※リク 「弟に〜」と「夜明けは〜」2つの話の続き
雨だったから、なんてどこかで読んだ小説みたいな言葉だ。 それはもうここ3日も続いている当たり前の自然現象だったし、それでも今日はその中でも一番のどしゃ降りだった。 窓から見える薄暗い景色はざあざあ音をたてる雨線にさえぎられ、輪郭の消えた建物たちはただの影になっていた。 まだ昼過ぎの部屋で、蛍光灯は夜のようにぼんやり光る。だからといって、それが何の理由になるだろう。 その時、土方は玄関のドアを開いたまま、どこかで溺れてきたみたいに濡れた制服としたたった銀髪から落ちる雫を見つめていた。 ゆっくり入り込んでくる湿気はひやりとしていて、空気は肌に寒かった。今更傘をやったところで意味はなかった。 夕方になれば彼が来ることはわかっていたが、 追い返すわけには、いかなかった。強いて言うなら、「お前は、変な所で冷徹なくせに、変な所で情に弱い」金時の分析が単に当たっていただけだ。 「何かあったのか」 ずっと無言でいる彼にタオルを渡すと、銀時は無言のまま受け取った。それから、こちらの肩口につめたい頭を埋めた。 次男らしい甘え上手だな、と思う。年上の女にもてるのかもしれない。熱いコーヒーを淹れてやると、飲めない、と金時のようなことをのたまうので、 半分以上の牛乳を足したら結局のところぬるくなった。 わかっている、と銀時は言う。この前のことはなかったことでいい、こうやって会う時はあいつの弟として、それで、いいと言う。 何かを悟ったような言い方は、自分と金時の関係の長さを察した上でのことだろうけれど、 すこし勘違いしているな、と土方は思った。自分達にそれほど確かな繋がりなんてない。 好きなときに会い、好きなだけ会わず、寝たいときに寝ている内気づいてみれば、ただ一番よく知ってる男になっただけだ。 それでも銀時は、すこしまぶしそうな薄目をして、ふうんと言った。 その茶色い染みの残るコップに関することは、それだけだった。律儀な彼がここに居たのは30分で、その間特に何もなかった。 「誰か来てたの」 風呂に入りに行ったはずがすぐ戻ってきた、金時の質問に答えを言いよどんだのは、セックスの後の気だるさと、 シャワーを使った本人である銀時とはこの前一度関係を持った事実からだ。自分達の間で、浮気は別に罪じゃない。 ばれない程度に適度にしている内は、それでいい。だけど、その相手が彼の弟となるとひどくバツの悪い気がすることに違いはなかった。 金時がいつまでも答えないこちらを横目で見て、くわえかけた煙草を奪う。続いて、 下着に伸ばしかけていた手首を掴む。そのまま、壁へとぶつけるように押さえられた。 つっ。当たった手の甲の丸い骨が痛む。帰ってきたときから、 すこし機嫌が悪かった。セックスをしてなおったのだと思っていたら、更にまた戻ってしまったらしい。 「誰」 ギシ、とベッドの縁が音をたてる。 「・・・別に、知り合いだろ」 「ふうん、風呂場借りてくような知り合い? 俺の知ってる奴」 「雨だったからだよ」 「俺のー知ってる、奴って、聞いてんの」 顎をつまかれ、強い力で上に向けさせられる。痛みにまぶたをしかめて、見上げた。 静かな怒りをたたえた瞳を見ながら、 この男が自分に嫉妬なんて感情をぶつけるようになったのはいつからだったろう、考える。 手首で光る腕時計は出会ったときから変わらない。普段の淡白さだってそうだ。 誰かに恋人はいるのか、と聞かれて答えが曖昧になるくらい、淡白な関係だ。 自分達に、束縛はなく、無駄な干渉はなく、余計な口出しはない。ただ本当に困っているときだけきちんと手を貸してやる。そんなものだった。それでも金時にはこの頃、 こちらに他の誰かとの情事の後を察しても平気な顔をしている時もあれば、こうして突然火が点く時もある。 その違いも変りようも、土方はまだよく理解できていなかった。 「言えねえんだ?」 「・・・って、ェ」 「部屋にあげて、シャワー貸して」 「雨、で、」 「そんでヤらせたの? 今さっき、俺が入ってたここで」 「っ、」 こちらが何か言う前に、金時の手が太ももの間に忍び込み、 まだ汗で湿っているシーツ中の空間で絡みつく。その爬虫類の舌のような感触に、その手首を掴んで、拒んだ。 「何、足開いて」 「金時、」 「開けよ。誰かさんにはできて、俺にはできねえの」 銀時とは、確かにした。明らかに、拒みきれなかった自分が悪かった。 罪の意識とまではいかずとも、背筋がぬるりと後ろめたかった。葛藤で、喉仏が上下する。それから両足を自分ですこし広げると、 予想以上の羞恥に襲われた。下へ向く顔をひき戻され、金時のいつもの目がこちらの様子を、じっとりと、見つめる。 