前サイトで一瞬あげてた文




「あのう、これ、土方さんに渡してほしいんですけど」
屋上で仰向けになって寝転んでいた高杉は、その声に顔の上へ乗せていた本をすこしずらした。
逆光の中で、女生徒がこちらをのぞきこんでいる。まぶしさと寝起きの機嫌の悪さから眉をしかめて睨んでみても、 そこらの不良がおののく視線を、ぴかぴかと輪郭を光らせている彼女は一向に気にする気配がない。 本を顔上に戻しかけながら、他をあたれ、と言う前にしゃがみこんで重たい何かを勝手に腹に乗せてくる。おい、と思わず半身起き上がった。
「何だ、これ」
「ラブレターです。ちゃんと彼に渡してください、絶対です」
これが? 会社の会議で使われそうな茶封筒は、あまりの分厚さで紙束の角に皺が浮き上がっていた。 見下ろしている間に、彼女は恥ずかしそうに走り去っていく。 高杉はそのひるがえるスカートを見送りしばらく青空の下起きぬけの頭でぼうとした後、ガリガリ額をかいた。

「・・・おい土方」
4時間目の授業中、前の土方の椅子の足に上履きの裏をあてた。シャーペンを走らせていた手が止まって、頭が椅子の下へけげんそうにすこし傾き、また戻ってしまう。
「おい」
もう一度声をかけると、土方はばっとこちらを振り向き、ちょっと驚いた顔をした。
半年も同じクラスでいながら、こうしてきちんと居ることも少ない教室でクラスメイトに話しかけたのは確かに初めてだ。 お前のせいで俺の用事が増えた、とむすり口を結んだまま、初見に近いその顔を無意識に観察する。 まあ、男前な造りをしてる。いかにも、女にモテそうだった。 そういえば銀時が去年のバレンタインに恨めしそうな口調で、土方の野郎、どうせ食いもしねえくせに、とか何とか言ってた気もする。
「あー・・・何だ?」
土方は椅子の背に腕を置いて、すこし頭を傾けた。 声も、まあいい。低くて耳によく沈むそれを聞きながら、そんな分析が馬鹿馬鹿しくなり、高杉は鼻から息を吐いた。
「おい、何だよ話しかけといて」
じれたように眉を寄せる土方の喧嘩っ早そうな瞳に知らず口はしがあがったが、絡んでいる場合でもないし、用はさっさと済ませたい。 茶封筒を机の上に出す。それから、その振り返っている腕に押し付けた。
「何だ、これ」
俺と同じセリフだ。
「ラブレター」
ぽろ、と土方の指からシャーペンが落ちる。高杉はそれを眉をあげて見た。こんなことくらい慣れていそうなものなのにその反応は何だ。まあ、確かにちょっと分厚いが。
土方は受け取ったそれとこちらの顔を疑うように見比べてから、ひきつった笑いを浮かべ何か言ってほしそうにこちらを見た。 冗談だろ?的な表情だ。別に冗談じゃない。ただの面倒な頼まれごとだ。無言のまま見返していると、笑みが消え、徐々に目が見開く。
「あ、あの、よ」
言いかける土方を、まさか断りの返事まで俺を通してするつもりなのか、とまぶたに皺を寄せて遮る。
「返事はそれ読んでしろよ」
「え・・・あ、ああ・・・それも、そうだよな・・・悪い・・・」
わかったんならいい、あとは二人でどうとでもやってくれ。 背をずらしてポケットに両手をつっこんだまま、それ以上の会話が面倒で、もう土方を無視して窓の外を見た。一人何やら深刻な顔つきをしていた土方は、教師に「 お前さっきから後ろばっか向いてんなコラ」と教科書ではたかれ立たされたる。く、と笑うと、「・・・てめェなあ」とあきれたような横目で睨まれた。



