高校で初めて土方の姿を見た時から、こいつの空気は他の奴と何かが違うと 気づいてた
はたから見て ふつうに 客観的に 目をひくよな、と俺は思う
顔とか体じゃない 雰囲気だ
ちょっと落ちたものを拾うために屈んだ時の前髪の落ち方とか
名前を呼ばれた時、振り向くまでのすこしの間、とか
何かそんなの
土方のそれは男の中にある欲を誘う 女じゃない
何も知らずに、モテていいよなお前はー、と土方が告白される度に騒ぐクラスメイトたちを、(ばかだなあ)と思ってた
よく見てみろよ 気づくだろ?
わっかんねえかなァ あいつの空気感・・・
ぼんやりしている制服の土方を、俺は頬杖ついて眺めている 懐かしい昔の高校の景色
土方ァ
呼ぶと、ほら、そうやって、肩に手をかけ力ずくで無理矢理こちらに振り向かせたくなる空間を置いてこちらを向く顔。それから、その頭が下がって、 俺のズボンのジッパーを・・・・ってあれおいおい何してんだこいつばかやめろっておい・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・いだッ!」
起き上がった勢いで頭を何かにぶつけた。
振り返ると、自分のじゃない棚の色。何か全身が痛い。 へっ、ここどこだ?
「あー、痛ったァ・・・」
うなって頭をおさえている涙目のはしに、黒のタートルが映る。こちらに背中を向けて携帯を耳に当てている土方がすこしだけ振り返った。
あそっか、こいつの部屋だ。大学ん時から変わらない、土方の部屋。 (うちと同じ面積のくせに、うちよりずいぶん広く見えるのはものが少ないせいだ)
「知り合いだよ。いやそう、そいつだけど・・・違ェよ。ほんと。 いや、ああ? ・・・・バカ」
バカ、と言った土方のななめ後ろから見える笑んだ顔はすこし下に伏せてて、まぶたが柔らかい。 俺にバカ、という時の土方はもっとほんとにバカにしたような口調と顔で容赦なく言う。そして、どっちかというと俺はそっちの方が好きだ。昔から。
「んん・・・な、土方、今何時?」
床にぺたぺた手をついて、肩の後ろから顔を出すと、口を思いきり手でふさがれた。
「つかお前期末中だろうが。勉強励め。うるせェ、大学行けねーぞ。ああ。じゃな」
「うっそ、高校生?」
昨晩すれ違った美形の彼を思い出しながら電話を切った土方に顔をあげると、土方はとたん苦々しい表情でこちらをにらんでから無言で洗面所に向かった。何となく追いかけつつ、 とりあえずキッチンにある時計を確認してみる。1時15分。まだ夜中か。
「何、今更歯ァ磨くわけ?」
「精液のこった口ん中がてめーにわかるか」
わかりません、すいません。すぐ磨けばよかったのに、俺が寝てる間土方は何してたんだろう。てか、そうだった。思い出した、いつの間にか眠りに落ちた、前のこと。 こちらの下にしゃがんだ土方の頭が、急に現実味を帯びて甦ってくる。
・・・・上手かったな。
シャコシャコ歯磨きし出した土方から離れて、ローテーブルに肘をつく。高校の頃から変わらない銘柄のタバコを横目で見て、その向こうの皺のいったベッドのシーツを見た。
俺は土方のことは結構知ってるつもりでいた。
どんな奴と付き合ってきたかたぶんだいたい知ってるし、気だるそうな声で電話に出てくるときはああ彼氏とセックスでもしてたのかと普通に察したものだし。 だけど、その中で、本当はどういう行為をどんな風に土方がしているのか、詳しくなんて、ぜんぜん知らない。
昨日初めて、土方が男と寝てる、という事実を生々しく実感した気がする。
土方がタオルで耳あたりを拭きながら、戻ってくる。向かいに座った右腕の肘先なんかを見た。
「・・・・・」
「・・・・・」
無言。
「あーのさ、例のクォーターって、恋人?」
「・・・そういうわけじゃねえけど」
「ふうん」
「つか、お前帰んねえの」
うっわ、その、面倒くさそうな顔。いい加減帰れよてめー、とか蹴られたことはあっても、そういうのは友人のあれで、そんな本気で帰って欲しそうな顔されたことない。
「いや、もう終電ねーし。泊めてよ」
言うと、土方は煙草の箱へ伸ばしかけていた手を一瞬ぴたり止めた。ちら、とこちらを見上げて、ななめ横にそらす視線。 ・・・なんだよ。つられて何だかこっちも耳たぶを触っていた手が止まる。
