その日はずいぶんと騒がしい1日になった。


高杉の例の女はすこし見てみたいと、土方は前から思っていた。
坂田が、すげーいい女と言う。
結構、続いているみたいだ。興味はある。

土方はスーパーの帰りで、両手に袋をぶらさげていた。思いきり詰め込んだから、ボコボコだ。
大根もはみ出してる。カレーのルーもはみ出してる。重みに袖がひきずられて、肩もはみ出してる。
そんな格好で、おい高杉ィー、と苛々した声で呼んだら、リビングから女がちょっと顔を出した。
え。
そのドアが大きく開いて後ろから、高杉が出てくる。
「んだよ、こんなモンも持てねェのか、てめェは」
「いや、今回メモありすぎだろーがよ・・・安売りだったから、遠い方まで行ってきたんだよ・・・・つか、誰か来てんのか」
「・・・あァ」
機嫌悪そうな答えが返ってきた。・・・今日は、朝からそんな調子だ。
高杉が1つを持って、リビングに入るのに続く。台所にそれを置いて、テーブルの方を見た。
長い黒髪にすこしウェーブがかかった女。
前髪はない。強い瞳に見えるけど、どこか気だるそうな笑みに色気がある。
ジーンズで椅子の上にあぐらをかいてるのが、何か格好いい。
「お邪魔してます」
声のかすれ具合が色っぽかった。
「・・・どうも」
確かに、『すげーいい女』だ。見つめていると、笑顔を返された。
「土方くん?」
「あ、あー」
「ピアノ弾くんだって、聞いてる。あたしも弾くよ。ほんと男前でびっくりした」
あなたもおキレイですね、なんて返し方を土方は知らない。黙って肩の服を直す。
「君には一度会いたかったんだ。・・・・あ、高杉、灰皿どこ?」
高杉は冷蔵庫に食材をしまっている。土方が台所にあったアルミのそれをテーブルに置いた。 やっぱりあの香水の匂いだ。彼女はこちらの手を長いまつ毛で追い、「ありがと」、と見上げて笑んだ。・・・うわ
「・・・高杉、おま、アレ、彼女? 何アレすげー」
冷蔵庫前で屈んで、小声で話す。
「てめー銀時と一緒だな。つーか、彼女じゃねェよ」
「年上だろ。いくつ」
「23」
とてもそうは見えなかった。もっと落ち着いてる。自分の醜態ぶりと比べると恥ずかしい。
「あいつ、料理全くできねェぜ。・・・強引だしよ」
高杉は何を怒っているのか、わざわざフンと鼻をならしてそんなことを言った。

「あいつら来るまで、まだ時間かかる? いつも遅いけど」
「・・・・・・知るかよ」
あいつら? 最後のウーロン茶をしまって閉じる。
「もう先に土方くんのピアノ聴きたい。あたしが初めに弾いてい?」
彼女がそう言い出したので、自分の部屋を開けた。ピアノを目にしてゆっくり近づき、撫でる。
「何でだろう、なつかしい。大事にされてきたんだね」
オリジナルなのか聞いた事のない曲だったが、ジャズ調だった。 夜の小雨みたいなメロウさが柔らかで、ひどく感情のこもったピアノだった。
「情景が浮かんだ」
ぽつり、呟く。彼女が振り返った。
「どんな?」
「電灯が雨の粒と濡れたアスファルトを照らしてて、そこに・・・何だろうな、シックな男が居る、感じ」
「よくわかるね。雨の夜に書いた。シックな男はたぶんコレね」
左手が低い和音を2回奏でる。
「すげェスロウだった。俺、そういうのあんま弾けねェから」
「一番得意なの聞かせてよ」
立ち上がった彼女に代わって、ピアノの前に座る。高杉はずっと入り口にもたれていた。
すこし前に作った曲を弾いた。割と気に入っていて、あれからよく弾いてる。 外れるリズムと早弾きがメインだ。彼女は、ほう、と息をついた。
「すごい、グリッサンド。あそこで入ってこられたらもう虜になる。ねえ、すごく魅了する曲よ。そんで、指、どうなってるの?」
