もう土方じゃない 2013.5.5






電車の座席のにおいが、すこしねむたい。
坂田は手首のうちがわにきゅと右目をあてながら、寄りかかった窓の金具がつめたくて、じんわりまぶたをほそめた。
窓に額をくっつけると、朝の光でガラスの汚れがよくみえる。
外の気温は、しずかで、とうめいで、洗った食器みたいにしている。
ほんとうはちょっと携帯でレモン彗星のことを調べようとしたんだけど、メールの通知に邪魔されて、
『なあ、お前の土方君元気? 写真送って、えろいやつ』
という文面があくびでかすんだ。
ゆっくりまばたきをして、土方の背中が動物のつのみたいにしなった写真を添付してから、外をみる。

「・・・・・・」

(淡い。)
湖にしずくが落ちる音が聞こえる気がした。 川の水面がすける窓、うつつが混じるそこにさっきのメールの文がひっかかっている。 土、方、君、という文字が、車窓の川へ落っこちていく。写真の土方の傷がそのゆらめく水に浸かり、 まぶたのすき間で、夢の水滴がぽつぽつはねる。 電車が土手を通り、ピアノをはじくようなその水の音は、いつのまにか昔夕方の空に乾いた音にかさなった。
(・・・・・・あー、あれは)
とじている目のなかで、身じろぎをして、腕を組む。
あれは・・・もっと、ガツン、と抜けてくみたいに青い音だった。
俺は、名前も知らない土方にのしかかっていた背広の男を後ろから思いきりバリケード看板で殴ったことがあるので、 友達の興味はおおむねそういうものにあるし、俺はそれをよく覚えてる。 高校生の俺は、ずるると川べりに落ちる男の体を靴ではがし、前世は鳥だとおもっていた(ヤブサメがかわいい鳴き方でいい)。
「さかた、車」
振り返ると、制服を男にひき裂かれた同じ高校の男子生徒が、うつぶせでゆるゆるとこちらに体を向けて、 めくれた髪から道路へとろり瞳をあげた。俺は、転がした背広の男を振り返り、もう一度赤い傷があざやかなその生徒に目をやった。 散らばった教科書の名前からして、ソレが土方だった。
「何お前、何で犯されてんの」
「しらない、俺もびっくりした」
「その背中」
「へいき」
ひどくかすれた声で土方の切れたくちびるが動く。肩から後ろに走る血は、かみさまに踏んづけられたようにみえた。 その首に、男の指の痕が夕焼けみたいに残っていて、俺は土手をのぼりながら持っていた安全第一のバリケード看板を放った。 ガシャ、ガシャン、と堤防をひっくり返っていった看板は4つ足の一つが水につかって止まった。

(ん。)
とつぜん電車の窓がバンと鳴り、夢の湖がはじける水滴になって視界の車両にちらばる。
へんな味がして、記憶の雲が口のなかでとけた。
「・・・・」
その思い出ひとつでいずれ、お前の土方君、と言われる関係になったことは自然のことのようにおもえた。今となっては、古いテレビ画面のように遠い。 しびれかけている指で、うなじから髪をかきあげつつ立ち上がると、かさ、と音がして、
(・・・あぁ。)
俺を泊めてくれていた女の近所の不動産で集めたチラシが座席に置きっ放しだ。
(・・・まァ昔のことは昔の、こと)
駅を出る。
人の家に沿った長い垣根の緑に歩きながら手をやると、ざらざらざらと指のすきまを通っていった。


