結局、坂田は、その子と映画の約束をしてきた。
今までにない純情なタイプが、よほど落ち着かないらしい。
「途中まで一緒に来てよ」
と、子供みたいなことを言う。
何歳児だ、お前は。
坂田は一応いい服を着ていたが、全体的にいつも着崩している。土方は、細身のジーンズに、靴だけいいものを履いていた。
坂田と街を歩いていると、女に、声をかけられた。
断って、通りに入ったとたん、坂田が大声を出した。
「ああー! 勿体ねェ〜! 左の方、めっちゃ俺好みだったのにィ、バチ当たるよコレえ!」
自分は今からデートのくせに、一人で頭をかきむしっている。
放って、ショーウィンドウから服を見た。・・・・・あ、このシャツ、ちょっと、いい。
・・・あ、あー、そういやさ、と自分の様子で思い出したように坂田が髪から手を離す。
「お前、ぜんぜん服揃ってねェだろ。たまには見てくれば?」
そう言って別れ際に金を渡された。
前までなら、いい、と断ってたとこだが、この家でならクローゼットに服が増えるのも悪くなかった。
たまに高杉が買ってきたりするが、ものすごい差し色や変な帽子ばかりだ。センス丸出しだった。着るけど。 坂田がこの前買ってきたのは、どうしても片方の肩がずれるようなぶかぶかのセーターだ。下心丸見えだった。着るけど。
「あーそうするかな・・・」
本当は、ただの散歩のつもりでついてきただけだったんだけど。
(・・・・にしても、)
面倒そうで実は浮きだってる坂田の後姿をちょっと見送る。
高杉にも坂田にも、いい女がいて。・・・何かいいよな。
・・・・くそう、俺にもどっかからなんか現れねーかな。

土曜の通りを歩き出すと、今日はちょっと温かい陽射しが当たった。
(・・・・・・・・・・もうすぐ、春か・・・・)
土方は春が駄目だ。過去を思い出す。
高架下で、しばらく影を落とした。
足を組んで、行き交う男たちをぼんやり眺める。・・・ぜんぜん誰もピンとこない。
ポケットから、煙草を取り出して吸う。ガタタンガタタンとものすごい音が上で響く。
「・・・・・・」
・・・シャツだけ買って帰るか。
もたれていた壁から体を起こしかけて、ふっと、反対側の影下で携帯を耳に当てている男がやけに目を惹いた。
金髪が跳ねてて、全身にゆらりとした色気のある。
車が通る向こうで、首を傾けてピアスに手をやる仕草が好みでぼうと見つめていると、横目が合った。
あっちはとっくに目線を知ってたみたいで、何か不敵に目を薄めて唇だけで笑んでくる。
その匂い立つような色に唾を飲みながら、え、とその顔に目を見開いた。
「あ、」
ウソだ。
おま、金時かよ。
げえ、俺、センサー狂ったか
「へえ、そんなにすごいの? うん、うん、そりゃ会ってみたいよ。うん」
段差からひょいと長い足で降りて、ポケットに手を入れ、車を確認しながらこちらへ渡ってくるのをぽかんと見た。
うわ、なんか、変だ。
どうしてか映画みたいに様になってる。何かのCMか。
「土方くん、ぐーぜん。こんなとこで、何ぼうっとしてるの?」
彼の瞳へと、ぱちり、まばたきした目をあげる。
酒かなにかでかすれた声、それが、耳に低く柔らかくて、あ、ジャズを歌わせたら、きっと、いい、と、ピカリ、光った。
・・・・・こいつ、こんなに男前だっけ。
いや、男前なのは知ってたけど、俺の意識をひくような、男前だっけ。
「・・・別に、疲れて休んでるだけ」
ちょっとまぶたを伏せて、すこし、あげてみる。もう、脈がありそうないい男への条件反射が出ていた。
金時がそれに目を細めて、顔を近づけてきた。
「当ててみせようか。何でこいつ今日はこんなに格好いいんだろうって考えてる?」
「・・・・当たり。何でだよ」
「それは、土方くんと同じだよ。そんな顔して」
伏し目を落とされ、すう、と顎を人差し指でなでられる。