「早弾は好きだ。けど、辛抱がきかない、から、・・・・」
手を掴まれ裏返されたりして、内心落ち着かなかった。骨ばってない。
困っていると、彼女は笑って、額の髪あたりを小指でかいた。それから、高杉の腕をとる。高杉は胸の当たってるそこを見もしない。
「ねえ、この子連れて帰りたい」
「無理言ってんじゃねェ」
いつもの調子でそうやって煙を吐き出しながら、リビングに戻る。・・・何か、高杉が格好よく見えてきた。


彼女はソファーであぐらをかいて、煙草を吸った。土方もその反対のはしっこで吸った。
CD棚から、「ファー・クライ」を選んで、かけていた。
途中で、高杉が携帯を耳に当てながら、「迷った? そのままもう来んな」、廊下に出てドアを閉めると、彼女がまるで自然に口を開いた。
「土方くんは、なんで、高杉とセックスするの?」
思わず、げえっほ、と煙で咳き込む。
涙目を彼女の方へやれば、別段表情の変わらない気だるげな笑みのまま前を見ていた。
「高杉のこと、好き?」
「・・・・・好きか嫌いかと聞かれれば」
「それだけ?」
「・・・・・・あいつのことはすごく、欲しい」
「性欲ってこと?」
「・・・・・・・それだけじゃ・・・ねえけど・・・」
「ふーん、そっか」
彼女がすこし笑った。そこで会話は終わったけれど、土方の頭の中はしばらく、
『高杉のこと、好き?』
という彼女の色っぽい疑問で満たされていた。
好き。好き・・・・・高杉のことが?
なんでセックスするかって、言われたら・・・・・それは
答えを探すように戻ってくる高杉をみて、うわ、と目をしかめる。なんか、もう、一層、顔が機嫌悪くなってる。
「・・・・なァ、誰か待ってんのか?」
「みんな、土方くんのピアノ聴きたいから、ここにしたのよ」
みんなって誰だ。テーブルの高杉にやっていた目を彼女に移すと、下のオートロックのインターホンが鳴った。 高杉が心底嫌そうに立ち上がって開ける。すこしして、ガチャガチャッ、とドアの音がする。
「ねね、聞いてえ、こいつ最悪なんだよ! 途中で道間違ってさあ! 俺はもいっこ先って、言ったのに!」
「そのまま迷って辿り着けなきゃよかったろ」
「聞いた今の!」
急に玄関先が騒がしくなった。声が近づいてきて、半開きのリビングのドアが開く。
高杉の肩に手をかけている、サラサラしたクリーム色の髪の男はハーフっぽかった。
それから、
「例のピアノの子は。あっ、高杉、土方くんは? 今日いるの?」
へ。あ。
金時。
「あ、土方くん」
金時がドアから、ソファーのこちらにふわっと空気を色に染めて笑んできた。やっぱりまだあの時のひどく魅力的な彼で、ドアノブから離れる指先に目が惹かれた。 金時はそのまま、視線を彼女へ滑らせ、高杉にやり、・・・あれ、と妙にけげんな顔をする。
「遅いから、あたし先に土方くんのピアノ聞いちゃった」
それから、彼女の台詞に、みるみる内に目を見開いて、ばっと俺を見た。
・・・な、何事だ。
「まじでえ! お前何でいつもそうゆうことすんのォ! あ、コレがピアノの子? 二枚目だね」
「コレ、ベース。フランス人のハーフ。うるさいけど、放っといていいのよ」
彼女が煙草の先で彼を指した。ベース・・・ベースって、ベースか。楽器の。
どういう繋がりだろう。金時にまた目をやった。何か唇に指を当てて、もうこちらは見てない。
「で、アレが金時・・・・・・・・何つっ立ってんの?」
金時が、ああいや、と笑ってテーブルに席をつく。
「金時にはたまに店でギター弾いてもらうんだ。即興なのにすごいの。ね」
「んー・・・」、金時はどこかぼうと答えた。