「おかえり」
ベッドの上であぐらに頬杖をついている土方はこちらに一度顔をあげ、手元の写真集に戻した。 俺が棚に鍵を放る音と後ろでドアが閉まるタイミングが、昔から知ってる水の味みたいにめぐった。 すん、と鼻をすすりながらジャケットを脱ぐ。
(・・・2年か。長いようで短かかった。)
高校の時にあんな出会い方をして、社会人になってから山崎伝いで再会した。 風呂上がりでしめった土方のくちびるの内がわが、タバコをくわえるためにゆっくりひらく様子は、花びらみたいでえろいなあと思う。 あれだけのことで俺といたなんてバっカだよなあ・・・とも思う。
「なあ、こないだ来た俺の友達覚えてんだろ」
「誰」
「3ヶ月前に来た内の2人だよ。お前あったま悪そうにあえいでた」
「しらない」
「そのしらないヤツが今頃お前の写真で抜いてるけど」
俺はベッドにギシと膝をついて、土方の耳裏から髪をながした。
べつに土方は頭はいいし、仕事が物理系研究だからか性格なのか、異様に簡潔なリズムでしゃべる。 黒いボクサーパンツにシャツだけ着た土方は、髪をつまむ俺の手でかたむいたまま、ジュディ・ガーランドの古本をめくってきれいな足の影をつくっていた。 濡れてまぶたにはりつく前髪から、湯がこぼれてしたたっていた。 丸い瞳の世界でじっと本をみている姿は、輪郭が春にふちどられて、光に負けない黒が強い。それをかざられた絵みたいに見ていると、
「なんだ?」
「は?」
「言いたそう」
土方の視線は発行日の日付をいちどのぞいて、タバコの箱ではさんでいるページに戻した。
「お前に言いてェことなんかねーよ」
「どこ行ってた?」
「関係ないだろ。そーゆうの、面倒くさい」
「・・・」
「・・・あーそういや俺、さっき電車でお前に送ろうとしたメール・・・」
後ろポケットを探る俺の隣で、タバコを持つ土方の左手が首筋を押さえた。 見覚えのない腕時計に、携帯からすこし視線を戻す。カルティエだ。土方が自分でブランド物を買うはずもないし男だろう・・・・
(あ。)
土方は、うらがえした左手首の留め具に指をやった。ぱし、とその腕を掴んだ自分を、土方がみる。
「つけてろよ」
その手を時計から引きはがし、くっきり発音した。・・・ぱちん、と親指で留め具をはめなおす。
床のコップを拾い、俺は一口飲んだその中身を、窓の外のちいさな花にぱしゃっとやった。うすい紫たちが迷惑そうにゆれて、ふり幅の余韻をのこしながら戻る。
「なんでお前口切ってんの? カルティエの男って暴力系?」
「お前が、他の男を作れって言った」
「はァそうだね」
「同居人がいるって、言ったら、結構怒り任せのセックスで・・・坂田」
「なに」
俺は、ベッドに腰かけ土方の左手首を人差し指でなでていた。 腕時計で爪がとまると、暗い熱が自分でわかる。 土方は、のぞかせた舌先でなめたくちびるの傷が痛かったのか、反射的にまぶたをしかめた。
瞬間、ふれていた手を引いてたてる歯が恐竜のよう。
引っ張った土方の腕が床ではねて、その上から手のひらで敷く。倒れたライトの笠が左右にふれている。
かららとどこかで窓をあける音がして、目のはしでガラスのコップに色のない粒がつたっている。
腕時計をなぞり、さっきからあつい呼吸を引き寄せた土方の耳元にあてた。
「なぁ、今から友達呼ぶけどさ、2人。こないだみたいに乱暴に、するけどいいよね」
・・・う、ん、という返事で土方の喉仏が動く。それを手でおさえながら、携帯を開いて見た窓で、葉と葉のあいだがアメーバみたくゆるいひかりになって、射したり隠れたりした。
「AVみたい、いいのお前の恋人」と言う友達の1人に、「まぁ恋人じゃないから」と答えたときに快感なのか痛みなのかすこし切なげに眉がよる土方のくちんなかがぬるい。 さっき花にかけた水のかたちがそこに吐きだす自分の熱に似てる。
(・・・そう、潮時だ。)
ロンTに腕を通し、ひっくりかえったローテーブルを見る。 セックスの余韻と羽織っただけのシャツをはりつけて、 窓によりかかっている土方は太ももに置いたノートパソコンで小難しい研究の仕事を立ちあげ、マウスの代わりの指をすべらせていた。 ときどき窓をみて乾いていく土をぼうとながめるギャップがそそるのか、「、ン」という声に変わって振り向くと、友達が後ろから手首をつかんで二回戦に突入していた。 バカみたい。 自分の性欲の理由は、いまさらもう手に負えない。あんな風に俺と出会ったお前が悪い、 言い訳するみたいに頭でくり返しリモコンを拾ってテレビをつけた。