「・・・駅前のホテルにでも泊まればいいだろ」
「いや何でわざわざ金払ってまでホテル? 普通に泊めてよ」
土方は、自分でもちょっと無理あること言ったな感を漂わせた首の掻き方をしてから、まだ他の案を探すようにすねたくちびるを開いていたけど、 やがて閉じた。それから立ち上がって、リビングとせまい廊下を遮っているドアを開けてみせる。
「じゃ、お前玄関で寝ろよ。そこなら、このドアで区切りあるし・・・」
「おま、俺に風邪ひかす気? せめてこっちの床に布団出してよ」
「んなもんねえ」
「じゃあ、このベッド半分貸してよ」
ベッドに腰掛けばんばん枕を叩いていると、土方は眉を寄せふーと鼻息を出してから、こちらへ首を傾け近づいた。え。ちょっと体をひく。
「お前、覚悟あんの?」
「な、何の」
とん、と土方の右手が自分の胸板をつく。
「こんなことになった後で、一緒に寝たら、俺」
襲わねえ自信ねーよ
近い土方のくちびるの動き、まぶたの色っぽい影下からくる瞳を、下唇を埋めながらごくりと見返した。どういう心境の変化か、ただ単に夜中になってうずきだしでもしだしたのか、 土方にすこし情欲の色がかいま見える。
「や、してみたいとは、ゆってんじゃん・・・覚悟は、ある、よ」
「俺はもうお前のこと普通に見れる気しねェよ。今更んなこと言われてよ」
「・・・・・」
「お前は?」
土方の目が、ひどく近距離で自分をとらえる。
「俺に勃って、口でいって、これから友人として見れんのかよ」
土方のまぶたの先に生えるまつ毛が、挑発的ともいえる動きですこし伏せられこちらのくちびるを見てから、俺にあがった。 襲われる以前に、まるで誘われてるみたいだ。試されてるような気さえする。
・・・・・考えてなかった。ぼそり本当のことをつぶやくと、ふん、と土方が鼻で笑った。「バカ」。
・・・ああ、そう、それ。その言い方だよ。高校の頃から 変わらない。
ベッドから立ち上がって肩を掴むと、土方がゆっくりこちらを見あげた。ほんのすこし、ほんのすこしだけ、その目になぜか切なそうな影が落ちてる気がして、 部屋の空気がそういう流れへ確かに揺れた。
「・・・・」
すぐそこにいる土方にくちびるを寄せる。昨晩散々避けられたそれは今度はあっさりと受け入れられて、目を開けたままでいる土方の舌にふれた。
(ああそっか、こいつのくちびるも柔らかいんだ)、と思った。とりあえず、収穫だ。
角度を変えて口付けている間に、土方の片手がゆっくり、 遠慮がちに、自分のうなじへ回り髪の毛を指で遊ぶ。ハァ、と息が漏れる頃になると土方の膝が俺の体をまたいでベッドに乗り、 押し倒された。深いキスはそのままに、胸の真ん中を指で上から下へとなぞられる。その硬さを確かめるように手の平が撫でた。
「・・・坂田」
耳に入る土方の何ともいえない感情がこもってる気のする低い声を聞きながら、彼のシャツの切れ目から手を入れ細い腰の感触に、目を閉じた。
首筋にくちびるをおしあてて、指を這わせていると、
「ん・・・、は、」
これだけ長い間つきあってきて、初めて聞いた土方の艶声。ちょっと反った顎の角度。見慣れたものとは違うまぶたの閉じ方。
「、ァ」
俺の指先の動きでシーツに髪をすりつける表情とか声が、これまで知ってきた普段のきつい土方とのギャップで妙にくる。
(・・・土方って、セックスの時、こういう感じなんだ。本当に、こんな声すんだ。)
平な体でも大丈夫だった。ぜんぜん平気だった。というか、普通に欲情した。
後ろから土方の腰を浮かせて中に入ると、彼の足がシーツにぎゅうと皺を作る。思わず目を細めて、太ももに触れた。
下に落ちた黒髪の先が、こちらの動きと一緒に上下する。
コンビニ前や、飲み屋の席で、俺の冗談に低く笑っている額の上にあった、いつもの、それ。
高校の屋上で夏の太陽にすけたり、俺の隣で涼しい風に吹かれたりしてた、懐かしい、それ。
それが、今、ベッドのシーツの上でやらしいセックスの動き方をして、揺れる。
・・・・確かに、もう友人とは呼べないかもしれないなあ、と欲に支配された頭のどこかで思った。