今日、アメリカのどっかでロケットが飛んだ。
その昼中で、青い空をみると全身はすこし静けさに包まれた。
夏空に、すううと飛行機雲が白い尾をひいていく。地面に立ってる自分にはまったく関りのない遠い高度なのに、どうして見上げてしまうのだろう。 人類がまたも地球を発つなんて(ニュースにしてみれば、とても簡単な)その事実に至るまでには色んな人の色んな苦労があったに違いはなかったが、 そのどれもが土方には関係がなかった。 二つのまぶたをおろして、アイスをかじりながら歩いていた沖田の姿を思い浮かべてみる。7月8日。今日、沖田は上へと帰った。 大気圏でも大空でもなくそのもっと向こうに広がる、宇宙にである。彼には発射台も保護服もましてや肉体なんてものさえ要りやしないのだった。
俺、じつは宇宙人なんでさァ
「人」っていうのも可笑しな話ですがね。何せ、意識体なもんで。木星あたりの膨大なヘリウムなんかの間で、何をすることもなく形もなく ただゆらゆらと漂ってんです。この体に落ちてくる、前までは。ちょうど16年もありゃあっちに帰れまさァ。 アンタらのいう時間て概念で、いうんなら
果てしない話だ、土方は河原に寝転んで晴れ渡った空を眺めながら思う。それから、 小学生の頃、将来の夢という作文に「宇宙飛行士」と沖田に油性マジックで取り返しのつかない大きな文字を勝手に書かれた時、 それを怒って破り捨てると本気でスネた(側を離れないくせに、膨らんだ頬に飴をコロコロ突っ込んだまま絶対口をきかないということ)昔を、一人ぼんやり思い出していた。
例えば土方さん、アイスの角を空へと傾け、いつだったか沖田が聞く。
「アンタ、空間に限りはあると思いますかィ」
「俺は永遠は信じねェ」
「線も、壁も、国境も全部人間が勝手に区切ったものでしょう。空間は実際誰にも遮れない」
「無限の存在か。哲学的だ」
「だから、宇宙は広いんですぜ」
昨日の夕飯の話でもするような淡白さで沖田はまとめた。その間、二人とも並んで夏の色をした空を見ていた。 当たり前みたいに風が吹いていた。 どうせなら、本当にサンマの塩焼きや菜っ葉の煮物の話をしていればよかったのだ。
半ば真剣に、
「お前、本当に俺に宇宙飛行士になって欲しかったのか」
聞いてしまうと、沖田はフーンと楽しそうに笑った。服にこぼれたアイスの塊を、きちんと人間の指の形をしたそれで払いもした。
「ここには余分なモンが、多すぎら」
沖田の手がぺたり自分の首にはりつく。空気、皮膚、肉、骨、血脈、細胞、 沖田の淡白に丸い瞳を見つめながらそれらを感じる土方にはもちろん意識同士だけで触れ合う術を知りなど、しないし、 いつの日か宇宙に行けたとしたってきっと同じだ。結局は、沖田の言ったようにそれは概念の問題なのだ。 と、考えながら土方は黙って空を見上げている。薄い雲が左へとゆるく流れている。 腹黒で性根の悪い男など、できるならしばらく面倒なんかみたくない。 もう落っこちてくんなよ、指にはさんだタバコで指してつぶやいてみると飛行機の向こうで何かがビカと光った気がしたが、無視をしてそのまま目を閉じてやった。 (無事宇宙へと放たれたディスカバリー号は沖田の意識を過ぎただろうか? 巨大に猛々しいエンジンの横を、 突き抜ける先端を、 開くパネルの羽下を。 考えている) それはあんまりにも強く光ったものだから、さっきの残像がまぶたの中で漆黒に散らばる星々のようにゆらめいている。まるで、宇宙が誘っているように揺れている。 ・・・・わァったよ、土方はごく小さなため息を出して、緑の地面へくしゃり頭をすりつけた。 まったく人の誕生日プレゼントに、自分の将来というものは大きすぎたが、頭上の遥かなそれに比べれば、まあ、何てこともないのだろう。



沖田への誕生日プレゼントに宇宙飛行士になる土方