そうして、最低最悪な夜はやってきた。

それは、高杉の機嫌の悪さが最高潮に達していたのがまず一つの原因だった。
土方の後ろ向きな考えも上乗せされた。
そこに、自分が追い討ちをかけてしまった。
何せ、性欲は化け物だ。
頭とは別の所で、自分を内側から食うように、侵食する。
後で絶対に感じるだろう後悔さえその大きな舌で飲み込んで。
これまでのツケだ。



山崎の家から帰ってきたシーマを駐車場に入れる。ドアを開けた時、土方がふと聞いた。
「その女って、どれくらい、いい女?」
はるか前の話題すぎて一瞬誰のことを言っているのかわからなかった。普段あんまり聞きそうにない質問だ。
「あー言われて見れば目元の黒なんか、お前にちょっと似てるかな」
土方の表情に嫉妬の色は全くない。けれど、何かをすこし不安がっているように見えた。焦燥感と。
その時、気づいていれば、と思う。
「・・・・・今日、湿気すごくない?」
「あー・・・・・」
エレベーターの中は、二人きりという空気を浮き彫りにさせる。
さっきのキスを思い出して、横に立ってる土方の手を取りかけたけど、やめた。
キスじゃなくて、違う、何か。
何か、してやりたい。言ってやりたい。与えてやりたい。
なんだろう、コレ。
土方の内側をすこし知ったのに、何もできない自分がもどかしいなんて。


「っ・・・高杉、痛、ェッ・・・」
マンションに帰ったとたん、高杉はリビングで土方の腕を引っ掴んで、倒した。
すこし、びっくりするくらいの乱暴さだった。おい、と声が出そうになる。
こいつの性欲の着火は、昔からよくわからない。
テーブルに夕飯の材料を置いて、高杉に腕をねじられ敷かれた土方を横目で見る。
ちょっと一方的すぎる力加減だ。高杉の性癖というのは、それこそ毎日違う。 自分だってそういうことを、本当は、したいけれど人間性のブレーキがついている。
目を逸らそうとしたら、高杉がその髪の毛を掴んで奉仕を強要しながら、「おい銀時」、と低く呼んだ。
その様子に、袋からトマトを出していた手が止まった。
・・・まずい。
こいつ、とても、ご機嫌ななめだぞ。苛々してる。機嫌の悪すぎる高杉は一周回って無感情なんだ。
そういや、と高杉が絵を描いてたあの日のことを、思い出した。あの時からちょっと変だった。
昔からこんな日は時々ある。
何がきっかけになるか、全くわからない。他人からすると、ちょっと理解できないことだったりする。
土方は、こんな高杉を見るのはきっと初めてだろう。
けど、自分は、こういう時の高杉が何を言い出すのか、よく知っている。
「てめェも混ざるか」
土方が、大きく目を見開いたのがわかった。・・・どうして、と丸い瞳で高杉を見上げている。
嫌だ、って言ったのに。そういうの 嫌ならしない、って 言ったのに。
知ってたのか? ・・・坂田とのこと  そういえばお前、朝から何かおかしかった
もしかして、もう・・・ イヤになったのか? 俺の こと?
そんな風に、色んなことが一気に押し寄せてきている瞳が、俺にはわかる。


まー高杉って天才気質っていうか、変人っていうか、ハタから見れば結構ひどい男だよね
ほらこうやって気まぐれで人のこと振り回しちゃうし
自分の気分でしか動かないんだよアレは
ってことは、気分で土方くんに酷くすることもあるだろうし、他の子に行くこともあるだろうし、そうやって裏切られることも絶対にあるよ