理由をあげるとしたら。
俺はたまに、息ができないときがある。
部屋には、時間がとけていきそうな陽がさしこんで、デジタル時計と、薬やクリアなライター、百均の爪切りが入ったコップを澄みきったあかるさでてらし、 ガタと棚のぜんぶがひだりにゆれた。頭にゆるい雑音がきこえる気がする。透きとおるプールのなかみたいにういていく。 そういう時、俺とお前のあいだには、時おり、吸える空気がない。
「・・・ぁ・・・・・・・・・ぁ・・・・・・・・・」
ただ、散々誰かに犯された後のお前の声はひどくやらしくて、鉄がとろけたような性欲は肺からいっぱいにめぐりだす。 やわらかい昼の世界のなか、こちらの律動でずるずる床にすれる土方はもうあまり動かなかった。
「人形犯してるみてえでいいけど」
割れていくその爪がなにかのドキュメンタリー映像みたいに映る。 色彩がそっけなくて、音声が生々しいような。 正気はあるのかないのか、土方のあおむけの手首は、俺が動くたびに床との摩擦で山なりにおれた。 散った髪で目がかくれて、ひらいたくちびるから唾液がたれているのがよくみえる。
「朦朧としてんなお前、お〜い見える?」
ムービー撮影をしている携帯を近づけると、土方が2人になる。 こないだ観たビデオみたいな格好でえっろいとおもいながら、俺の脳内は高校のころのあの景色であふれてく。 空のペットボトルがおちて、そばでゆるやかな光をころころこぼす。 あのバリケード看板の感触が手にのこってるほど俺は青くさくないし、道徳観があったわけでももちろんない。 ただ偶然なんとなく一緒になって、なんとなく離れてくことを責められる覚えもない。 きれいな時間帯にきれいな部屋をしているこの惑星には、そういう時、セックスで、酸素がなくて、あえでいるお前の息苦しさなんかもっとだろうと。おもう。