「誰だって、欲しい相手には少しでもいい自分を見せるでしょ? 俺ねえ、ちょっと気合入れ直したの。偶然なんてウソだよ。 しっかり準備して家行ったら、高杉が駅前まで行ったっていうから追いかけてきた。やる気出した俺って、どう、見とれた?」
いい声に、思わず、目が細まった。
・・・・う、言われたとおり、見とれたよ。金時だとも一瞬気づかずに。
こちらの顔横に手をつき、真面目に前髪を揺らす彼を見つめる。
・・・もしかしたら、今までの金時はたった30%くらいの金時だったのか。
200キロ出る車を、60キロでゆっくり流してでもいたように。
「久しぶり」
革靴からあげていた目が合うと、金時がそう言って笑った。
それでもまだ10割なんかじゃない、もっと隠してる、華や艶や影を。
唇の動きに、全身のはしっこに。
見せろよ、と掴みたくなるそういうのを、魅力的っていう。
(・・・こいつ。)
自在に操るような空気に、まあ、さすがはホストだな、くらいには思ってた。
出会って短時間で俺から、過去を簡単に聞きだすくらいだ。
美味い、と素直に言ってくれる奴。
でも、眼中になんかなかった。
・・・・・くそ。
なめてた。
「こないだ一回、銀時からすごい電話あったよ。土方見てないかって。本気で焦ってたなー。出てったのをあいつらが帰らせるなんて前例ないよ」
「・・・ふうん、それで興味できた?」
こちらに手をついたまま横の景色を見てる金時を、まつ毛の下から見上げた。 やられてばっかじゃ悔しい。視線がひきよせられるように戻ってくる。
「できたね。元々あったけど、本当に落としたくなった」
・・・ふん。正直だ。そして、そっちの方が俺には効果的だ。以前みたいにすらすら口説かれるなんかより。
「君は? 俺とは・・・どう? これから、食事でもしてさ・・・」
金時が伏目がちにこちらの唇に視線を落として、上目遣いをする。
は、とそこで口を閉じる。思考がコンマ単位で回った。
「あー・・・・」
詰みまで縮まっていきそうな距離に、土方は慎重にななめ下へすこしずつ目を離した。
「いや・・・正直、アンタ見直したけど・・・」
別に、俺、今、家あるんだよな・・・
「あ、うそ、ダメなの?」
金時が突然がくりとついていた手を肩ごと落として、眉を下げた。
漫画かお前。
それから、メモ帖を取り出して、ペンまで出てきた。すこしのぞきこんでみると、英語が羅列されていた。
ビリ、と破ったそれを手に握らされる。
「気が向いたら、電話して」
その笑みがいいと素直に思ってしまう。こちらの耳に髪をかけて、離れる指先の感触もよかった。彼がスタイルのいい全身で向こう側に戻ってくのを見送って、 ちょっと首をかく。確かにこっちはすごく勿体ない。だって、 自分は携帯を持ってないから、連絡はとれない。 あいつら以外と、先に浮いているセックスの予感を見据え合ったのは久しぶりだ・・・・あ、そうか、逆だった。ああ、金時っていうのが何か釈然としないけど、 別にすぐにでもOKすればよかった。もう、俺、家、あんだから。


「また、ずいぶんと買ってきたな」
高杉がこちらの紙袋を見て、そう感想をもらした。
「いや、何か気合入って」
「いい男にでも会ったかよ」
ドサ、と紙袋が落ちた。高杉に聞いたってことは、こいつそれが金時だってわかってるくせに。
「何だ、図星か」
箸を運びながら高杉が笑う。
「・・・うるせーなァ。晩飯何だよ」
自分の部屋を足で開けて袋を全部放り込んだ。クローゼットがやっとその意味を持ちそうだ。
「焼き豚にビール。てめェはあんま飲むなよ」
「それ晩飯って言うのか・・・・・うわっ、坂田、帰ってたのか」
ソファーの後ろのスペースで転がっている体にびっくりして一瞬のけぞった。寝ているようだ。
「どうも女が天然らしいぜ。振り回されてぐったりしてんだよ」
こいつが振り回される? ハハン、いい気味じゃねェか・・・・回りこんでふと目を落とす。
