『沖田と兎』 黒い。 いつの間にか目の前は夜の海みたいに真っ黒で、しばらく目をこらしてみて、暗いのだと気づいた。 その暗さに手を伸ばしてみると、ぼこぼことした固い感触が広がっている。 真上の白い丸が、ぽつん、と高い。はたして、沖田は今大きな穴の中にいるのであった。 手の平で壁を伝ってみたけれど到底登れそうになかったので、とりあえず口笛を吹いてみたら、なかなかよく響く。 そのメロディー 趣味が悪い 影が言う。この世には生きているものと死んでいるものの2つしかないと沖田は単純に思っていたけれど、 影はその中間でいるみたいにあいまいな色合いをしていた。 哲学を考えていたのか? それとも孤独を悟ったのか? どうやってここへ落ちてきた 隅にたたずんでいるあやふやな輪郭は兎だった。やけにえらそうな口をきく兎である。 人を斬ってた (沖田は頬をぬぐって答えた) 同じことだ (兎は、石ころをひとつ拾いふんふんと鼻でかいでいたが、すぐにあきたのか右の方へ放った) どこでィ、ここは (これは独り言である) 初めてか? ふっと宇宙まで冴える感覚は? 寒気すらしそうな己の意識の内側は? この穴に落ちる瞬間は? それは、孤独だ そう一種の! 気づけば己以外誰もいない世界! 無心の極み! この真理! ・・・お前、ちょっとうるせェな 剣のツバで耳の裏をかくと、兎は急にわんわん笑い声を反響させながら左右へ何度も飛び跳ねた。 そうだ、そうだ、と連呼する。孤独だ、哲学だ、光だ、影だ、すべては大きな穴なのだ! お前が人を斬るのも、結果誰かを守るのも、 遠い昔からいつもあの男の背中を・・・・、 瞬間沖田は瞳孔を光らせ、音がする間もなく剣を抜き振ったが、兎はじつに兎らしくすばしっこい。 ぴょんぴょん跳ね回る軌道を読みきって、 長い耳をわし掴みにすると、兎はうっ、うっ、うっ、といって4本の足で情けなくもがいた。まったく初めからそうして動物らしくしてれば、いいのに。 さて、どうしてやろうか 首を傾けて、まぶたの下から冷たくそれを見おろしていると、上で人の足音がカツリ、カツリと近づいて止まった。 やがて遠のいていったかと思うと、思い出したみたいにまた戻ってくる。ここを知っているような歩き方だった。 総悟か。そろそろ、戻って、こいよ 土方の声である。その一瞬沖田は、さっきの乱闘のさなか、土方の黒髪が陽射しにあたって茶色く舞っていたことを思い出した。 へーい 沖田に解放された兎は一回転をして、向こうの闇からじ、とこちらを両目で見据えた。 行くのか そうさ ここから修羅にも、神にも、なれるのに 呼んでる人がいるもんで 暗闇と一緒にかすれはじめた兎は、そうか、と言い、前足で腕組みをして、すこし考えるようにしてから、 ・・・それは幸せなことだ、と、ぽつりつぶやいた。 |