「ドラムは銀ちゃん怒らせたから来れないの。だから、これで全員集合。土方くんを囲む食事会」
「・・・・バンド?」
「うん!」
ガタガタと派手な音をさせて、椅子に座ったベースが勝手に頷いた。
・・・・高杉の彼女はジャズバンドのピアノだったのか。
金時がジャズギターを弾くなんて、全然知らなかった。ていうか、坂田の兄貴でホストとしか、知らない。
そんだけしか・・・知らない。
それで、あんなに大量の買出しだったんだな、と今納得がいった。説明くらいしてくれればいい。普通、言うだろ。誰々が来るから、とかよ。 しかも、何か、俺のピアノがどうとか、言ってる。
すこし戸惑ってテーブルの高杉を見ると、さっきよりも更にむすりとしていた。
「おい、俺の、俺を、食事会って何だよ」
「・・・・・」
高杉は、朝からの調子で黙っている。
「えっ、何、高杉言ってないの? 嘘、まさか! ああ、何か変だと思った! アンタってほんと!」
彼女が自分の額を手の平で叩いた。
「ごめんね。高杉がジャズ弾く子がいるって言うから。連れて来てっていうのに、 来ないから。ここに来るの高杉は嫌がったんだけど。ずっと『例のピアノの子』って噂しててね、 みんな会ってみたかったんだよ。あたしが無理に決めちゃって」
彼女が煙草を押しつぶしながら、申し訳なさそうに謝った。いや、悪いのは高杉だ。嫌なことは言わない奴だ。 しかし、俺が関係しててもとは。こいっつ・・・
「ちなみに、あたしとベース、高杉と同じ大学。そういうのも聞いてないんでしょ」
ない。
彼らのバンドは、ドラムとベースとピアノだけ。たまにギターやサックスが入って、彼女の叔父のバーで定期的に演奏している。 客として来ていた金時と意気投合し、即興でギターを弾いてもらってから仲がいい。 彼女は前から高杉のことが気になっていて、ジャズが好きだと知り、バーに誘った。打ち上げにもよく誘う。 そこで、ピアノの話をしている時に俺の事を聞いた。詰め寄って、更に聞いた。 連れて来い、とせまっても、面倒くせェ、と断られる。みんなの興味は深まるばかりだ。
高杉は大学ではよく一人でいる。誰ともつるまない。頭はいい。 今は、もっぱら大きなキャンパスを美術室に持ち込んで、たまに講義もさぼって絵を描いている。
高杉は、あまり家に人をあげたがらない。同居人の坂田のことは、バーにも大学にも来るから知ってる。 今日の約束ができたのは、彼女が競馬予想で、勝ったから。
「へえ・・・」
そんなことを、みんなで料理を作り、食べながら聞いた。
まだ、夕方の18時だったが、全員に酒が入っていた。
・・・金時とは、たまに視線が合った。
彼が喋っている時は、絶対こちらは見ない。 誰かが話している時に、まぶたの下から、すこし、ふと合う。けど、すぐに他の人の話へ自然と入り込むみたいに、そらされる。
・・・・こないだは、あんなこと言って番号まで渡してきたくせに。何だよいきなり。やる気出したんじゃなかったのかよ。落としたくなったんじゃなかったか。
面白くない、と思っている自覚もなく土方はふてくされたように箸を運んでいた。
ピアノを弾くと、みんなに散々褒めちぎられた。3曲も弾かされた。
「キース・ジャレットないの?」
「あんだろ、そこら辺に・・・・」
「俺、ジョー・パス聴きたい! 探してえ、あんでしょォ!」
もう、ベースはロックグラスを持ちながら腹を見せて床でくねっている。
彼女がCD棚の前に座っていて、高杉はソファーに寝転がっていた。
金時と二人だけで残されたテーブルで、煙草を吸う。
騒がしさがどこか遠くて、彼がコップを端へ置くのをひどく意識する。
