エンジン




これまで他の誰かに、感じたことがなかった。
体の底から強烈に点火されるような、強いものを。
土方のことは、会話が好きだったし、飲みやすさが好きだったし、空気が好きだった。
性欲という形で意識の仕方が始まってしまえば、
たぶんもう落ちるしかなかった。

(バカだよもう・・・)

俺はあんな投げやりな体だけなんか要らない。
性欲だけじゃないらしくって。
それでも、土方が、いい。
・・・ねえ、こんなのほんと今更なんだけど
土方、俺、やっとエンジン、かかり始めたみたい。


・・・・それを、
伝え、たい。
・・・・うん。
罪滅ぼしでも何でもなく、純粋に。土方に。正面から。
(・・・・うん。)
薄く白い雲をひく、空の青を見上げる。
何だろうな。今までの色んなわけわからなさと激しさが全部吹き去って、不思議と柔らかい気持ちが残っている。
『今までごめん。昨日、漠然と気づいたんだけど。あのさ、俺・・・』とか何とか
言えたら、いいんだけど

い、言う・・・・・言う、ぞ
今日


「坂田、」
「うォああっ! ん?」
呼ばれて、跳ねるようにあげた目線が土方と合った。戻ってくる近所の景色。土方の、何か警戒してる目。
・・・やべ、自分で自分の声にびっくりした。落ち着け。逆流しそうな息を深く吐く。
・・・・よし。まだレンタル店前でしゃがんでいた膝を伸ばしてゆっくり立ち上がると、土方の靴が、後ろへ擦っている。
あれ
「あのよ・・・やっぱり、用事が」
えっ。
太ももを払っていた手をぴたり止めて、顔をあげた。どき、と冷たい血が沈む。
「え、用事」
「レポート、とか」
「あ、あー・・・な、何、締め切りー、近いわけ」
「いや、そうでもねえけど」
なんだよ
「じゃァ、駄目? 俺、話し、たい事があ、」
「いやわかった」
・・・・・・えっ、 あ、いいのかよ。
じゃあ、その微妙な躊躇は、一体・・・てか、今遮った?
サンダルの指を曲げたり戻したりしながら、自動ドアの音の合間に土方の気配を探る。
何だろ。話あるって誘ってからの、彼の違和感が、気になった。
(こんなもんだっけ。どうしてきたっけ、今まで。どんな風に土方と居てきたっけ・・・)
自然にしてきたこれまでの全部が、何だかわからなくなる。
・・・そりゃ、俺は、そんな誘いに驚くくらい、当たり前な接し方すらしてこなかった。 それを土方は今までどんな風に感じてきたんだろうと思うと、密かに喉が熱い。
歩いて前に出す、足に目をやる。
そんなんで、今更。・・・・なんて言ったら。