「・・・・・」
髪の跳ね方が金時と一緒だった。けど、あんまり似てない。
パーツは同じに見えるのに、まったく別人だ。雰囲気のせいだろうか。
しっかし、よく寝てやがる。そうやって、しゃがんでのぞきこんでいても全然起きない坂田に、何かしてやりてェなァ、と悪戯心がわきあがる。 息止めてやろうか、落書きすんのはベタだし・・・・あっ、とそうして、自分の部屋からドミノの箱を取ってくる。 全くそういう意味のわからないものだけは、あふれてるここだ。
坂田の顔の前から、慎重にドミノを並べた。彼の体の周りに、大きな渦巻状にして、いくつも立てていく。途中から高杉まで混ざった。 この男は、こういうコツコツとした作業があんがい好きだ。おかげで、すごい大作になった。
「何か、いざやってみるとすげー達成感」
「まだ早いぜ。倒れねェとな」
二人して、ドミノ王国に囲まれた坂田をヤンキー座りで見守る。
「おい、銀時ィ」
高杉が坂田を足で蹴った拍子に一つが揺れ、おいっ、とその体を止めた。危ない。
「んん、だよ・・・・・・ん・・・・・・」
坂田が身をよじる。ぼんやりまばたきをして、こすろうとした肘が、真っ直ぐ見事にドミノの一番最初に当たった。
ばたばたばたばたばた、と勢いよく坂田の周りで倒れていくソレ。
「ええっ・・・・えっ?! 何?!」
寝ぼけている坂田が、床に手をついたり、振り向いたりして、すごく慌てている。
それから自分の周りにあるドミノの様子に、目を見開いた。
土方は、バンバン、と床を叩いて震えた。高杉もヤンキー座りのまま喉奥で笑っている。
しばらく、ぽかん、としていた坂田が、はーと息をついて、すこしつられ笑いしながら自分たちを見た。
「・・・・・・・お前らってさァ・・・」


ちょ、写真撮っとこ、コレ、と坂田が部屋からカメラを持ってきた。
デジカメじゃない。黒がずしりとした、とてもアナログな感じだ。
「へえ、そんなの持ってたのかよ」
「まー先輩のお古だけどな。結構いいヤツみたいよ」
「青が暗いのがいい」
高杉が煙草をはさんだまま言った。
坂田が倒れたドミノへといざカメラを構えて、ふはは、とふき出して笑う。
「お前ら、ほんっとバカみてェ」
こんなん真剣にやってたのか、しかも玄関まで続いてる、と、坂田がファインダーをのぞいたまま、それを追いかけていく。
「で? デートはどうだったんだよ」
「いや、普通に街ブラブラして、映画観て、ケーキ食ったんだけど。やーまァ、今までに、ねータイプ、アレ」
坂田が苦笑しながら、カメラを送った。
いい感じそうだった。坂田のこういう顔はあまり見ない。上手くいけばいい、と思う。・・・金時もこういう笑い方すんのかな・・・・・
じっと彼を重ねて見つめていると、チラ、と視線がきた。
「・・・もしかしてー・・・気になる?」
「あっ、な、何が?」
「や別に」
高杉が横目で坂田を見た。それに気づいて、「だーかーらァー違ーがう!」とテーブルを叩き出す。どうでもいいけど、 お前はこないだから何に対してそんなにNO宣言をしてるんだ。
「言っとくけど、今回は、俺、マジで本気になるかも。何回ときめいたことか、あの天然さに」
マジと本気は一緒だぞ。
「電話こないかな、なんて待っちゃったりするの、すっげえ久々」
高杉が、ふうん、と坂田を見た。
とにかく、そこまでそういう雰囲気されるとこっちが恥ずかしい。

コップを運びながら、シンクの坂田に渡す。
「もう、飯はてめェがいる時はてめェが作れ。幸福分配な」
「どこの法律ゥ、ソレ!」
「いいだろ、幸せなんだから。料理できる男ってポイント高いぜ。ちゃっちゃと作られちまうと何かこう掴まれるもんな・・・・胸的なものが」
「ねェだろ、てめェに掴むほど胸は・・・」
本に目を落としながら皿を下げてきた高杉がものすごく真面目にツッコんだ。・・・真面目すぎてツッコみ返せなかった。