金時の言葉が頭の真ん中で浮かんで沈んだ。
断ればいい。
気分じゃない、とか何とか、何でもいいから、言えばいい。実際、気分じゃなかった。
山崎の家での土方を見た、今は。
2人がかりでする時は、どうしたって相手がどこか物みたいになってしまう。 今はたぶん、すべきじゃない。
ないのに、喉奥まで高杉のを受け入れ苦しそうな土方の顔を見るとぐっと血が集まる。
さっきの土方を思い出して、何とか踏み止まろうと努力したことだけは、知って欲しい。
けど思い出してしまうと、俺が満たしたくなった。・・・今は。今は、俺が。
「・・・いいの」
そうして気づくと、あっさり負けている。
こればかりは、どうにもならないと思い知った。相手がお前ならなお更だ。そんな涙目をして。
そんな、泣かせたくなるような、揺らせ方をして。
「別にいいだろ、土方」
ん、と口が塞がっている土方に、高杉は返事なんか求めてない。
坂田はちょっと頭を傾け、土方の後ろから背中のシャツの中に手の平を滑らせると、その甲で捲り上げた。寒そうに震える。 ああ可哀想、と思う。本当に思うし、それが、サド心に繋がるんだとも思う。
ぐいとうつぶせで膝を立たせ、尾てい骨を押さえながら、指で中を犯した。とろと指の圧迫から液体が流れてくる。 そのまま土方自身も抜きあげてやると声が出た。
「はぁ、ァ、」
「離すなよ」
浮き上がりかけて、掴まれる頭。
人のものをくわえたお前を後ろから犯すことは、俺の性癖的にぞくぞくくる。
高杉が離した土方の口から、飲みきれなかったそれが、ぽたと床に落ちた。こちらの指で喘ぐ土方を己にすがりつかせたまま、 高杉は一見真面目な顔でそれを見下ろしていた。これですごく機嫌が悪いだなんて、誰がわかるだろう。
「も、ァ、ッは、」
「何だよ。いいだろ銀時は」
土方は髪を乱して首を振った。ちょっと面白くない。ちがう、だからもう、と訴えるように高杉の服を掴んでいる土方の手に力がこもって皺を作る。
俺が一度熱を吐きだすと、
「顔はそうは言ってねェぜ。見せてやれよ」
高杉は、その震えるような土方の指を引きはがし、仰向けにして、頭上で両手首を押さえつけた。
うわ、容赦ない。こいつ、マジで機嫌悪ィ。
けど、他の男に手を拘束され、足を開いている土方は俺をひどく煽った。
鳥肌すら立つ。今の自分は、きっとものすごい目をしてる。
土方が、上にあげられた己の腕に、ずず、と頭をすり付ける。
その様子が、こちらの情欲を増すことをわかってんだろうか。
「高杉、離・・・嫌だ、・・・」
嫌だ? 坂田は一瞬自分の耳を疑った。
土方が、意地でも言いそうにない言葉だ。それはこのセックスを指してるのか、何を言ってるのか。
(・・・俺はそういう素振りをされると俄然周りが見えなくなるんだけど)
太ももを押して一気に押し入ると、土方の背中が大きくしなった。開いた口端から、精液が垂れている。 俺に犯される顔を高杉に見下ろされ、泣きそうな眉で喉をあげる。
「あ、ァ、・・・、か、すぎ」
高杉に腕を押さえられたまま、土方はそれにすがりたそうに手首をひねって声を漏らした。
・・・高杉、高杉か。
俺はどこいったんだよ。自分にそんな風に揺さぶられて、それを高杉にさらしている土方は喉をからして散々啼いた。
それからは、もう酷いセックスだった。


やりすぎたかなァ、とは確かに思った。
つい、ちょっと手酷くしすぎたかもしれない。・・・ああ、うん・・・しすぎた、な。
2時間も風呂から出てこない土方を頭の隅にひっかけたまま、肩をかいてテレビをぼうと見る。
風呂からようやく出てきた土方は、コンビニ袋に、ありったけの煙草を入れ出した。
何をしだしたのか、と集中なんかしてなかったテレビから目を離して土方を見た。
CDたちへ名残惜しそうな視線をやっている。
「・・・・じゃあよ」
それから、喉がかれきった声でリビングを出ようとした。
思わず、口を大きく開き、現実が戻ってきた頭で、慌ててその腕を引っ張る。
「じゃあよ、ってどこ行くんだよ」
「・・・出てくんだよ」
「なんで」
「何でって、そうしてほしいんだろ」
はァ?!と出そうになった声を飲み込む。
・・・・まさか、いつか俺たちの女の扱いについて説明した言葉を真に受けてるんだろうか。
いや事実だけどアレは。
だけど、今回は別に高杉がお前に飽きたからと俺に寄こしたわけなんかじゃ、全然ない。
ちょっと苛々してんだこいつ。理由はよくわかんねェけど。・・・別にプレイの一種だろ。いつもよりちょっと楽しむだけの・・・ そりゃ承諾は得なかったけど
高杉の機嫌が悪かっただけだ。
そんで、俺も・・・自制できなかった、だけだ。
「だからさ・・・・あー・・・」
そう言い訳するが、上手く言えない。性欲に身を任せて、ひどくしてしまった後ろめたさがある。
おい高杉お前も何とか言えよ、とすこし横目をやるが、こういうとき何も言わないのが高杉だ。自分が何も悪いことをしていないと思っている時は、 相手がどう思っていようと関係ない。
まったく。
土方にしたってどうにも悪い方向に考えすぎる。 あの女の存在も重なって、もう自分は要らなくなったのだと捉えたりでもしたのか。
そうしてちょっと考えていた隙に掴んでいた手を振り切られ、土方は体をひるがえし玄関から出て行った。
「あっおい!」
慌てて追いかけるが、一つしかないエレベーターはもう降りた後だ。ああくそ、と頭をかいて何度もボタンを押す。
マンションから出ると、土方の姿は見当たらなかった。
「・・・・・・」
その暗がりに、坂田は唖然とした。その事実に、もう一度、唖然とした。
カレーの時とはわけが違う。

