ハナさんとヨット
「ちがうの、それがね、あたしヨット買おうと思うの」
コーラの缶を傾けてゆらしながら、ハナさんが言う。
あたしはうすい抹茶色の湯飲みでお湯を飲みながら、ハナさんの丸いまぶたをみた。
ハナさんはいつでも、とつぜんである。とつぜん真っ黒の髪を耳上まで切り落とし、妖怪探索に出かけ、急にアリクイ観察に目覚めたり、する。
前後に関係なく、ちがうので始まる話もまた同じである。
「何かあったの」
誰かのお土産の苺チョコレートの包みを開けて食べる。(すこしはがしにくい)
「特にはないんだけど」
ハナさんは鼻をつまんで左右に動かした。(炭酸がきたのだ)
生きる目的なのよ、
要するに
ハナさんはとても単調に答えた。
売り子(今日は
霊山の石なんかを売っている)が三味線を弾いている。大げさですねえ。聴きつつ言うと、だからそれが目標なの、ハナさんがフィルターをはじいて灰を落とす。
それって?
だから、大げさに生きるわけよ
彼女らしく、そう豪語するハナさんの薄紫の小さなピアスをみた。履いた靴を床におろす。ちょっと考えて、タバコを吸う。
あたしの生活はだいたい、固まっている。
2年間毎日自転車で通勤しているし、その間ジャズしか聞かないし、食堂のメニューは鯖味噌定食が、好きだし。
稼いだお金は主に、生活資金とスニーカーと葉書収集とインコに使うくらいである。
それを大げさにするって、どんなんだろうか。(ななめ上をみた)
1.気まぐれに野菜いため定食を食べてみる。
2.ピンクのパンプスをオーダーメイドで頼んでみる。
3.たまには、一人でなく、誰かと映画を観てみる。
4.カッパに興味を持ってみる。
いまいちピンとこない。
あたしはそこにそんなに変化を求めていないのだった。頷いて、包み紙をきれいに伸ばす。まあ、悪くないのだ。
劇的なものは特にないけれど、今のままのそれで、あんがい。
いいじゃない、あんがいっていうの、あたし好きだわ、と元気に踵を鳴らすハナさんに続いて、ライターを右のポケットにきちんとしまい立ち上がる。
三味線が低い音を出している。窓から外の空をみる。前を歩く
ハナさんの切り揃った短い髪を視界にとらえながら、あたしはしばらく彼女が買うであろうヨットの色は何色かと思いをめぐらせた。
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