[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。








仕事を終えて、夜の河原で寝転んでいた。 その体が意識と一緒に、まぶたの裏がわまでゆらゆら沈んでゆく。 夢の領域へとおちてゆく。風と川の音が消え、 あたりが闇につつまれる。
やけに静かだとじっと目をこらしていると、 濡れたみたいな暗闇の中で小さな白がいくつも光りだし、大河の流れを結ぶのだ。
黒に浮かぶ、銀の海。すこしぞっと肌が立つくらいの、光の渦。
視界にも脳内にもおさまりきらない、とてつもなく膨大な輝きは、星のかたまりだった。それらをたたえた宇宙空間が、気づけばガラスの天井一杯にしんしんと広がっていた。
空港のようだ。
床には、靴の色がぬらりと映っている。人のいない辺りに並ぶ椅子、ロープ、切れた電光掲示板。 他には何も(革のトランクや淋しさの予感や係員のスカーフ、など)見あたらない。 足をふみだすと、靴の踵がしんとよく響く。やけに静かなのである。 ただ、停止しているエスカレーターの向こうの看板に、古びたペンキで宇宙空港とだけ、読めた。
そうして土方は寒気に、ふっと息を閉じた。指先をあてたガラスのあとには、きちんと指紋の層が残る。 (どうにも哲学的な景色の中で、ただその事実だけが不思議であった。) 外の闇と無数の輝きをしばらくみつめていると、意識だけが脳のてっぺんから逃げだして、自分を置いて登っていきそうだった。 無限よろしい空間と、だからこその孤独のせいである。血が寒い。
ときには、それこそが宇宙なのだった。
「待った?」
振り返ると、男がいた。
男は水あめ色のジャケットに手を入れ、停めたバイクのハンドルを片方だけ、握っている。
ゆれる銀の前髪は、あたりの静かなきらめきを受けて、光る音でもしそうだった。
いいや、答えると、彼は厚いまぶたをすこしだけあげて、笑んだ。
「俺は、結構待ったよ」
そうか、土方は言う。その割に男にくたびれた様子はなかったので、とても適当な返事だった。
「なんてったって、想像がつく以上に広いからねここは」
彼は周りを見渡した。何となくつられて、奇妙なほどの星光へ横目をやる。まあ数を数えるのも馬鹿馬鹿しいだろう。
次に男へ目線を戻して、その存在をじっくりと見つめた。それから正直に、お前がか、という顔をした。
男は、不思議そうにゆっくりとまばたきをして、 急に下唇を出し、首をかいた。すねたようだ。
「まあ、ほんとは会えなくてよかったけどね。俺は、いつだって一人で自由気ままに生きてきたんだから」
それを聞いたとたん、土方は首を横へ傾けて、フンと鼻で笑った。
さみしかったくせに
こんなにも鳥肌がたつほどだだっ広いだけの宇宙で、一人の自由にいったいどれだけの価値があるというのだ。 無限であればあるほど、孤独に支配されるこんなところで。
そのただ中で本当は、俺に会いたくて会いたくて仕方が、なかったんだ。お前は。星か、宇宙か、 その間に漂う大きな流れか、ああ、そういうものに定められた、お前にとってたった一人の人間である、この俺に。 見知らぬ互いの意識を結ぶ夢の場所で。
考えながらも、土方は、だいたいにしてこういう相手は女と相場が決まってるだろう、と呆れている。 運命側もいたずらが過ぎる、と思っている。いったい俺の人生を何だと考えているのだ、 その 星や宇宙が存在することを決めた、そんな法則であるかもしれない、それは。
「さあ・・・ただ、わかってるのは」
バイクに腰掛け、男がいう。
土方は、彼の目の奥をみつめた。この宇宙に一人でいたという、深い孤独の色をしたそれにみつめ返された。
瞬間、視線と視線のあいだが、か、と光り、突然あらゆる境目が無くなった。 太古の恐竜の怒濤の行進が横切るように、光が前や後ろを通り過ぎ、包むようにとまった。 そこは限りのない時間のはざまであり、輪郭をとり払われた世界であり、存在が存在しない未来のようで過去のようでもあった。 遠くにただ一つある小さな白い輝きが、その先で、足を踏み入れろと自分を誘った。
ひどく甘美に誘った。
それは誘われたが最後、過去への喪失感と先への漠然とした不安が襲ってくるようで、一瞬息を飲むほど躊躇させるものだった。
言葉で説明のできないとてつもなく強い力が、そこに重々と横たわっていたのを、はっきりと、見た。
「・・・今の、みた?」
・・・みた
ため息をつきながら、土方はいよいようんざりと、そこに広がる暗闇と光を目に映した。 運命なんてやつは、いつでも理不尽だ。人の意思をくまない。まあ当たり前だった。 土方はその傍若無人ぶりに怒りをぶつけかけたが、そうしてもまるで仕方のないことを知っていた。 それは、ただそこにあるだけの宇宙と同じで、絶対的で、なお理屈じゃないのだ。
ちらり、男をみる。男もこちらをみた。
「お前どこにいるの?」
現実
「ははッ! そりゃあ、これは夢だからね」
だから、早く帰せよ
男は、座っていたバイクのハンドルをひねった。 そんな物体でしかない物がここで何の役に立つのであろう、土方はおもった。聞こえたかのように、 男は両肩をすくめるようにあげる。それから、瞬く星のガラスを後ろに、くちびるの影だけですこし笑む。やがてお互いが目を覚ましてしまえば、 自分は寝転んでいるはずの河原へ帰り、彼はまた、宇宙の隅で独りへと戻る。 こんな潰れかけた空港で引き合わされようと、それがどれだけ絶対的な運命であろうと、そう、どうせ結局は、夢であるのに。
土方は、星の河へ目をそらし、看板へやり、彼をみて、あきらめた口をひらいた。
江戸にいるよ
男は、ふっとまぶたを開いてから目じりを細めて、笑った。
「会いに行くよ、光の速さで」
くるだろうとおもった。(運命だからではない。そうさせるだけの圧倒的な力を宇宙の孤独は持っているからだ。)