ジーンズの裾が重たい。何度も水溜りに突っ込んだサンダルはずぶ濡れで気持ち悪い。シャツはすっかり体に張り付いていた。 電車に傘を忘れてきたせいだ。ポケットに手を入れ、(・・・・そうだ、鍵持って出てねェんだった)、自分の部屋のドアを見つめてろう下を歩いてるときから、すこし予感があった。
「よォ。俺と寝る気になったかよ」
的中だ。
玄関の手前で腕を組んで壁にもたれている高杉を見上げて、はー、とため息と共にサンダルを脱いだ。
「銀時に彼氏できたんだろ」
その、彼氏、という単語を高杉は皮肉に発音した。
「・・・勝手に入ってんじゃねーよ」
「タオル持ってきてやるから、そこいろ」
壁から肩を離して風呂場へ消えていく背中をぼんやり目で追う。すぐに柄も何もない水色のうちのタオルを持ってきた高杉に、「座れ」、 と命令のように言われたが文句を言うのも億劫で従った。ろう下にずるずる座り込んだこちらの足を柔らかい感触が包む。笑ってしまった。
「怖え」
「へえ。てめーにも怖えモンがあんのか」
「お前が優しいのがだよ。通りでこのどしゃ降りだ」
後ろからタオルで髪を引っ張る高杉の肩に頭を預けた。 雨の冷たさは、結構な体力を奪う。ほとんど力もなくしなだれかかると、高杉の衣服がずれた。影が降りてくるのはわかっていたから、 唇は閉じないでいた。舌が無遠慮に侵入してきて、自分のそれを絡めとる。自分勝手で気まぐれなその動きはけれど強烈な快感の支配を持っていつでも熱を植えつけた。 出て行く前に下唇の裏に歯を立てられ、じんと疼きを持ったそこをねっとり舐められる。
「・・・お前が相手に不足しねェの、わかるよ」
腰が砕ける一歩手前で踏ん張った瞳を上げた。
「だろ。いい加減落ちていい頃だぜ」
「お前がやらせるんならな」
「ネコやってる奴が何言ってんだ」
「タチばっか寄って来ただけだよ俺は。てめーこそ何でもやるくせに」
まだ唇同士がくっつきそうな距離でそう言って、高杉の手を顎から退け、立ち上がった。
俺の今までの人生の中で、一番長いキスの記録は高杉が持っている。だから、どうということもないけど。 よくいくバーのイベント日にソファーで、15分ほどずっと唇を食んだり絡め合ったりしていた。 その気にならない方がおかしいわけで、高杉の両肩を掴んで押し倒すように首筋を唇で辿っていると、その頭を引っつかまれ、離された鎖骨を舐められた。 おい俺にやらせろ、アホか俺がやる、と互いに譲らない内につかみ合いになり、 本気で殴り合いの喧嘩になだれこんで出禁になったバーだ。高杉とは出会ってから何度もキスしたことがある。 首筋や腹に吸い付いたこともあるし、逆もある。酔って際どい触れ合いをしながら一緒のベッドで寝こけたこともある。 だけど、セックスは、したことがない。
「てめェ、まさか銀時んとこ行ってきたのか」
ベッドに寝転がったこちらに、煙草を振る音を混ぜて高杉が聞く。黙ってはみ出した右足の重力を感じていると、「マゾかよお前」、と近くなってくる声と鼻で笑う気配がした。 ベッドが高杉の膝を受けて、ぎしりと鳴る。
「で、気分は?」
「・・・最悪って言えば満足かよ。俺が妬くとか信じらんねえんだけど」
額に当てた手に、まだ濡れた前髪が冷たい。高杉が喉奥だけで笑って、こちらのボタンに手をかけた。
「おい」
「濡れそぼってんだろ、このままにしとく気か」
「お前が言うとエロいな・・・」
びしょ濡れのせいで、引っ張られても鈍い感触のするシャツのボタンが、全て開けられていく。ひやりとした肌に高杉の手の平が熱い。唇。舌。 腹から胸へとあがってくる。ん、と唾を喉に送って、そのさらさらした黒髪の中に指を入れた。
「・・・あんまりやると押し倒すぞ」
「俺が押し倒してんだよ」
頭を引きはがそうとした手を掴んで横にやられ、首筋まで這い登ってきたそれに唇を塞がれた。