「・・・何だそれ、誰かと交信でもしてんのか」
「ん」
足元を見るといつの間にかつま先で描いている、奇妙な線。
目の前の公園のグランドでは、男子達がサッカーをしていて明るいかけ声なんかが響いていた。 部屋にいるとき聞こえてくると鬱陶しいけど、こうしてみると懐かしい。
・・・・・・いつ言おう。
地上絵を消してちらと伺った先の土方の目線は、他人みたいにわずかにそれた。ちょ、何、さっきから
「違うって、ちょっと考え事してただけだよ、こう・・・・お前に、話、が、あって」
「・・・・」
「本当だって」
「・・・いや、疑ってねェよ」
言いながら、足が灰皿代わりの汚れた缶を引き寄せる。カカカ、と角を擦る音。耳に入る小さなそれに、自然と目が細まった。
ゆるい気温。
風で舞う、砂の匂い。
部屋でセックスの予感に身を委ねながら近くに居るときよりも、指先が敏感で心もとない。 空の青と、すぐそこに感じる体の空気が、切ない。
(何で今まで、こういうの、してこなかったんだろう・・・・)
自分の欲しか、見てなかったからだ。
前髪の間から、遠い自分達のアパートを映す。
昨日から、見えすぎて怖いくらい。しっかり直視できないくらい、男前な土方がよく見える。 これまでの性欲の膜が取っ払われた、視界の中で。
昨日はその急な自覚に狼狽して、いっぺんに受け止め切れなかった。でも理解してしまえば、簡単なことだった。
あのアパートの窓は小さい。あまりにも、小さい。
好意があれば性欲が湧くのなんて、自然の摂理だ。 だけど、それだけじゃなくて。こうして、隣にいると。ただ、こんな時間も一緒にその上から積み重ねていきたいと、じんわり思う。
・・・そういうの。していきたいんだよ、今日から。ちらり土方を見る。今更って言われても、仕方ないけどさ
「土方、ん、話っていうのは、そのー、さ・・・・・・・」
「・・・」
「今まで、まァ、さっき謝ったけど・・・・・ん、そんで」
「・・・」
「あー・・・・・んん、その、やり直したい・・・んだよ・・・・お前と、ちゃん、と・・・」
サンダルの裏で土を寄せながら言いかけた喉奥が、途切れ途切れになる。 今まで言葉で始めようとしたことなんかないから、難しい。缶に放られる終わった吸殻の軌道。土方がライターをしまうのをぼうと横に感じる。
「・・・・行くか」
「うん・・・・・・・・・・・・えっええ、いや、もう?」
思わず、声を裏返して隣の土方を振り返った。いや、早いよ、ものすごく早すぎるよ。タバコ一本分てお前。ていうか
「え、俺、今さ・・・」
さっきから微妙に感じている困惑と焦りが滲んできた。用事があるとか、目そらしたりとか、その空気が すごく気になる。 俺は今までの分、距離、縮めたいと思うのに。お前は、何で遠ざかるんだよ。
「いやなァ、今の聞いてた? 何なの、お前まだ何か怒ってんの」
無意識に、行かせまいとして横から遮るように肩に乗せた手。 それを寝る前にすら示されなかった、反射的な力で払われた。
えっ。驚いた自分と、それと同じくらい何か驚いているような土方の目。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・いや、悪ィ。・・・怒ってねえよ」
傷ついたこっちの顔を見てから、前に視線をやった土方がいつもの低い声でつぶやく。
・・・・・・・・・いや、じゃァ、なんだよ・・・。
この、唐突な距離感は・・・。
行き場のなくなった手を自分の足の間へ戻す。土方は、しばらく黙って、日除けの柱から体を離すと歩き出した。

俺、何かしたっけ・・・。
ゆるい川がのん気な光を反射するのを見ながら考えた。
いやしたけど、してきたけども。そのせいで、土方はもう俺には気がなくなったとか。
(・・・あり得すぎて切ねー・・・)
今までのことが速い雨雲のように脳をよぎって、両手で頭を抱えた。 本当ごめん、もういくらでも謝るからそんなこと言わないでほしい。何でもする。何だってするから。・・・本当。土方・・・。
来た時通ったのと、同じ河原。祈るような気持ちで顔をあげると、土方は5mくらい先を行っていた。
・・・ちょっと! チリチリうるさい自転車を、「うるせんだよ見えてるよ!」八つ当たり気味に避けて追いかける。
背後から、土方、呼ぶと、すこし跳ねる濃い色のシャツ。
「そんなに俺から離れたいですかね」
「・・・歩いてるだけだろ」
「だって、何か変だよお前。何かあるなら、言えよ」
タバコの灰に落ちて、合わない目。帰り道一直線の足。
蛍光灯に照らされたそれとは違い、陽に包まれた髪先に、切ないくらい指を伸ばしたくなりながら、口を閉じる。
その先で、川べりに座っている、制服の男女。
見て、つま先から力を抜いた。
「・・・・」
・・・自分は。
高校の頃から。相手の内側よりも、予感の楽しさをみてきた。
寝るまで確かに縮まっていく距離の一歩手前が一番好きだった。だけど、 一回してしまえば終わりだ。いつだってそれで不思議なくらい冷めた。メールも電話もとたんに面倒くさくなってしまう。
・・・土方の、ときは
(・・・・・離したくない時点で気づけよ、俺。)
「・・・」
河原の終わりで狭い階段を登っている、背中を見れば
あの雨の日みたいに、服の線でわかるその骨の形にすら、脳が浮きそうな感覚は 確かに、性欲だ。
だけど、それだけじゃない。
だって、こんなささいなきっかけで点火して、
もう、俺はどうしても、お前とのこれからを考えたいんだよ、バカ! みたいな、そんな風に、なり振り構わず、彼へと向かうために、湧き上がってくる力。
・・・こちらが今更なら、そっちだってこれだけ走らせてきておいて、離れるのなんか、今更だ。

