男が冷蔵庫から出した炭酸が、ぷしゅ、と鳴る。気だるいまどろみが、その音でただの空気になる。 シーツと一体化したがっている体をうつぶせにしたまま手だけで枕を探していると、 「土方さんの好きな人ってノンケでしょー」、キュとフタを閉めて彼がこちらの背中にそれを這わせた。「まあな」、タバコに手を伸ばしながら答えれば、けたけたと楽しそうに笑う。 「最悪じゃんソレ」、若いくちびるが落ちてくるのを、「うるせェよ」、目を伏せて受ける。そのまましばらく深いキスと短いキスを 繰り返しながら相手の首にタバコをはさんだ片手を回すと、ふふ、と笑って額をつけてきた。 そうしてまつ毛をなぞられている時に、携帯の着信を聞き二人で目を合わせる。 彼の体がすこし屈んで、「鳴ってる」、と目の前に差し出してきたそれを受け取れば、セックスの余韻の終わりだ。 ベッドに手をついてのっそり起き上がりながら通話ボタンを押すと、耳慣れた声が聞こえてきた。
「もしもし、土方?」
「坂田か・・・どうした」
前髪をかきあげ、かすれた声で返す。黙りこんだ坂田に、「・・・何だ、どうしたんだよ」、体勢をしっかりたて直して先を促すと、ザーとすこし間が空いた。
「や、それが、お前に相談したいことが、あんだけど・・・」
やけに沈みがちな口調で言う。
珍しいそれと、今から行っていい?という言葉に慌てて男へ、今日は帰れ、と目線を送りベッドから降りる。「ああ、いいーけどー、よ」、返事をしながら携帯を顎と肩で支え、 下着とジーンズを履き、男がしてくる別れのキスに、通話口を一瞬ふさいで、片足でけんけんしながら、かかとをひっかかった裾から出した。
そこから1分とたたない内に、ピンポンと鳴る。予想よりものすごく早い。思わず目を見開いて玄関を振り返った。一体どこからかけてきてたんだ。
「よーごめん、俺邪魔しちゃった?」
ドアを開けると、湿気でちょっとへしゃげた銀髪があった。この時間差なら男とすれ違ったに決まってるので、上半身裸のまま、別に、とだけ言う。
「今度の奴すんげー美形じゃん。にこって笑顔で見られたよ俺。ハーフ? でもちょっと若くね?」
靴を脱ぎ散らかして、自分を通り過ぎずかずかと入り込む。
「いや、クオーター」
非常にどうでもいい情報を与えながら、坂田に続いてリビングに戻った。ちら、とセックスの名残のありすぎるベッドへいった彼の視線がわかって首をかく。 坂田は高校の頃からこちらの指向を知っているけれど実際目にされるとまた微妙だ。
「で、何だ相談って」
落ちていたタートルをかぶって、顔を出し前髪を振った。
坂田は、ローテーブルの前に座ってまぶたをすこし落とし、ななめへ視線をやる。 ベランダの外で車の音が通り過ぎるのを聞いてから、耳たぶをひっぱりつつ、や、あのさァ、と切り出す。
「俺って、バイなのかな」
口に含んだ水をふきそうになった。
かろうじてゴクリ飲み込み、口元をぬぐいながら、何だって?、慎重に聞き返す。
「いやさ、最近寝てみたい奴が、いんだよね。俺」
「・・・男?」
「男」
ペットボトルをテーブルに置いて、ゆっくり坂田の向かいに膝を立て座る。理解がだんだん、頭に広がっていく。それから、額に手を当てた。
こんなサプライズ、ミナミの帝王に5時間スペシャルがあると知った時以来だ。
「あっ、面倒くせーって思ってる? だってこんなの相談できんの、お前しかいなくてさー」
そうじゃねえよ。
「・・・何、そいつ何系?」
「まあバイトの後輩なんだけど・・・かわいい系?」
・・・ふーん・・・そりゃ系統のジャンルも知らねえか
「何だ、外見女性っぽいのか」
「いや、男、男。普通に見かけ、男」
ふうーん・・・・・
「じゃあ、バイなんじゃねえ」
「あー、あっさり! もっと考えろよ!」
机に腕を置いて身を乗り出してきた坂田の額を、わかったよ、手の平で押し返す。テーブル上のボトルを意味もなく揺らした。夜中の時間がすこし無言のまま過ぎる。
