「星のオツカイ」


月末になると、オツカイがやってくる。
銀河系の向こうの何とかという星(名前がとても長い)から、 商品を売り込みにくるのである。発狂する目薬や、断食用の胃薬、映画を5時間観続けても頭痛を起こさない薬などをオーソドソックスな風呂敷に包んでやってくる。 初めてそれらを広げられた時は大層どきどきしたものだが、 どれも結構普通でがっかりした。 オツカイはそんな様子を見てすこし悲しそうな顔をしたので、あたしはそれからというもの常にフェアな表情でいるよう心がけている。
向こうは、どんな感じ
熱いお茶と洋菓子をテーブルに置くと、オツカイはおちょぼ口で温度をたしかめるように少しだけすすった。
よくも悪くもないといいますかまァ景気も同じわけでして、みんな相も変わらずの猫さま頼りですな、 ええ機嫌を損ねてはいけませんアレは、だからマタタビ・・・・・
オツカイが話すときには必ず語尾が消えてゆくので、それ以上聞きとれなかったあたしはとりあえずいつものようにちいさな咳だけを、した。
あら何よ、来るなら来るって言いなさいよ
わかってたらバニラゴーフルぜんぶ持ってきてあげたのに、ハナさんの声が聞こえてオツカイは手に入るはずだった宝物をいっぺんに穴へ落っことしてしまったような目をしてから、 部屋の中を泳がせた。 あたしはオツカイの星の話がとても好きなのだったが、ハナさんのことが少し苦手なオツカイはそこで口ごと顔をすぼめてしまう。
今回も全部要らない、ですってよ
ハナさんがきっぱりと告げながら、 励ますみたいにオツカイの頭をバシバシ叩く。あたしも、タバコをはさんで足首をかいていた手をぽんと肩においた。
また来てよ。誰にでも、そういうこと、あるよ
そうよ、私なんてもう3年も同じお給料なんですからね
オツカイは、はいと小さな声で答えて金魚の風呂敷を包みなおし、 入り口で一度ていねいにおじぎをした。それを見るとあたしもハナさんも送ってあげたくなったのだけれど、 二人とも地球を出たくはないので諦めた。向いてないのよね、営業、ハナさんが言い、向いてない、あたしも言う。
けど、映画を観ても頭痛にならない薬は、ちょっとよかったな。
今度、個人で買ってあげる?
提案してみるとハナさんは、じゃァ私は発狂目薬ね、と腕を組んで重々しく答えた。 ハナさんが何のために発狂したいのかは知らないけれど、あたしは黙って頷き、オツカイの船がぴかぴか飛び立っていくのを目だけで空に見送っていく。