「土方」
足の裏で強く段を踏む。それ以上行かせないよう、後ろから腰の服を少し引っ張った。
それから、カン、カラカンと何かの音が降りたのを聞いた。段の隙間から抜け落ちる青。・・あ、ライターか?
前を見ると、半身ひねって振り返っている土方が、そこに持っていたらしい片手を握り、バツの悪そうな表情で斜め下を見た。
「・・・何、そんな驚いた?」
触れられただけで、落とすほど。
遠い街並みの景色を後ろに、動揺を知られて感情の滲んでいる土方を、くちびるを開いてしばらく眺める。
(・・・・ああ。先ほどから)
・・・この感じは知ってる。ずっと前から、知ってる。
ライターを拾いゆっくり段を登ると、土方の手すりへ置いている手がわずかに後ろへ動く。
「・・・土方」
黒髪に頭を寄せかければ、それ以上を阻むみたいに普段より無口だった唇が開いた。
「わかった、今度、聞くからよ」
「何、俺の話? なんで」
「・・・・」
名前を呼ぶ声に、見る目に、過剰に敏感な土方の神経。なァ、理由なんか考えるまでもなく、俺なんだろ。 知らない振りをしていた頃から、変わらず、同じように。自己中な俺なんかに、馬鹿みたいに。 意識の方向をまだ確かにこうして俺に向かわせているくせに。そんなの、喉が切なく痛むほどわかるのに。
なのに、
ライターを差出し返すと見せかけて、その手首を捕まえ、こっちにひいた。
「ッ、」
急に近づいた距離と、合った目線と、何かを言おうと開いたこちらの口に
土方の目が、妙に不安に揺れる。
もう片方の腕も、しっかり掴んだ。

土方、お前、

「何がこわいの」

光の射した瞳孔のよく見える目が、こちらを向く。ガアア、と電車の音が近くで通り過ぎた。
「誰がこわがってんだよ、何もねえ」
「うそ。逃げるなんてお前らしくねェよ、何があんだよ」
しばしの無言。
土方の足が、後ろへ段を擦る。
あ、ほらまた。逃がしてたまるか。
自分はもう、ただ期待と衝動と惹かれる力だけで今土方に向かっている。
向こうへ引く力をこちらへ戻して、錆びた手すりに押し付けた。黒い髪が陽の中で揺れて、戻る。 その影がわかるほど近くで両目を、見つめた。
呑むような、緊張であがって切れるような、土方のかすかな息。
下唇がくっつきそうなくらい顔を寄せ、
「土方」、と呼ぶと、まぶたが、背の痛みと、まぶしそうなしかめ方で、ようやく観念したように細まった。
顎をあげさせると、髪同士があたる。
「・・・なあ、俺、土方のこと好きになったって話なんだけど。もう遅いの?」
自分の前を遮るものが何もない土方は、ゆっくり目を薄めた。
悲しそうで、切なそうで、大事なものを何かにさらわれそうな顔をして、その代わりに、何かでいっぺんに埋め返されそうな眉をしていた。
「・・・んなわけねェだろ」
今まで聞いた中で、一番、掠れた、声。
「じゃァ、何を躊躇する必要があんの」
「・・・・・」
「何で避けたの、俺が、好きってそう言おうとしたの」
下くちびるに親指をかけ、目を落とした。それが、たっぷり空気をためて開く。
「・・・知らねェんだよ、今までに。そういうの。知らなくて、よく、わかんねェんだよ」
キスを直前で止め、伏せたまつ毛の艶やかな黒さに、まばたきをした。
顔を離す。
わァーと誰かの声がのん気な昼空に、よく抜ける。
声なく、すこしくちびるを開いた。
・・・・・ああ、土方は。
自分が思う相手に、同じだけのそれを向けられたことが一度もないのかもしれない。
与えられるものはセックスしかなかったのかもしれない。そんで、どれだけ、寝ても。それだけだったのかもしれない。
あの淡白さの意味が、今ようやく、わかった気がした。
走る普通電車のその前で、揺れている黒い髪。
俺に言われる予感で。
きっと望んでたくせに、一方で全く知らない場所へ連れて行かれるような不安があったのかな。
そうしていざ聞いてみたって。嘘は見抜けても、経験したことない相手の本気は判断しきれないのかな。
胸の中心に色んな感情が凝縮する。土方の肩に頭を乗せ、今までのことを心底悔やんだ。
「だいたい、お前、あん時」
あん時。一度嘘言ってるぶん、言葉で崩せる気がしない。
じゃあ、こういうの、どうしたら伝わって、信じてもらえるんだろう。お前みたいな、壁のある男に
「・・・わかった、いいよ」
どうせなら、最後まで俺のやり方でやってやる。掴んだ手に、力を込めた。
「いや、いいよて、」
何か言いかけてる土方のそれをひいて階段をさっさと登る。
言っとくけど、いったんエンジンかかると、俺早いよ。きっとすぐに、土方追い抜くよ。見えなくなっても、知らねェよ。