本当に、出てった。

出てけばいいと、思ってた。
初めっから気に入らなかった。
それがいつの間にか、勝手にうちに馴染んで、俺の中に入ってきて、受け入れてしまっている。
喧嘩の時のよくわからない狂気、子猫が逝ってしまった時の強さ、胸にくる音色。
高杉と土方は、食い合うように感性を確かめる。他人がその代わりなんてできない領域を持っている。あいつらの関係はそれで成立してる。
だけど、俺は違う。
土方のそういうところをいちいち拾ってしまう。放っておけない。揺らされる。
土方だって、どこか、すこし、自分のそんなとこに心を預け始めていたのを、感じてた。
確かに、感じてた。
あそこで、あんなセックスなんか、絶対、するべきじゃなかった。
・・・・たぶん、ただ、抱きしめてやれば、よかっただけのことだ。
この手で。
たった、それだけの、ことだったのに。


帰ってくると、高杉はのん気にも風呂に入っていた。脱衣所で座り込んで、ドアに後頭部を預ける。
マンションの周りを探した足は、くたくただった。
ぼんやりした視界に、土方の水色のバスタオルが目に入った。
「・・・知ってたのかよ、お前。俺が土方としてんの」
湯船に浸かっているのか、すこし音がする。
腹が立ちそうになったが、漠然とした喪失感で動く気も出ない。
「あいつが誰としようがどうでもいい」
ただ・・・と続きそうになった声は、遠くて坂田には聞こえなかった。
「そう言うとは思ってたけどよ。本当か? 今回ばかりはお前が悪いぜ。・・・・・俺も悪い」
最後は自分へ言った。
膝に肘を乗せた手を髪の毛の中に入れて、頭を支える。
目を伏せて、土方がうちにやって来てからのことを考えた。
ずいぶん、賑やかになった。色々突き動かされた。体も感情も。
それから、彼が来るその前までのこと。
ゆるく、まぶたを閉じる。
擦りガラスに頭の横をつけて、・・・ふ、とすこし、ため息で笑った。
「・・・・俺たちさあ、今まで結構遊んできたじゃん。セックスなんかしたい放題でさァ。お前以外のヤツを真剣になんか正直考えたこともなかったよ。 そりゃ、高校の頃は女も好きになったよ。今から思えば生徒指導の先公なんかすんげェいい奴じゃね? けど、そういうのって外に出てく感情なんだよ。俺の中から相手に向くわけ。向こうからもそれが返ってくると嬉しいよ。 でも、なァ、こんだけ一方的に中に食い込まれたこと、ねえよ。そういう感情の往復なんかすっとばして、勝手に存在丸ごと入ってくる。 自分の一部になりそうでこえェ。すげーこえェよ。圧倒されるし、引っ張られるよ。 そのくせどこかで捻じ曲がってて全部隠そうとしてるのを暴いてやりてェ。そんで、受け入れてやりてェよ。そのための場所が俺ん中に、もう、あんの。この家と同じ。 ・・・・なあ、高杉ィ、土方さあ、すんごい、キレイなピアノ弾くんだ」