリングミュージック」
「空気清浄機、つかまだやんのか」
「負けた方がコーヒー淹れる京都出張」
「おっ・・・前は、もう京都ナシ!」