2011.11.29.




お風呂


 さかな子ちゃんが温泉に行きたいらしい。
大浴場に入るのが目的ではなく、手ぬぐいを買ったから、行きたいのだ。
お箸を探しに行くというから、和風のお店を教えてあげたら、ずずしい金魚模様のそれだけ買って帰って来た。
「ご飯なんかスプーンでいい」
と、事実、さかな子ちゃんは、プラスチックスプーンで食事をする。
打っていたキーを止めて、近くのスーパー銭湯のサイトを見てみる。
「まだ開いてないみたい」
さかな子ちゃんはじっとり黙ってこちらを見、手ぬぐいを背負ったまま風呂場へ直行した。
途中、のぞきにいく。
「どう?」
「洗い心地じゃないの。見せびらかしたかったの」
「あたしが見てるよ」
「じゃあ、満足」

さかな子ちゃんが、手ぬぐいで髪の毛を泡だててみせている。
せっかくご機嫌なので、一般的な使い道を伝えるのはやめて仕事に戻る。




認識


 あたしが鏡に向かって大きく開いた目の下で黒いアイラインを慎重に引いていたら、さかな子ちゃんが何かに深々と納得したように「お化け役ね」、と、ひとつ頷いて、 後ろを通り過ぎていった。
振り向くのが遅れた。




リップ


「なるほど。メイクね」
化粧というものをくどいくらいに散々説いてあげた後のさかな子ちゃんは、正座をして、あたしのポーチの中身を深刻な表情で見つめている。
気の済んだあたしが夕飯のレタスを洗っていると、
「見て」
グロスをクレヨンみたいにぬって顔を出したさかな子ちゃんのくちびるは、熟れた夕張メロンみたいな色をしていた。 なんだか急にCHARAの曲をかけたくなる丸い形だった。
「おいしそう」
「でしょ。ちょっと舐めた」
「ご飯する」
「はい」
隣でざくざく野菜を千切りにしているさかな子ちゃんはいつもより少しすました顔をしている。 舌がたまにちらりと見えて引っ込む、見えて引っ込む、をくり返している。 この調子だと落ちちゃうのも時間の問題だな、と思っていたら、さかな子ちゃんはポケットからグロスを出して包丁を片手にもう一度塗り出した。 ぺろ、と舐めとり目をとじる様子はとても満足げだ。
「そういう食べ物ではないんだよ」
と教えたら、
「だってじゃあ、何で甘いの」
と聞くので、何でだろうとすこし考えてみて、あれいつからキスしてないんだっけ、としばし台所のタイルを見ながら不覚にもぼうとした。(横で、アグリちゃん水止めるよ、と さかな子ちゃんの現実的な声がしている。)




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