「・・・・・土方くん、ピアノ弾くんだね」
そうして、初めてぼんやり話しかけられる。
土方は頭を転がして酔っ払っていたが、体を起こした。
金時がしばらく横へやっていたブルーの両目で、急に、何かを決したように、こちらをとらえる。思わず、びく、と煙草を持つ指が揺れた。
「俺、土方くんのピアノもっ回聞きたいな」
「・・・・・3、回も弾かせといて・・・・、」
「あと、1回だけで、いいよ」
こちらを視線で射抜いたまま、やけにくっきり言うそれに、
「・・・・・・しょーがねェなァ・・・」
立ち上がったらふらついて、腕を支えられた。
彼の近い影や、シャツの感触。
「っと、ワリ・・・・」
耳をかいて、離れる。
こんな調子でピアノなんか弾けるわけがない。
それでも、自分の部屋のドアを開けて、そして、閉めた。

「・・・・・ッ、ン」
とたん、壁に両手を押し付けられて、深いキスをされる。
暗い中で手首を縫いとめられたまま、目を開いて、近くでくすんだ金髪を見た。
急な苦しさに横へ避けるのも許されず舌が奥まで入ってくる。
金時の唇の角度が変わる。
熱を吐き合って、絡んだそれを動かす。
右の目じりに涙がたまる。
は、と互いの間で息が出る。
まぶたの影を落とし、すこしだけ離れた彼の青い瞳がこちらを見た。
「・・・白状すると」
彼が言う。
「完全に甘く見てたよ、君のこと。例のピアノの子には絶対手ェ出さないって決めて来たんだよ。 あの彼女だって口説いてもない。関係こじれて、聴けなくなるのが嫌だから。 でもだって、知らなかった。土方くんがその子だったなんて」
そう言いながら、金時がこちらのシャツのボタンを上から順に外していく。両手の甲を壁につけたまま、酒で潤んだ目でそれを見下ろした。
「・・・アンタ、言ってることとやってることが違、・・・」
「葛藤は終わり。よくも俺の信念揺るがしてくれたよね。 抑えてみたけど無理だし、止めてくれないと、止まらないよ。ねえ、いいの」
あらわになっていく肌と同時に、彼の頭が落ちていく。鎖骨を甘噛みされ、胸のそこに舌が這う。ん、とその髪の毛の中に手を差し入れた。
するり長い指に、唇を噛む。
「ふッ・・・、」
こいつの、金時の抱き方、好きだ。誰よりも艶やかなセックスの始まり方をする。とろけそうになるのが好きだ、と思った。
自分を押し倒しているその背中に手を立てた時、玄関の音がした気がした。
「・・・・・・・」
「・・・・何?」
金時がすこし汗のかいた髪を張り付かせて、顔をあげてくる。
防音だからよくわからなかったが、「うっわ、お前ら来てたの?! 何このカオス!」という坂田の声はしっかり聞こえた。
「何かごめんな」、とかいう台詞や、別の女の声もかすかにする。連れて来たのか。
彼もその声を聞いて、動きを止めた。
「土方は? 部屋?・・・・・つうか、金時の靴あったんだけど」
近くで声がする。語尾の方は何か低い。息をつめた。
ゆっくり、指が抜かれる。その感触に震えるのを、大丈夫だから、というようにでも抱きとめられる。
「こんばんはーお邪魔してるよ」
不自然すぎる。ジーンズを履く暇はあったが、こんな暗い中で二人して座り込んで、服と髪が乱れてる。
「・・・・・何してんの?」
ノックと同時に返事をする間もなくドアを開けた坂田は、低い声で眉をしかめた。
何してようが俺の勝手だ。
坂田が一歩近づきかけると、急に金時が軽くこちらへかぶさるようにした。わ、と声が出る。何か、守られてる。坂田に背中をさらして。
「俺が先に手ェ出したんだよ。土方くんは酔っちゃってて」
「・・・・・・お前、本気じゃねェっつってたじゃん」
「そんな昔の話わすれた。それより銀時、お前親父の電話出てないって」
