すごいエネルギーだった。駅につくまでの過程をぜんぜん覚えてない。電車の椅子に座ってから、 ・・・何をそんなに怒って今から土方んとこ押しかけようとしてんだ俺は、とようやく自問自答してみた。 セックスの真っ最中だったら自分でも何をしでかすかわからない。何で? それにも自問自答してみる。 答えはとにもかくにも、高杉だ。 窓の縁に頬杖をつきながら、知らず遠くを眺めた。 高杉の魅力は、嫌というほど知っている。昔から、ようく、知っている。だてに何人も女をとられてきたわけじゃない。 それは、密かに狙ってた子だったり、付き合ってたのに浮気された子だったり、 女じゃなくたって、俺の喧嘩相手がいつの間にか興味を移したりしていて、高杉がそばにいると何もかもがどんどんそっちで渦を巻く。 自分にさして執着心がなかったせいだ。中学の頃なんか一番すさんでて何に対しても淡白な時期だったし。 そんな死んでるみたいな俺より、妙なオーラの塊みたいな高杉の方に惹かれていくのはまあ仕方のないことだった。 あの頃はさして気になんかしなかったけど。思い出せば、腹が立つ。 高杉の魅惑ぶりは認めてる。むせ返るほどきつくて、なのにどこか影が深くて、何か綺麗で妖艶で。奪われる。 ・・・・・・土方も? ・・・俺のそばで揺れていたあの髪や低い笑い声が、高杉の方に。 そんなのって チャイムを押す。もう一度。・・・・ガンガンガン!とドアを思い切り蹴った。 「高杉今すぐ土方からそれ抜け! そして二度と勃つんじゃねえ!」とか何とか頭で考える前に叫んでいる。我慢ならずに取っ手を握ったところで、 ふっと、(あれ、もしかして高杉ん家にいんのか、あ、考えてなかった)と我に返ると、向こう側から力がかかってガチャリという音と共に簡単に開いた。 「うるせーよ」 億劫そうな口調が色気になってる高杉の声。ぐ、と睨んでドアの端を掴んだときには、もう背中を向けてろう下に戻ろうとしていた。 言いたいことや聞きたいことが一気に喉元まで押し寄せる。 「・・・土方、どうしてる」 けど、一番最初に口から出たのはそれだった。 「寝てる。ろくに睡眠とれてなかったんじゃねェの。爆睡してんぜ」 え、と音は出さずにくちびるを開いた。 「しかし、マジで来たな」 リビングのドアに手をかけた高杉が俺を見る。 「・・・そう仕向けたろ」、濡れて脱ぎにくいくつ下を放った。 高杉が腰を預けた台所付近だけ電気のついている、暗い部屋。ベッドで盛り上がってる影、黒い頭が右に曲がって腕が変な風に上にきている。 本当に爆睡してるみたいだった。足音を落として近づいてみる。高杉は何も言わない。壁に手をついてのぞきこんでみると、 涙の跡で疲れたような顔をしていた。伸ばしかけた指を、「・・・・・」、引いて無言で台所へ戻る。 電気の下で艶に光っている高杉の髪が綺麗で妙に腹が立ちながら、隣で同じように台に腰をかけた。 「土方に何したんだよ」 「あー? 心配すんなよ、単にセックスで泣かせただけだ」 すこし開いた目が、勝手に暗く細まる。 「・・・したんだ、泣かせるくらい」 自分の声の低さに出して初めて驚いた。胸あたりに血が集まって皮膚を突き破ってきそうだ。ドクドクと痛い。高杉が面倒そうなまぶたの下からこちらを見る。 「何怒ってんだ」 「聞いてるだけだろ」 「何で聞くんだよ」 「だから聞いてるだけだって!」 「銀時」 高杉が急に、圧迫感を持ってこちらの服の袖を掴んで引っ張る。女の子にされればときめくだろうその動作も余りに強い力のせいで足がよろけて、 至近距離の高杉がまぶたの下から見下ろすようにした。 「てめーは土方を俺に取られたくねーんだよ。心配なんだろ。あいつが他の誰と何やってても平気でも、俺だけは警戒すんだよ。 俺には土方がなびくんじゃねェかって、不安で仕方ねーんだろ。そんなに焦って飛び込んできて自覚なしかよ、まるで子供だな。 勃たなくなれだァ、てめェが不能になりやがれ」 ドン、と押されて離される。つ、あの野郎加減知らねェ、と続けた高杉は切れているらしい唇を舌でぬぐい、冷蔵庫に向かった。 立ち尽くして、何もないシンクを見る。 心配? ・・・不安。 高杉の言葉が頭の中でぐるぐる回って結ばれていく。今まで高杉と土方に抱いてきた色々な感情。 今高杉の言ったことが、すとん、と理解に落ちてくる。 「・・・・・・」 すこし振り向いて、部屋の影になっているベッドを見た。 ・・・確かに、高杉なら、土方をさらっていけそうで。 二人が一緒に居るのが、不安かもしれない。 自分が男にも興味があると気づくまで、そんな感情は二人に対して知らなかった。 「・・・・・・・ん・・・」 ベッドから土方の声が聞こえた。思わずはっとまぶたをあげる。 