「ってェ、おッ前・・・」
「違うって、土方。こっち見て」
「俺だって、背中に神経通ってんだぞ」
玄関からなだれ込むように、居間でタックルに近い押し倒され方をした土方が、非難がましくこちらを見る。だって、俺なんかにはもうこの方法しか 思いつかないもん。
「な、愛しさからくる性欲だからコレ。もう、どうにかしたくてたまんなくなった結果だから、それ伝える手段なわけだから。それだけ、信じて」
「何、」
「するよ」
「いや、つうか、」
どちらにしても、この衝動が外へ出ないと、土方を丸めて抱きつぶして自分の中へ閉じ込めてしまいそうだし。
返事は待たずに、体を起こしかけていた土方の肩を押して首にキスを落とす。その筋を舌で上に舐めあげながら、顎を辿って くちびるに割り込む。
離しては、傾け、また絡ませた。強い熱で。 ずっと触れていたいのに、押さえきれない何かが深く角度を変えさせる。
そのまま乗りかかった体重で、土方の体を再び床に倒す。
「・・ッ待、て、」
いつもと違う空気に、土方が珍しく動揺している。
掴まれている襟に首がしまるけど、止まりませんよ俺は。
服を引っ張られる力に逆らって、潜りこむように首元へ顔を埋めた。シャツの中で腰へと手の平を滑らせ、ベルトが外れたら、
「は、おま・・・」
それ以上、土方が何か言う間もない。 丁寧に優しくしたくはあるけど、自分の性急さも止められなかった。 セックスというものを通して、好きだと自覚した土方を、早く感じたい。
初めてした時とも、2回目とも、あの扱いとも何とも違う。
お前が今まで経験してきた何ともだって違うこと、わかってよ。
お前のセックスの価値観くらい、今日俺が変えてあげる。
「土方」
は、ん、声の短いくちびるをなぞると、まぶたがうっすらと開く。
相変わらず外で走る車の音はよく響いて、二人しかいない部屋の空気を浮き彫りにした。
明るい窓の光が、漫画の角や折れたチラシや、散った黒髪を包んでいる。
愛しさにちょっと瞳にゆるい膜が張った。こちらの動きで、詰まる息。 寄る眉や、艶っぽいその顔。いつものように横を見るそれをこちらへ向けさせ、額に額をつける。
「そらさないで」
意識を。俺から
土方の全てを余すことなく引きずり出すくらいの、自分の全てを一片も残さず注ぎ込むくらいの。
今まで、応えてこなかった俺の全部で、これでもかというくらい気持ちを込めたら
絶対、伝わるから。
唾液に濡れた肌、耳もうなじも太ももの裏も、触れていない所なんかもうどこもないくらい、
散々濃厚にそうして、ようやく、土方の中に入った。
「・・・は、あー」
肺の底から息を吐いて土方の肩に前髪を擦り付ける。どうにかなりそうな意識のまま、 鎖骨の上に吸い付いて、鬱血の痕を残した。

「・・・、・・・坂田」

急に耳に入ってくる土方の。何か苦しそうな何か我慢してるような、でも色のある声。は、と我にかえる。
「え? 辛い? 一回やめようか」
「、違ェ」
「・・・何、どうしたの」
いよいよ心配になった声と共に体を離しかけると、こちらの肩に押し付けられていた土方の頭に力が入った。
え。
服の袖を掴まれる。