次の日になると、高杉は昨日のことなどすっかり忘れていた。ただ土方という名前と顔が一致し、その声がどんなだったかを覚えている。 教室で交わしたまるで友人みたいなやりとりがむず痒い。それだけだ。
「銀時、お前去年土方と同じクラスだったよな」
「んーえ? ふん。そだけど・・・何ぶェ」
ろう下の壁に寄りかかって朝っぱらからクリームパンをほおばっている彼の隣でしゃがんだまま「別に」と目を離す。
「珍しいな、お前が他人の名前口にすんの」
「だから、別にっつってんだろ。つうか食ったまま喋んな汚ねェ」
ごめん、ごめん、と言ってパンを全部口に入れた銀時は、手をはらいながら、あ、と壁からすこし背を離した。
「噂をすれば・・・土方ァ!」
その名前にふっと顔をあげる。ろう下の向こうから鞄を背負って歩いてくる土方は、あからさまに嫌そうな表情をして銀時を見、 その視線をこちらへすべらせ自分に気づいたとたん、びくり立ち止まった。
「え、どしたの何その反応」
「や、いや・・・」
土方の目が泳ぎ、ちらり自分を見てから、またすぐどこかへいく。銀時がそれを追って、こちらと土方を交互に見た。
「何、何かあった、お前ら」
別に何もない。ああ、強いて言えば、
「昨日・・・」
頼まれた封筒渡しただけだ、と続けようとした口を、土方が、ああああ!といって両手で塞いでくる。 その奇声とこちらへ向かってくる手の速さにちょっとびびった。おかげで、ガン、と後頭部を壁に思い切り打ち付けた。何なんだこいつ。 土方の指の感触が口元に当たっている。わけのわからないままとりあえず、おい、とくちびるを動かした瞬間、ひどく慌てたようにぱっと離れる。
「えーちょ何だよ、気になんじゃんよー」
「うるせェお前は。た、高杉! てめェ、ちょっとこっち来い」
「あァ?」
「あのことで話があんだよ」
あのこと? 見当がつかず動こうとしない自分の腕を土方が引っ張って立たせる。俺のけもんかよーとか何とか言っている銀時を放って、そのまま階段の裏まで連れて行かれた。
「あの、よ、昨日のアレ、そのー読んだ」
昨日のアレ、ああラブレターのことか。土方が鞄から出す茶封筒に目をやる。
「何つーか、感動した・・・余りに大作で」
言いながらホッチキスで止められた紙束を封筒から抜き出し、ぐす、と涙目になっている。
「そんなに俺のこと見てたなんて知らなかったぜ。一人称が私だったり丁寧な文章書くじゃねーか、お前、見かけによらずすげー熱いもん持ってんだな・・・」
は?
彼の言っている意味が飲み込めず口を半開きにしていると、土方が目線を右、左、と動かし、ああ意外に色気秘めてる、と今 自分が気づいた目元をうっすら染めてこちらを見た。
「いいぜ、付き合っても。お前からこんなんもらって落ちねーヤツはいねえよ」
「・・・・・」
土方が耳の下なんかをかきながら照れを隠そうとしている。それから、ちらとこちらに視線を送って、はァと額に手を当てている。 うなじがすこし見えている。落ちた前髪の下で伏せたまぶたが影になっている。
高杉はそれをぼうと眺めながら気づけば、ああ、とだけ言っていた。

「いや、どういうことなのォォ! え、何それ?! その実際書いた子はどうなるわけ!」
「名前書くの忘れたんだろうな」
「かわいそうだよ! 俺言いに行くよ! どんな文だったんだよ、気づくだろうよ普通よー! ああ馬鹿土方・・・何で高杉よ、とんだダークホースだよ」
顔を両手で覆っている銀時を横目に、高杉はストローを噛んだ。
「・・・で、あいつどうだった? もうやった?」
机の下で、ゴン、と銀時の膝を蹴る。ってェ〜、と机に突っ伏した銀時は、何お前、結構本気?と上目遣いをよこした。
本気も何も全ては土方の勘違いだ。けど、
「高杉てめェ帰んねえのかよ」
ほんのわずかにすねたみたいな様子で教室の入り口をのぞいてくる土方がちょっと何か、何というか。
「・・・まあ、こういうのもアリだな」
机に顎を乗せてちえ、と言っている銀時に口元をひきあげ、高杉は鞄を背負い立ち上がった。


「よし、高杉乗れよ」
自転車を引き出してきた土方が、男前に後ろをあごでさす。毎回疑問に思っていたが、
「何で、いつも俺が後ろなんだ」
「いや、だって、お前がこうするのが夢だったっつうから」
ペダルをこぎだす土方の背中を半目で見る。一体どんなことがあの分厚い紙束に書かれていたのか知る由もない。
「パリのシャンゼリゼを一緒に歩くのはまだ無理だよな、んな金ねェし・・・船でタイタニックの名シーンを再現するのはまあできるか・・・」
ぶつぶつ言っている土方の背中に、呆れてトンと頭をつける。お前は何でそんな内容で落ちたんだ。
阿呆か。
いよいよ鼻をならして、後ろから土方の襟を引っ張るとうなじを舐めた。キィィ!と音をたてて自転車が止まる。その勢いで鼻をぶつけた。 痛みで目をしかめながら、振り返る土方を見上げる。てっきり、何すんだ!とか何とか顔を赤くして怒鳴るのかと思えば、土方はまばたきをしてから好戦的な笑みを浮かべた。
「意外に積極的なんだな」
「・・・まあな」
鼻を片手で押さえたままそんな土方にすこし目を薄める。よし、と言ってまたペダルをこぎだした土方の後ろで、ぐんと体が引っ張られ、(何が、よし、なんだか)、 吹く前髪の下ですこし車体を掴んだ。


当の女の子は、銀ちゃんが「いいの?」ってわざわざ聞きに行ったら、「高杉くんと土方くん・・・・ありだね。すごくありだね。 あたしすごい役割しちゃった」って別の方面に目覚めます