文化祭の写真展に坂田の作品を見に行った帰りだった。 土方は丸いりんご飴をかじりながらその甘さの後悔とねばついた手を持てあましていて、高杉はときどき犬みたいに横から噛んできた。 その黒い髪束に手のひらをあてると、てめベトつかせんな、と蹴りながら避けるので意地悪く笑った。 いつものバカらしいやりとりだった。坂田は後ろ足でふうと薄めたまぶたをして、 そんなこちらを見ながら頭に両腕を組んだ。 「なァ、お前らのキス、撮りてえの、俺」 高杉がくちびるにくわえていた煙草を、ゆっくり指でのけて坂田を見た。 土方も、甘ったるい口中で、一瞬、言葉を失った。 ざわあ、と泡みたいな風が吹いて、夕陽で橙に染まった笑顔の銀髪をゆらす。 「すげェ、いい絵になると思うよ。お前ら」 一向になくならないりんご飴は右手にずいぶん残ったまま、すこし眉を寄せている高杉と、互いの横目に映る夕方を見た。 俺たちは友人である前に悪友だ。今更、そんなことする関係じゃぜんぜんない。 坂田のアパートの台所に二人して腰をあずけ、 きれいにカメラへフィルムをセットする坂田の手つきを眺めていた。その目は真剣そのものだ。 「なァ、本当にさせると思う」 「あいつの一眼、影が綺麗に出んだよな」 「逃避か?」 「誰が逃げてんだ。俺はしたっていい」 高杉は淡白にふっと薄い紫煙を吐きだした。そう言われてしまうと土方は性格上の問題で引くことができない。俺だって、それくらい、いい。どうってことねェよ。 何となく目線を落として、ソフトケースを人差し指でたたく。なかなか出てこない。空だった。高杉にねだって、箱からつき出たその一本に頭を傾けると、 シャッターが切られた。坂田の意識はもうすべて、ファインダーを通したその世界に入り込んでいる。ただの景色の一部になって、けれど、何をも逃さない。 息をひそめて瞬間を待つ。彼のそんな密やかで強い空気に、気圧され、わずかに何か(感性の鈍い土方は知らないことだ)を、ひきずりだされた。 「・・・おい、するしかねえ感じだぞ、コレ」 「みてーだな」 部屋にはビートルズの「ブラック・バード」が流れていた。途中で一箇所、音が飛んだ。たまにブオンとバイクが通った。台所の電気は無機質だった。 高杉が、じゅ、と煙草の火を消した。その静かな音の予感たちに血が脈打ったのが落ち着かず、先手をかけ彼の襟首をひっぱった。 鎖骨に歯を立ててみる。首筋に噛み返される。 そのまま、視線がゆっくり互いのくちびるに落ちて、どうして、とはもう思う間もなく、ただ合わさった。 「・・・・・は、・・」 舌をからめながら、途中で何回も肌を食い物みたいにして噛みつき合った。髪を掴んで、どちらも自分が有利になろうとした。 どっちが食うかというそれは一種の激しい喧嘩でもあった。痛みが甘いうずきを生み出し始めた。腰の服も引っぱり合い、いつしかそれに夢中になった。 火のついたらしい高杉に台へ押しつけられ、缶の落ちる音も聞いた。首元を歯でなぞられると震えた。肩や背中に爪の先も食い込んだ。 その間、ずっと、シャッター音が連続して聞こえていた。 ああ、頭の一部がどこかへ飛びそうな、強烈にぼやけた感覚だ。 「うーん、我ながら、いい出来」 坂田が暗室で現像してきたぶ厚い写真の束を、床に座って3人で見た。 まるでプールから泳ぎ疲れて帰ってきたみたいに、みんなすこし気だるげに疲れていた。りんご飴の乗っかった灰皿が、吸いがらで埋まっていた。 「傑作だよ、この犬」 「女ばっかかてめーはよ」 一枚ずつ文化祭の様子がおさめられたそれをめくっていって、土方はそこで口を閉じた。高杉も黙っている。 坂田は得意げに立てた片足に頬を乗せ、その写真たちを見下ろしていた。黒髪の2人。 土方がまぶたをふせて、閉じて、頭を屈めて。高杉がくちびるを傾けて、ひらいて、噛んで。1コマ1コマ区切った無音の映画みたいに切りとられている。 「お前ら、芸術みてーだよ」 坂田が目を細めて笑った。その指が、写真の二人の髪をなでる。まあ・・・自分で認めるのも何だけど、変な引力はもしかするとある。 「これなんか、俺のお気に入り」 バラバラ、と写真を崩して、坂田が一枚拾い上げた。 台所のはしの影がひどく黒い。高杉が土方のくちびるに食いついていて、土方が後ろ手をついている台に空き缶の模様がほの暗く映っている。 土方の足の折り方がその全てのバランスを崩していて、それが、妙に目に残る。落ちかけて傾いたまな板が写真のすみでひっかかっていた。 「ほォ」 高杉がそれを受け取り、眺めた。 煙にまぶたを薄めたまま、首を傾け、煙草を離す。 「焼き増ししろよ」 思わず、開いた目で高杉を見た。 「・・・欲しいか? コレ」 「てめェいっちまいそうな顔してたくせによ」 「どこにだよ」 にらむと、高杉の瞳が自分をとらえる。ぬうと伸びてきた手で後頭部を引かれて、くちびるに噛みつかれた。 表面を舐めとられ、床についてる指先がじんとする。 まずい、癖になりそうだ。 坂田が、「ちょ待って待って、いや待たなくていい、そのまましてて!」、とシャッターを押す音に、 ・・・どうしようお前のせいだ、とまつ毛をあげた一枚をみて次の写真展はこれでいくと言い出した。止める気力もない。 その写真の前でまた高杉が俺に触れ、周りが「ナマだナマ」と騒ぎ、カメラが入りシャッター音が割り込んでくる。ろくでもない悪循環だ。 全く何にはまってしまったんだか、自分でもよく理解できなかった。まあ仕方ねえなァ、と付き合ってやる。 ただこれが、坂田だけが生み出す、俺たちだけの芸術だからだ。 2009 ← |