「・・・・高杉・・?」 「あー?」 かすれた土方の声が呼んだのは彼で、高杉はペットボトルのフタを閉めて冷蔵庫にしまいながら返事した。胸がチリとうずく。痛い。いたい さっきから 「銀時来てんぜ」 「・・・・・・・・は」 「は、じゃねェよ。あそこ」 ベッドの端に腰掛けた高杉が、台所のこちらを指さす。それから立ち上がってすこし土方の耳へ色っぽいくちびるを落とした。 「俺帰るぜ。ややこしくなんのは面倒だ」 「うっせー早く行け、くっそ・・・」 土方が高杉の額を押しやって、忌々しそうな、けど目元をすこし染めてそうな声でそう言う。ベッドから離れた高杉は財布だけ拾ってほんとにあっさり出て行った。 のろり起き上がった土方が、額に手を当てて、そのまま前髪をかきあげる。ガチャン、と遠いドアの閉まる音がする。 静かな部屋に、布ずれの音が響く。 「・・・何だよ」 「・・・・・・」 「おい、坂田」 土方が俺の名前を呼んでる。やっと息をつこうとするのに、喉が熱くて苦しい。あの後雨濡れなかった、とか、 何で寝れてなかったの大丈夫なの、とか、色々心配したいことがあるのにそれを飲み込むように湧き上がってくるのは高杉のことで、 頭では言わなくていいってわかってるのに、口が勝手に動く。 「高杉と、したんだ。泣くほどよかったんだって」 「・・・・」 土方は黙った後で、「だから」、と言った。 (そんな冷たくしないで。) 自分の突きつけるような口調も棚に上げて心の中だけで縋る。高杉が言った通り俺は子供だ。 仕方ないんだよ。ぎゅうと握り締めていたせいで皺になった自分の服の盛り上がりが見える。 真ん中には、きっと高杉とのセックスで動くのもしんどそうな土方が見える。唯一電気のついている台所から離れると、一気に視界が暗くなる。 「・・・坂田、?」 ベッドに歩みよるこちらを見上げて土方が何か警戒するようにひいた手首を無理矢理掴み、唇をふさいだ。あの時感じた柔らかさなんかどこにもない。 ひりひりして仕方がない。体中。 「はァッ・・・! か、た・・・、やめろ、」 「さっきまで高杉としてたくせに」 「だッ、から、キツイんだろ、バカ」 「・・・へえ」 中の指を動かすと、肩を押し返していた土方の爪が立った。辛そうなまぶたを、した。 それを見て、ひどく煽られる半面、こんなことしたいわけじゃないと思う。違うんだよ、苦しめたいわけじゃない。 だけど、止まらないのは自分でもすこし知ってる感情だった。その中でも今までで一番強い感情だった。 嫉妬だ。俺は、今、ひどく嫉妬、してる。 「はァ、・・・あ、」 ・・・だって、土方のその髪が。初めてのセックスの間に、揺れてた髪がきれいだと思った。 蕎麦屋で高杉の話を聞いて機嫌を損ねると、土方の中を自分だけで満たしたくなった。 「・・・土方」 どうしようもない指が、その前髪に触れる。 『お前、覚悟あんの?』 初めて寝る前に土方が言った言葉が、今になってささる。 肩口に額を当てると、この匂いが自分から高杉へと離れていくのは絶対に嫌だなんて。 押しす進めるのをやめて、ぎゅ、と抱いた。 土方の息が一瞬止まる。腕に力を込める。 「ここまでの覚悟とは・・・思わなくて」 さあ、と目の前のカーテンが脱げてくみたいな視界で、ゆっくりくちびるを開く。 俺、バカだな・・・確かな自覚がこみあがってくるのを感じながら、土方がすこしだけ起き上がるのを眺めた。 その目が、この状況が理解しがたい、というけげんな色で、こちらを見上げてくる。 「・・・・お前、とりあえず浮気だぞ。コレ。それともシチュエーションに燃えるのか」 「だって高杉が」 「高杉?」 「いや、あいつのおかげで色々わかったよ。・・・お前って高杉のこと好きなの?」 「・・・・・・」 どんな返事が返ってくるのかと思ったら、土方は、ただどこか呆れたようなほっとしたような息を細く吐いた。雨の音がやみ始めていた。 無言の空気がどうしようもなくいたたまれなくって、答えが怖くもあって、土方のボタンを閉めた自分は、じゃっかん無理に笑ってのぞきこんだ。 「何ー怒るのも忘れちゃって。じゃあ俺なんじゃねえの。あんな風にどしゃ降りん中うちまで来てさ」 実際、あの子と上手くいったことを知ったら不自然に帰っちゃったりなんかして。そう思われたって、仕方は、ないよ。 と、実際、風呂場で考えていたことを続けようとした台詞は出なかった。 土方は、とつぜん、見開いた目で何かが飛んだ顔をしていた。 瞳の時間が止まっていた。 くちびるが冗談も否定も漏らさず、息をしない。 傾けた銀の前髪のすき間から見える土方のその様子に、つられてだんだんまぶたを開く。 「・・・・・・えっ?」 すごくまぬけな声が出た。 ← → |