そのまま伸びてきた中指を、さっき彼を受け入れていたそこが関節まで容易く飲み込み、喉が反った。 ゴンと頭が壁に当たり、はッ、と短い息が金髪にかかる。2本目で、まだ抵抗して掴んでいた彼の手首周りから力が震えて、抜ける。 すかさず、壁から引きずり下ろすように寝かされ、ず、と勢いよく擦った後頭部や肩が痛い。 大きく開かされた足の上に、重い両膝が乗り思わずうめく。ぴくりとも閉じることが出来ない、 空気にあらわにさらされた足の間を思って横にそむけた顔を、上から見下ろしながら金時が中で長い指をひねる。 「・・・んっん、」 自分をよく知るそれは、しっかり閉じた唇の中から切ない声を出させた。金時の上半身がこちらまで下り、顔が近づく。 「そいつってどんな風にした? 優しい? 俺と違って」 「ッ・・・、」 「ちゃんと口開いて、答えれば」 「はっ、あ」 指が、こちらの口内の舌をおさえ、強情、と引き抜くままに唾液を唇の横から首筋へ辿らせた。 うつぶせにされ、金時が十分な間をとりもせず中に押し入る。う、・・・、爪の先でシーツをかいた。 セックスで怒りを発散させられるなら、それでいい。いくらでも、好きにすればいい。だてに一人で夜を生き抜いてきたわけじゃない。形ある暴力に対してなら、 底なしの耐性が自分にはある。 思っていると、自分が先に達してしまった。すこし後で、金時の存在がひき抜かれる。 背中に精液の感触が伝う。だけど、それだけだ。それ以上の、息も言葉も妙にない。 ぼうと膜が張り出した視界で、金時をふり返ると、 彼は顔を完全に横へ向けて、床の何かを見ていた。今までの余韻も忘れたように、少しだけ開いた唇でいる。 嫌な予感がした。 「・・・銀時のじゃねェの、あれ」 一瞬だけ、反射的な冷や汗が走る。 金時の手が離れ、何ともいいがたい空気が漂い出す。床に下りる足音と何かを拾い上げる音を聞きながら、 ・・・、力の入れていた首を落としてシーツに額をつけた。物によっては言い訳できたかもしれないが、 コレ、と目の前に下りてきはものは、携帯か何かからちぎれたらしいストラップで、 一昨日まではついてたという金時の証言に、もう土方に言えることは何もなかった。 しばらく、無言が落ちる。 「・・・・お前、弟たらしこんだのかよ。あいつまだ高1なんだけど」 そうして口を開いた金時の言葉に、土方は思わずふっと柔らかい目の色をしてしまった。 金時が機嫌の悪い眉をけげんにあげる。何だかんだいって大事にしている弟側に立ったことに、金時の気質を見た気がした。 そして、すこし、面白くなかった。 それは自分が軽んじられていることに対してだと気づいて、取り返しのつかないような深いショックを受ける。 自分のそれにしろ、金時の嫉妬にしろ、きっと、 ここ2、3年のことだ。自分と金時の関係がいつ切れたって構わない、と言い切れなくなってきたのは、 そんな風にこの男は誰にも代えられないものなのかもなと、どこかで思い始めたのは、そう遠くじゃない頃からだった。ぼんやり呆然としてから、 長いため息をつく。シーツの皺の波が震えた。 「・・・・風呂いってくるわ」 そっけない声で、ギ、と音を立てて金時の体重がベッドから降りる。 だるい体をベッドに沈ませたまま、顔横の自分の手首を見ながら、それを聞いた。 かと思うとすこししてから、またギシ、と戻ってきて、耳元にくちびるが落ちた。 「・・・ごめん、土方。体、大丈夫」 目を閉じて、口元で笑ってしまう。彼の指の腹がそのくちびるを撫でて、フウ、という息と共に離れた。 ガリガリ、髪をかく音をさせながら、 「幸せなんだよ、最近」 金時がまるで、ふてくされたみたいに言う。 思いがけない台詞に目を開いて、ベッドの縁に座っている金髪を見た。そんなものは自分達にとって遠い地球の反対側も同じだったはずだ。 ちろ、といつもの厚いまぶたの下から横目がこちらを見返し、前に戻る。 「・・・何つうの、いわゆる、幸せってやつはさ」 起きた後の牛乳入ったコーヒーとかさ、寝る前の気持ちいいシーツとかさ、稼いだ金で欲しい物買った車の帰り道とかさ、 そういうことだと思ってたんだよ、俺は。でも、お前がそこに加わるとさ。コーヒー淹れてくれるだろ、 洗った布団で一緒に寝るだろ、テレビ選んで二人で重いの車に積んだろ、そういうの。 また全然別っつうか、倍っつうか、ああ。 だから、嫌なんだよ。それを誰かに、邪魔されるの。 「ホテルでヤろうがどっかの部屋でヤろうがいいけどさ、この部屋とかプジョーの中で他の誰かとセックス、すんなよ」 「・・・・」 「・・・何この恥ずかしい奴、とか思ってんだろ」 はー、と前髪をつかむその男は一体どこの誰なのか、 つい凝視するように見てみても、跳ねた髪の毛はよく見慣れた金色だった。