「今関係ねーだろ」
「来月の3日の昼間しか空かねェらしいから、ちゃんと出ときな」
「俺は今土方の話してんだけど。手ェ出したってどういうことだよ」
ていうか、何で坂田なんかに俺の貞操話、されなきゃならないんだ。
何で、尋問みたいになってんだ。
おかしくねえ。
コレ。
がば、と起き上がって、彼の体を退け、坂田を睨んだ。
「あのな、お前も高杉も女連れてて、何で俺が男連れてちゃ駄目なんだよ」
「正論だな」
高杉の声が聞こえる。
坂田が、ぐ、と黙った。
立ち上がって坂田のわきからリビングをのぞくと、あの彼女が来てる。高杉は近くの冷蔵庫前にいた。
酔っ払ったベースにうるさくからまれて、彼女はのほほんと返事をしていた。本当に天然だ。
「放ったらかしにしてんなよ。相手してろ。バカ。こっちの邪魔すんじゃねー」
蹴ると、「あ、痛った!」と体を屈める。どうせなら、折れろ。
くそ。
いいとこだったのに。
リビングに戻って、腹立ちながらテーブルに転がっていた煙草の一本をとった。
「火、いる?」
後ろから、ト、とテーブルに金時の手がつく。
「・・・・つうか、アンタがジャズ好きなんて。言われてみれば、似合うけど」
「ブルースも好きだよ。まァ、高校の頃、女に、ジャズだなんてお洒落ーって受けるのがいいと思ってからだけど。 俺だって、土方くんとジャズピアノなんて全く結びつかなかったよ。・・・・ね、音楽の趣味が一緒って、いいよね」
近くで密やかに笑いかけられ、う、とくちびるにはさんだ煙草が上下した。
「にしたって、高杉の奴、教えてくれてもいいのにさ。本当高杉って高杉だな」
そう言って悔しそうにジッポをはじく。・・・やっぱ綺麗な指。どんなギター弾くんだろうな・・・・
ソファー前は騒がしい。
「いやいやいやいや、それお茶じゃないよ! 変な味するゥって、だってウィスキーだから!」
「そうなの?」
「そうだ、よ?!」
坂田が慌てて彼女からグラスを取り上げていた。ベースがバタバタと爆笑している。
「珍しいだろ。ああいうの」
高杉が壁にもたれて、焼酎を飲んだ。
「本当に振り回されてそうだな」
あんな困ったような笑顔をみせて。
振り向くと、金時が珍しく不思議そうな顔をしていた。
「何だよ」
「いや、銀時に正式な彼女できたんだ。ふーん、君らの関係って、何?」
「あー・・・・・」
他人にそれを説明するのは難しい。
「同・・・居人だよ」
そう、同居人だ。セックスはするけど、俺にとって特別な場所になったけど、どうという関係でもない。 そりゃ、高杉の感性には他の誰にもない惹かれ方をするけど、坂田の深さには受け入れられるけど、俺たちの関係に名前はない。
そうだろ。

ベランダから高杉と外を見送っていると、真っ赤なアルファ159が走り去った。
「・・・・・どこまでいい女なんだよ、てめェの彼女は」
「彼女じゃねェっつってんだろ」
次に、フィアットのクーペ。うわ、金時も憎い車乗ってやがる。畜生、いい男だ。
ベースはどうでもいい。どうでもいいが、バンだった。楽器が全部積めるヤツ。
・・・・ジャズバンド。バン。
昔が甦る。
「何だ、大丈夫かお前」
「・・・・ああ」
俺には居場所ができた。もう失くしたと思ってたのに。
ここにできてしまった。
もしも俺たちに名前を与えるとするなら、それだ。
それ以外に、何かあんのか。
網戸越しに、俺たちへの坂田の視線と夜風を感じながら、ゆっくり手摺りに腕を預けた。
春が近い。
それを拒むように、目を閉じると、金時のあの魅力や指先と声ばかりが浮かんでくる。
・・・・・まずいなァ、これ。恋とかいうんじゃないだろうな。