アイスクリーム屋のウィンドウが、あずけた自分の銀髪をむこうに溶かしている。前を通りすぎていく女子高生の一番右のスカートがみじかくまわってはねた。
「カルティエの男って、あぁんー」
山崎は、ねばついた指を要領悪くふって、俺と同じように女子高生をすこし目で追いかけた。何が、あぁんだ。
「うちの研究所に取材にきた出版社だったかな・・・結構うわさですよ。特にああいう妙な痕で出勤されると」
「へえ出版社。背広かね」
「え気になります?」
「いや。土方が背広の男にヤられてると興奮すんだよね」
山崎は無言でこちらに目をやり、春の川みたいにながれる空を見た。 他人の足音ばかりのざわめきのなかで、山崎はいつまでも山崎でいるので、わけもなく頭をはたくと「えっ」と言われた。 目の前のビル全面にうつった青空のなかで鳥がよこぎり、クラクションが反響してのぼってく。
「土方さんと同居して二年でしょ」
「そうだね」
「同棲じゃなく」
「ぞっとすること言うな。体だけだよ」
となりで山崎がはぁと吐きだすため息が、あまい。「土方さんはねえ」、と言いながらかきまぜるバニラアイスがだいじそうでその冷たさにすこしたれ目をうすめていた。
「中学の頃からあんなんでねえ、けどなかなかどうして真っすぐ生きてますよ。あの人が亡くならなきゃ今頃結婚してたんじゃないかなって思うくらい」
「100回は聞いたソレ」
俺は頭に浮かぶ、土方の肩のうしろからわき腹へはしる三日月のようなそれを、スプーンの先でちいさくなぞった。 銭湯で他人が目にとめる傷を、でも今知っているのは俺や山崎だ。
「けどあいつ、俺と録画したいヤツが被るとリモコン持って出てくとこが曲がってると思うよ」
髪をさらう風から真昼のにおいがした。
人通りのあいだに土方が見えて、山崎の目線の高さに顔を合わせながらトトンと肩をたたき指をさす。 山崎がはじかれるように、革靴で土方の元へ向かう。 ビルのすき間の陽射しに土方の黒髪がいくどかはためいて、瞳が山崎の頭からこちらにあがる。
「坂田。魔女の宅急便。録っといて」
「あー」
「あと、」
「ひじかた」
苺がねりこまれたアイスが、青い空にまじる液体になってく。こちらをみつめている土方に目をあげ、スプーンでビルの向こうをさした。
「俺今度、出てく。あっちの方に」
え、と言ったのは山崎で、土方は変わらない首の角度で俺をみていた。
「もう愛想、尽きたよ。 お前のことは置いてくから、これから自由にカルティエの男とでも誰とでも好きにどうぞ。ただそいつ俺と似てるんならお前は救い、ようがない」
目だけでこちらと土方をうかがう山崎の気まずそうな空気が1mの間隔に漂っている。
「坂田」
「なんだよ」
土方はあいかわらず目の色も、少しかしげた頭もなにひとつ動かさずにポケットから携帯を出した。
「メール。来てた、5日に。しらなかった?」
アイスの織られたようなさざなみの表面が、ちかっと細かくきらめく。 苺とバニラのそれをまぜていたスプーンを止めて、うつむいた俺の真っ赤な顔に、山崎の「うわぁ」という声が聞こえる。







山道が夕暮れにそまって怪物のようだ。
「痛って、レシートで手ェ切った」
「車に、薬局の・・・」
「いいよ。なめろよ」
うどん屋の前で額をこすった土方はその影から、ちらと2人組の他人に目をやって、大人しく口をあけた。 唾液の音に中指をさしこむあいだ、土方の喉が動いて目に涙の膜がはる。 一度つよい風がふいていって、土方の手のなかにある花の短い緑がぱらぱらと夕陽にながれて散った。
2時間後、水をくんで墓のある場所まで坂をのぼると、きちんと手入れされた石がうつくしい。
「こんな平日の夕方に来なくてもよォ、弟とかち合うのが気まずい?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・しかし、きれいな名前だな」
土方はそう言う俺を見てから、墓石に目線を戻し、笑った。 ぶあついまぶたでそれをみつめてから、膝に手をついて立ち上がる。 離れた坂の道でしゃがんで頬杖をつくと、土方の姿がぽつんとレゴくらいのサイズになった。 空を見上げた俺は、なにか語りかけた方がいいかとおもったが、可憐な女に報告できるような話は一つもなかった。 悪いね、アンタの男、ろくでもない野郎と一緒にいてね、アンタならたぶん。 ただいまってたったその一言が、電車から送るなにげないメールが、こいつと自然にできただろうが。 ・・・夕方の色に肌の表面がひかる土方の横顔はどこかはかない。 ときどきざあと葉の音が鳴って、あたりの空気を揺らした。 10分ほど経ったら、土方がこちらに歩いてきて、俺は木から背中を離し時計を見た。
「金曜ロードショー間に合わねーぜ。・・・・・・どうせ観て、泣くんだろ」
「坂田」
ポケットに手をつっこんで先に行く背中に、土方の驚いたように俺を呼ぶ名前が、きついオレンジのなかにういた。
「べつに、俺は・・・かなしいわけじゃない。心配しなくても」
「うるせーよ、お前はいっつもうっとうしーんだよ」
その手をつかんで引く。
黙って来い
坂をおりると、シルフィが地面の傾斜で溝ぎりぎりのところにタイヤをかたむかせている。 車のラジオから、イッツ・ア・リトル・ビット・ファニ〜とすこしざらついた音が鳴り、窓が夕焼けでぬれていた。
下道がじゃっかん渋滞したとちゅう、 『息ができないほど苦しいってそれってもしかしたら』という山崎のメールをそこまで読んだ時点で、携帯をフロントガラスに叩きつけた。
「あたしが彼と伊豆に行ったのは・・・」
土方が本の文字をタバコの先でなぞりながら音読する。
「そこじゃねェって」
ハンドルを片手で支えながら、しおりにしていたライターを土方が勝手に抜きとりどこまで読んだかわからなくなった本を、伸ばした手のひらでべたり平行にした。
「彼の妹とは美容院で会った」
「もっと後」
「・・・コレ、あたしと彼、くっつくか?」
「俺もそれが知りてェっつってんだろ」
中指で後ろの方のページをはさんでするりめくった土方は、「あ」と抜いたタバコを口にはさんだ。
「この彼、実は、幽霊」
「バカ、何で言うんだよ」
青になった信号の先で標識の矢印が上に向かって、伸びている。