わかるような、全然わからないような気のする価値観だった。 しばしの間見つめてみて、足先だけ動かし腰を蹴る。伺うような反応を構えているような目が手の下から見えた。 「わかった」 「・・・わかったって」 「そこまで言うなら、しねえよ」 「ああうんそう」 何だか、もう一刻も早くこの場から立ち去りたいという雰囲気をしていた金時は目を右へやりながら答る。 それから、はー今度こそ風呂、と立ち上がって首の後ろをだる気に撫でながら風呂場へ直行した。見送って、 下着とジーンズだけ履き、麻雀テーブルの前に座る。もう長年手に馴染んできた牌で、大三元をチャと積み込み(イカサマである) 2つの賽の目を思い通りに出す。つまらないくらい、簡単だ。マットに放って、後ろ手をつく。 そばに落ちてる鍵は、この部屋の椅子や棚を積んで帰ってきた彼のワゴンのものだ。 棚前に丸まって転がっているのは、金時が帰ってきて一番に脱いだくつ下だ。 ・・・悪くないのかもしれない。 そこには嫌なことや面倒なことを、全部強風で吹き去ってくれるような力なんかない。 あるとすれば、それはもっと平凡で柔らかいものだ。渦巻く暗さの真ん中に、ポツンと夜の家の灯りのようにあるだけだ。 金時のように理屈で説明できないけれど、総合的には、悪くない、と土方は思う。そこに誰かが居ること、 そんなもので、ものごとに対する姿勢や見方が変わるのだから何か痒いだけで、まァ悪くなんて、なかった。 心なしか軽くなった手で、もう一度振ろうとサイコロを指の間に平行の角度でつまんでいると、 ガタガチャと慌しい音が玄関の方で聞こえて、ふっと笑った。 ストラップに気づいたのか。チャイムが鳴ってドアを開くと、予想通り息を切らした銀時が立っていた。 それだけで、視界は一気に若い明るさで、さあと染まる。 「げ、遅かった?」 シャワーの音を聞いて、彼が耳をかく。 「いいんだよ。雨だったんだから」 せっかく風呂を貸してやったのにまた雨水で光っている銀色に目を細め、まァ入れよ、金時の靴を足で退けた。 チャイムを聞きつけたのか、風呂場から止んだシャワーと開くドアとマットを踏む足音がする。 ストラップを拾った銀時がそちらの方へ顔を向けた。 土方はテーブルの前に座りなおし、三本指で牌を順に分けた。 「あ、てんめー銀時、」 「謝らねェぞ俺は、忠告も警戒もしなかったそっちが悪いんだからな」 「やたら美人の彼女がいただろ」 「うわ、それで安心してたのかよ、甘ェなー」 「ガキに言われたくないね」 「お前土方と会った時どうだったんだよ」 「・・・嫌だな、兄弟って」 頭からタオルを垂らせたまま、金時が億劫そうな声でつぶやく。声だけ聞いていると、 電話なんかで出ればどっちがどっちか一瞬わからないような似方をしているというのは金時の言葉だったが、そっちもおんなじだ。 思いながら、自分の手配を角でそろえた。大三元。完璧だ。 「まァ、土方は今俺といるわけだから、お前は、」 「わかってる」 雨を吹っ切ったような声で銀時が遮った。土方は、金時の台詞の続きについて、まさか、とつい上の空になりかけていた手で、また牌をかき混ぜた。 意識的に大きな音でジャラジャラいわせる。 「え、何だよ、もう会ったのか」 「え何が」 ぴたり指を止めて、金時を横目で見る。視線に気づいているくせに、気づいていないフリをしている。ささやかなお返しのつもりでいる。 銀時のナイキのくつ下が濡れている。 窓の外で雨の止み出した、気配がしている。 「弟だよ。土方の」 「・・・・・・・」 「超激似。ま、だからお前は、頑張って、そっち、口説けよ」 ポン、と肩を叩かれた銀時が、えええ! と遅れて声を上げるのを聞きながら ・・・この野郎、と力を入れた手のせいで、ガシャリ、積み込んでいた牌の山が崩れた。 いやァ自分が幸せだと他の奴にも分けたくなるもんなんだなー、素知らぬ声で金時がななめ前に座り、牌を一緒に積み直す。 全寮制の高校に通っている弟を、男なんかで煩わせたくなど決してない。 少々むすりとしている自分の背中を、金時が兄として仲間のようにバンバン叩く。 麻雀には、4人いるだろ。いいじゃん、兄弟対決。 牌にまぶたを落としたまま、静かな笑い方をするようになった彼を横目で見て、期待と不安とまだ驚きの抜けないような顔で未来を見ている若い銀時を見ると、 何だかつこうとしていたため息もわすれてしまう。土方は、・・・幸せか、と手の中で一度ゆっくり牌を回し、カチリ金時の作った土台に積み上げた。 →オマケ続き ← 2007.7.8. |