「・・・っえ何、土方、大丈夫」

腕の横を手の平でさする。その動きが腰に響いてすこし首を振った土方は、もう片方のこちらの腕も掴んだ。
あれ、まさか。
黒い頭を見下ろす。
「・・・・・・い、いくの?」
うそ。
だって、まだ、入っただけなんだけ、ど・・・
土方は、喉の奥でかすかな音だけ、たてた。
顔はいつまでたってもあがらない。かわりに染まった耳と、ころした息がいたたまれなさを物語っていた。
うっわ。目を限界まで見開いてそれを見つめてから、・・・はァー、体中から力をおろした。
土方の髪の汗をぬぐう。
「・・・伝わった?」
土方は、脱力したように額をつけたまま、
「・・・つ、た、わりすぎだろうよ、バカ・・・・・・」 とても感傷にかすれた声でつぶやいた。
自分の肩に当たって、すこし傾いている髪に指で触れる。
その感触に目を閉じると、今までのことが風のように吹いて行った。
待たせて、 ごめん。
これからは、ちゃんと、関係したい。風邪ひいたら看病するし、いい映画があったら一緒に観るし、夜にのまれたら隣で寝る。そういうの
お前と俺とで。
いいだろ
だって、せっかく、ご近所なんだし。
目をのぞきこむと土方は、・・・つうか遅いんだよ、と全力で頭突きした。
いっ・・てえ 照れ隠しだろうが、今の表情を見られたくないためだろうが、この痛み
コレに、これまでの土方のいろいろが詰まってる。
す、いません、ホント。これからはちゃんと受け取るよ。






ピンポーン、ピポピポーン。コンビニの袋を抱えて土方ん家のチャイムを押す。こんな時本当近所っていいな
「土方ァ、早く開けてよ」
「何しに来た」
ドアの隙間から聞こえてくる警戒心丸出しの、渋く掠れてるせいで映画みたいに聞こえる土方の声。
「何って・・・看病しに」
「ゲホ、うそつけ、する気だろお前」
隙間に足を入れて、片手の力で堂々とドアを開く。
「いいだろ別に。好きなら、したいだろ。それ、普通だろ」
好き、という所で変にまぶたをしかめた土方は、顎あたりを手の甲でぬぐうようにした。何だコイツ、何かかわいいな
ウソウソ、ちゃんと労わるつもりあるよ。そのしんどそうな表情に、本当心配だってしてる。大丈夫かな、とか、 そんな顔で宅急便とか出たら襲われねェかな、とか
「・・・・・まァ、治ったら」
「うん、そう思ってさ」
大量に買い込んだ風邪薬(どれがどう効くのかわからないし)を、看病役らしく袋から見せようとして、
「いや、3日・・・・・いや、一週間後・・・・くらいなら」
「な、何で」
本気で悲壮な声が出た。
俺の好きは性欲と一緒、それはもう仕方ない。だって、やっと通じ合ったのに。 こないだは伝えるためにしたんだから、今度は早く伝わった同士でしたいのに。 だからもう、1日というか半日で治してやろうとこれだけ気合入れてきたのに。いやそりゃ、8割は心配からだけど
体で入り込んで土方を見ると、前髪を揺らして右へそらされる。
「・・・・・・・・・・ねェ」
「え、何?」
「・・・ま、た、ああやって、すぐ・・っちまわねえ、自信が、ねえっつってんだよ・・・・・今は。お前にされると」
「・・・・」
「・・・・・んだよ、その顔は」
間抜けに口を開いて、熱でぼんやりしている土方の瞳を見つめた。 こいつ自分で言ってることちゃんとわかってんのかな・・・とか何とか、 自分と同じ構造をしている土方の体を見る。
それから両手で顔を覆い、どすり壁に体を預けた。たぶん、赤くなった顔が指の間から見えている。
よく響いて聞こえてくる、あの子供達の声。
「土方・・・・」
「んだよ」
「俺、もう自分の遺伝子残すの諦めるかも・・・」
もうどうにかしてくれ、この止まらないエンジン。
これだけで、どこへでも走っていけそうだ。
時に二人の間でぶち当たるだろう、どんな行き止まりの先へでも。
あの風邪の日から。土方がこうして点火してくれる限り。
ガタタ、と土方が思い切り動揺して段差に足をぶつけた音を聞きながら、その春のような暖かさに笑って、ゆっくり後ろ手で部屋のドアを閉めた。
「とりあえず、りんご、剥くよ」




ここまで読んで下さって本当にありがとうございました
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