「・・・・あー何だ、その・・・抱きたい方なのか、それとも」
「抱きたい方だよ」
ぐるぐるとボトルが角を中心にして回る。
「・・・・・だって、今の今までお前」 ノンケだった くせに
「そいつのせいで目覚めたのかなー」
バコン、とボトルが音をたてて倒れた。あーそう、とごろごろ転がるそれを放ってライターを探すこちらをどう思っているのか、坂田のじっと見つめる視線を感じた。(何だよ。) 床にあったライターに伸ばした手をゆっくり掴まれる。顔をあげると、妙に真面目な坂田の瞳の光と合った。
「そんで、さ。こんな頼みごと、お前にしかできないんだけど」
「・・・・」
「一回、俺と、してくれない」
え。
口を半開きにして見返している自分に、坂田がどう言ったらいいのかを考えているみたいに寄せた眉のはしをかく。
「やー俺がほんとにバイで、男とできんのかなって、そこ疑問じゃん」
初めて高校で出会ってから7年も友人をやってきた坂田の顔を不思議な気分で眺めた。
女に興味ないお前がモテんのって意味ないよなー、くちびるをとがらせて言っていた坂田。 そんなこと言いながら、いつでも彼女がいた坂田。ふんわり柔らかい体を自転車の後ろに乗せて、あ 土方ー例の大学生とはどう、こちらの男関係をあっけらかんと聞いてくる態度。
「いや、んな理由でてめェとは・・・」
何言ってるのかわかってんのかこいつ。あの頃のこっちの気も、知らないで。
「いいだろ。な、土方」
後ろ手をついていたこちらに坂田の体が乗り出してくる。呼ばれて反射的に瞳をあげた時にはもうくちびるが触れていた。 まぶたを押し開いて、「、ちょ」、避けると落ちてくるキスが頬へずれ、顎に当たる。そうしながらバランスを崩していく自分へ体重をかけてくる坂田の下から抜け出そうと、 顔を反れば、最終的に首筋に当たったそれに吸い付かれた。う、とまぶたを閉じてしまう。
ジッパーを降ろされ坂田の手で自身を抜かれる。情けないくらいあっけなく達する時、押し返していた坂田の服をぎゅ、とつかんだ。
「土方、そんな顔するんだ・・・うわ何か変な感じ、何この感じ」
当たり前だ。長年の友人の感じた顔なんか今更みれたもんじゃないだろ。
「は・・・も、退けよ」
顔に腕を置いて横に向けると、耳にくちびるが落ち、低い息が入り込む。
「なァ、声も聞きたい・・・お前どんな声すんの。出して、みせて」
ぞく、と血が沸くのを何とか抑えるのに苦労した。(坂田が自分をこんな風にする日がくるなんて、何だこれ)、 心の中だけで頭を抱えながら足裏に力を入れて膝を立てると、坂田の股間に当たる。
「お・・・おま、何で勃ってんだ」
「さあ、バイだから?」
頬の筋肉をかためて、体をすこしひいた。坂田は、えーお前がそうゆう反応するわけ? 傷つくんだけど、とか何とかのたまった。 のん気な銀髪を前髪の下から睨む。
今更、今更、今更。
こっちは今しがた別の奴と、し終わった後だ。もう遅い。俺としようなんざ、もう、7年、遅いんだよ。
「・・・わかった、とりあえずそれは何とかしてやるから、終わったら帰れよ」
何とかって、言いかけた坂田のチャックに手をかけて屈むと、息をつめて黙った。口に含めば、やがて頭を手で押さえられもっと深く入り込もうとする。 そのまま喉で擦っていかせてやった。
「・・・何か、犯された気分・・・」
床に丸まって転がった坂田が顔を手で覆い、つぶやいている。坂田に背を向け同じように床に転がりながらテーブルの下の影なんかをぼんやり見た。最悪だ・・・。 何で今更坂田とこんなことになったんだ。精神的にすごく疲れた。そんな肩を坂田がつかんで、なあなあなあ、と無邪気に揺らしてくる。 ああもう何だよこれ以上・・・
「おかげでバイなのはわかったからさー、男との付き合い方、教えてくんない?」
知るか! 頼むから、さっさと帰ってくれ! 俺はフランダースの犬観て、ちょっと、泣くから。

 

2007. 続くかも・・・しれない