まずいな、と頭のどこかで思う。
高杉とセックスをしていないのは、互いが互いに同じ役割をしたかったからだ。どちらもそれを譲る気がさらさらないからだ。
確かに俺が折れるとしたら今がチャンスだった。抵抗する気も半減してる。わかってて来たに違いない。
「高杉」
かぶさってきた体と集中した愛撫に本気を感じとって、強い声で呼んだ。前髪の先が額にあたるくらい近くの瞳が、光って見える。
「なァ、土方。何をそんなに頑なに拒むんだよ、俺だけを、お前は?」
試すように細めた目と、すこしあがっている口端。十分知ってるくせに。何人その牙にかけては、すぐに飽きて捨ててきたんだ。
高杉は力を持ってる。目に仕草に言葉に雰囲気にその存在全てに。誰もが目を惹かれずにはいられない。 侵入を受け入れてしまえば、体の奥底にある自分もまだ知らないような塊りを引き摺りだされそうで恐ろしい。 そこに恋愛感情なんか必要ない。
絶対、ハマってしまう。
適度に距離を置いてきたつもりだった。いきすぎたこともあったが、結局は戯れで済むよう。 高杉にもそこそこ興味のある奴ができて、最近は連絡もあまりなかった。 事態が変わったのは坂田のせいだ。高杉はこの状況を心底面白がっている。
全く、どこまで俺の行く末を握るんだあいつは、なんにも知らない、顔をして。

「・・・・ッ、あ!」
思考のせいで、全く不意打ちに高杉の煙草の火が鎖骨に落ち、思わず声をあげた。痛みで喉をそらせ、耐えるように震えているこちらを見下ろす視線を感じる。 そうしながら高杉の指がわざと、ひどくゆっくり、それを払いのけ、痛みで息を止めてあがっているそこを丁寧に舌でなぶる。 何故だか無性に泣きたくさせる。
「ん、く・・・・」
「思った通りのギャップだよな」
きつく閉じた唇を指でなぞられる。背中が震えて、息を大きく吸い込み、まぶたを開いた。
「か、すぎ、マジでやめろ、どこにも戻れなくなる」
「すげー顔ですげーこと言うな、土方」
高杉が目を開いて笑った。その瞳に欲の火が走るのを見る。
「口で勘弁しろよ」
頼むから、とは声に出さず勢いをつけて起き上がり、高杉の胸を押してジーンズに指をかけた。 携帯が鳴り出したのはそんな時だ。自分の聞き慣れた音だったような気がしたけれど、高杉が枕の横に放ってあったそれを掴んで、ボタンを押した。 出るのかよ。チラとすこし勃っているそれを含んで高杉を見上げると、唇で笑んだまま息をわずかに乱すのがわかった。 そのまま携帯がこちらに降りてくる。やっぱ俺のかそれ? つうか、相手は誰だ。こっちの音が聞こえるだろうが。 口から引き抜きかけ手を伸ばそうとしたが、それはまた高杉の耳元へと帰っていって、通話が切れた。
「あいつ、案外飛んでくるかもな」
高杉がおかしそうに、こちらの髪に指を入れる。
「誰がだよ」
「銀時」
「・・・・坂、んッ」
押さえつけられた頭に、一瞬目をしかめた。坂田が俺に電話? 何の用だったのかとまだ聞きたいんだろうか。 脳の端の冷めた部分でそう思う。 喉で上下に擦ると、高杉が鼻から息を抜く。畜生、こいつイくまで長そうだ。もう記録はいらねんだけど。 このまま流されたフリして、一気に形勢逆転してやろうか。いや、その前に完全に落とされる可能性もすごく高い。ああどうやって・・・・・
「何考えてんだよ」
高杉が、こちらの顎を指で上へ向かせる。
「心底てめェのことだよ」
睨みあげてやると、高杉は歪めた唇で笑んだ。シーツごと、ずるり雪崩れるように床に落ちる。
「ッ・・・・、ン・・・」
そのまま深く合わさった唇の中で自分と高杉の舌が、今までになかったセックスの予感で求め合う。 その腰に足が絡んだのは落ちた拍子のせいだ。坂田の名前で自暴自棄になってるわけじゃない。 自ら毒にかかりつつなんかありはしない。そう、自分に言い聞かせた。