一時間目は現代文学であった。 開始から15分遅れて教室に入ってきた土方は、頬とか額とかに絆創膏とかガーゼとかをはっつけていた。 みんな朝の事情を知っているので、なんかもう誰も何も言わなかった。 土方は痛々しい姿と仏頂面のまま、一番後ろの椅子を念入りに確認する。その目つきはもう椅子職人のそれである。 いったい今まで椅子に関して何があったのだろう、とても慎重である。椅子の足の裏まできっちりみている。 鞄を持っていない土方は、そうして手ぶらのまま席についた。 「教科書は?」 遠慮がちに振り返ってみる。 「燃えました」 悲惨な答えが返ってくる。 何が悲惨って、言われた自分が悲惨なのだ。 このようなけじめをつけなければいけない場面での言葉選びは、教師としての試練である。 忘れました、とか、捨てました、とかなら、まだ、わかる。いろいろと答えようが、まだ、ある。 燃えたのだ。 土方の教科書は、とにかく、燃えたのだ。 なぜだ。 いったい教科書で何をしたら燃えるというのだ。ものすごいスピードでペンを走らせていたら摩擦で火がついたとでもいうのか。 ああ何て言ったら、いいんだろう。うんうん頭の中で悩みながらどうしてこんな可笑しな苦労をしなくてはならないのか切なくなる。 ・・・・そりゃ、燃えるよね。教科書だもん。 迷った末、同意を選んでみたら、土方は鬼に修羅が憑いたような邪気でこちらをにらんだ。 失敗であったことを知る。 何が悪かった。もんか、だもんっていったのが悪かったのか。やっぱり若い奴には許されないのだ。先生その範囲が今わかったぞ! もうッ、沖田さんに燃やされたんですよ。 やるせなさで一杯になっていると、一番前の地味な男子生徒が、小声で教えてくれた。 あ〜なるほど、といいかけたとき、 彼はすぐに後ろからとんできた上靴が後頭部に命中して沈んだ。 動かなくなった彼から目を離し、ゆっくり無言で黒板に向き直る。 まだ何も書いていないそこをみながら坂田は、達人は団子の串一本で人を殺せるというおそるべき事例を思い出していた。 →3 |