「『今、朝がすごくとうめいで お前が生まれた日にちがこんなにもきれいなものなのかとおもうと、彗星のことを考えていた(レモン彗星のサイトへのリンク)。』」
「あと一回それ読んだら、ジュディの本燃やすマジで」
ぱたぱた落ちるしずくを髪ごと振りあげ、トイレの鏡から射殺せそうな目で睨むと、土方はすうと口を閉じ背広のなかに携帯をしまった。 会場のマイクの反響音がここまでひびいて聞こえている。 ため息でシンクに腰かけ、今まで俺たちが入っていた個室のドアを閉める土方のシャツの背中に、つ、と指をやった。
「・・・お前の傷。こんだけ、・・・・・のは俺しかいねーんじゃねえの」
「そうか」
「カルティエの男に逃げられたんだろーが」
「お前が、熱視線でみるから」
土方が壇上のテーブルで腕を置きほんのすこし前のめりにマイクへくちびるを近づけていたあいだ、 座席が並んだ真ん中でプレスの腕章をつけたその男の姿はすぐにわかった。いかにもカルティエを買いそうだったとしか言いようがない。 他の誰かが発言を始めると、土方はなにかの紙をめくりながら頬杖をついた薬指をくちのはしに入れていた。 その姿とカルティエの男が絡みあう想像をしながら、あつくなってくる横目で見ていただけだ。
・・・高校生の、あの頃から。あんなお前を目にした頃から、俺のそれは曲げて戻せる余地がない。・・・それだから、いい加減お前を。離してやろうとおもった。
「坂田」
伏せていた目をあげると、いつのまにか背広を着た土方がこちらをみつめているしずかな角度がわかった。
その視線は、俺たちの空気を、ぜんぶそこにくるんでいるようでただ物理的に見ているようでもあった。
「ああ土方・・・」
「坂田。お前の性癖は。よく、わかってる」
トイレのあかるいライトが、俺をのぞきこむ土方の瞳の水晶をてらしている。・・・その首の裏に手をあて、口をひらいた。 引き寄せると、湿るくちびるの感触がつたわる。いまだけは俺の方が、すがるようなキスをしているだろう。
「あーっ土方さん、旦那、どうしよう、俺今緊張しかしてない」
がん、とトイレのドアがひらいて山崎がいつもの調子で、シンクの両はしに両手をついた。その肩に軽く手を置く。
「まがんばって」
「行ってる」
廊下に土方の革靴がひびく。隣で、天井に白くならんだ蛍光灯を見上げた。
「はぁ顔洗ったくれえじゃ、もっ回いびきたてねー自信がない」
「何で来た?」
「・・・何だよ。・・・山崎が初スピーチで噛むところはお前だって見たいだろ」
「ふふ」
土方の口元の笑みが俺の前で、かなしいほどまぶしい、星の軌道みたいに角を曲がってく。