『ITによる死神の話』
ハナさんが欠勤の昼休みに限って、ITはうちの部署を、おとずれる。そして、ITがあたしを食事に誘ってする話には、いつでもろくなことがないのだ。
それで、今度は、何、見たの
アサリと海老のスパゲッティーをくるくるフォークに巻きつけて、そのモンブランみたいな出来栄えに我ながら感心しつつ、あたしは聞いた。
ITはいつもの眠そうな目で、トマトスープをすすっている。男の人が音を立てずにスープを飲みきることは
世の物事の中で結構無駄な位置を占めてるとあたしは前から思ってる。
死神です
それなら、あたしもあるよ
歌、歌うんす
へえ?
こう、仕事中パソコン見てるとね、(ITは細い指で四角を作ってみせた)(それから、画面に目をこらす真似をする)
(皺の寄ったまぶたが、あ何かの動物に似てるな、と話からあたしの意識を、そらさせる)、俺が作ったCGの上に
黒いアメーバみたいなのが浮き出てきて、ぼやぼや、歌い始めるんす。
何を
オーネスティ
ビリー・ジョエルの
綺麗なバスっす
あたしはピアノマンが好きだなあ、フォークの先でアサリを転がしながら言うと、俺もっす、ITはスープの最後の最後でズッといわせた。
(あたしがITを気に入るのは、だいたいにしてそういうところだ。)
何だって、それが死神だってわかるの
自分で、言ったから
アイティー、そんなのわかんないよ、新手のウィルスかもよ
だって、一緒に歌わないと生かしててやらん、なんて言うんすよ
タレ気味のまぶたを下げたそんなとこだけこどもみたいなITは、よくあたしに彼が年上の女性にモテるわけを納得させる。
偏った才能を持った男は他の欠落が深いものだから、そこにすっぽり母性(とか何かそういうもの)を埋めてやりたくなってしまうのだ。
(ちなみに、ハナさんとあたしに効き目はない。)
で、歌ったの
歌いました
あんた、バス出るの
おかげでハモりました
なかなかに満足のゆくセッションだった、そう言って死神は消え去りました、我に帰ると職場の
全員がしんと静まって自分を見てたっす・・・ITは苦そうな顔で食後のコーヒーに口をつけた。
セッションって、何だかかぶれた死神だな。 思いながら、早速明日ハナさんに教えてあげよう、考えて、
もしその死神があたしのパソコンにも現れ突然スイート・チャイルド・オー・マインなんか歌い出したら、
ねえ、一緒に歌えるのかな、伝票を取りかけていたITを見上げると、・・・高音が問題っすねえ、真剣に皺を寄せた目を閉じてしまうので、
あたしはざわざわした食堂で気分的に一人取り残されるのだ。
(そしてあたしがITを気に入るのは、だいたいにしてそういうところでも、ある。)
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