ピテカントロプスだったかザウルスだったか、今日人類が木星についたらしい。
沖田がそうして寝てもいないのに赤いアイマスクをしたまま口ずさんでいるふざけた歌詞を、土方は聞いていた。 メロディーがあるのにいつもの口調と同じで、ひどく淡白に思えるは声のせいなのか、ゆるい曲を歌っている。かれこれ、5分と半くらい歌っている。 猿になる猿になる、と歌っている。いっそのことなってしまえと思って、いかんいかん、首を2度横に振った。 茄子の漬物をこまかく噛みくだくことだけに全てを集中しようとしていながら、結局のところ聞いてしまっているのである。 そんなのん気なことは縁側でも廊下でもできるのだから、わざわざ食事中の人の部屋の畳ですることは、ない。

ご機嫌だな。

言うと、ふいに歌が止んでむっつり黙る。
何なんだよ、思いながらみそ汁(かぼちゃと玉葱)をすすった。 畳を転がってきたらしい沖田が背中にぶつかり、とんでもなく熱い中身が指の間をこぼれ落ちてくるが、表情を変えずただ、じ、と我慢する。

俺が気分に惑わされて、歌うたうと思いますかィ。

あんまり、思わない。
歌を歌っている場面すら想像ができないというのに、けれど現にこうして、聞かされているのだ。 だからとても妙な感じで、落ち着かないからやめて欲しいのである。 土方が言いたいのは、ただ迷惑、と、そういうことである。
ったく、テーブルの端に置いてある布巾に腕を伸ばすと、背中の後ろで沖田の頭の感触もずずずと一緒についてくる。
いったん止まってみてから体勢を戻すと、また一緒にずず、と戻る。
何なんだよ。もう一度思いながら隊服の腹をぬぐって、机の上も往復させた。 それから、これがふと振り向いてみるとまったく他人の生首だったら嫌だよな、としなくていい想像をわざわざ自主的に育む。

(例えば、その昔偉い大名に仕えていた地位にして3番目くらいの武士が粗相をやらかして切腹した後の・・・)

猿になる猿になるよ
猿になる猿になるよ・・・

いい加減なことを頭の中でしていたら、不覚にも仲良く口ずさんでしまった。 いつの間にか背中に張りついている体の面積が成長していて、広い幅であたたかい体温が伝わってくる。 開いた襖の間には、昼のゆるやかな陽に包まれた庭が広がっている。
ため息をついて、箸を持ちなおし鯖味噌をつかんだ。ろくにほぐしもせずに、大胆に割って口に入れる。 そうして鯖味噌を噛んでいる時はどうしていつも下の歯が浮いてくるかんじがするのかと不思議に思い、 思っても仕方がないので、沖田を後ろにひっつけたまま、昼食の味に舌を集中する。
猿、木星、とうるさい中で食べる。
今日くらいはいいと諦めてそうする。
気分が良いわけでもないのなら、一体何のために自分にくっつき歌を歌っているのか理由を考えるのも面倒くさく、ただ噛む。

飛びィー出せ、ジョニー

そんな時に、急に違う歌が混ざりこんできた。
襖の向こうに顔をむけると、山崎が軽い足取りで通り過ぎていくのが見える。 箸を宙で止めたまま、アホらしいそれを見送った。なぜ山崎はああも山崎でしかないのだろう。沖田と兄弟猫か何かのようにべたべたしている自分のことは棚にあげ、 馬鹿にして鼻をならす。 そうして、姿が見えなくなったかと思うとふっと顔だけ戻ってきて、笑顔でこちらをのぞきこむのである。
「あァ、沖田隊長、まだご機嫌なんですねー」
しィー、とこちらにまったくもって聞こえている制止の息の音が背後からした。 土方は一瞬考えるようにななめ上へ目をあげ、やがて半目になり、後ろへ勢いよく首をおって頭突きした。

2007. さよなら人類/たま (ハイウェイ/くるり)