風を通すために部屋のドアを開けて寝ていた坂田は、美しいメロディーで目が覚めた。
土方か・・・うるせえな・・・・・
もそもそと寝返りを打つ。
ああーくそドア閉めて弾けよ・・・・・・・人のこと起こしてんだよ・・・・つうか何この曲・・・・・・
アレ待て

何か、ヴァイオリンが聞こえる。

「誰、朝っぱらからアベ・マリアとかかけてんのォォ! 天使に連れてかれる夢見たわ!」
開けっ放しのリビングに入ると、「もう昼過ぎだぞ」と返した後でテーブルの高杉がなにか難しい顔でこちらを見た。
「・・・俺、昨日どうやって帰ってきた」
髪の右側に寝癖をつけて、額に片手を当てている。指先はまだ絵の具だらけだ。
「ああ土方に肩貸されて、酔っ払いみてえに・・・俺と土方で運んでやったけど」
マンション下のオートロックから、「坂田、てめえ手伝え、重い」、と言われて降りていくと、 エレベーター前の椅子で高杉がだらり垂れていた。 俺ならともかく、高杉が泥酔なんてするはずがないし、「何かあった」、と聞くと、「別に」、と答えた土方の口元がちょっと笑んでいた。 自分も飲み会で疲れてたし、土方も早々に部屋にこもってピアノを弾き出し、詳しいいきさつは聞いてない。
「はーァ・・・・・この曲土方?」
あくびをしながら、半分ほど開いている部屋へ横目をやる。
「ああ、知り合い来てんぞ。茶髪のガキ」
「ふーん・・・・・・・え?!」
坂田は、上に腕を伸ばしていた状態で固まり、首だけ振り向いた。
知り合い・・・
土方の?
あいつが・・・・人、つれてきてる?
「・・・・・うそぉ」
目を見開いていると、高杉がこちらを見たまま顎で土方の部屋を指す。
・・・まじで
忍足で近づき、そう、と土方のドアから横向きに頭を出してみた。
ピアノ前に座っている土方。
と、丸い茶髪の後姿。ちょっと背が低めの。背筋のいい。
ピアノに立てた楽譜の前で、ヴァイオリンを顎と肩にきっちりはさみ、綺麗な肘をして弓をななめに動かしている。
すうと伸びる、アベ・マリア。
(うわ、ほんとにいる・・・・・)
土方の知り合いを見るのは、山崎以来だった。あいつの時もピアノ絡みだったが、今回もそうなんだろうか。
目をまたたいていると、いきなり土方が、ジャダーン、と頭を落としてピアノを叩いた。どっかの爆発した芸術家みたいだ。
「てっ・・・めえは、さっきから俺の伴奏聞いてんのか!」
勢いよく立ち上がった土方に、メロディーを奏でたまま茶髪の子は首をかしげた。やけに、かわいらしい。
「アレ、伴奏のつもりだったんですかィ」
「他の何に聞こえんだよ!」
「死にかけの虫けらがのろのろ這ってる音」
「いい加減耳ひきちきるぞ!」
土方がその子に飛び掛ろうとして、避けられ、ヴァイオリンの先で頭を突かれた。器用だ。転んだ土方は、 ウィー、キウィー、と相変わらず淡白に音を出してる茶髪の子へ、手の平を向けた。
「・・・わかった、一回休戦しよう。な。共に心を鎮めてから、弾こう」
「別に俺は戦ってませんぜ。アンタが一人でカッカしてるんでしょ」
「いいから、座れ。な。とりあえず話し合おう」
「何ですかィ、もう・・・」
ふうん。ここでは土方が一番年下だけど、こうして見る分には土方もお兄さんに見えるよな・・・・思っていたら、 茶髪がふーと座った瞬間、土方が殴りかかった。こいつ大人げねえ! 二人がぎゃーぎゃー髪の毛を引っ張り合い出したところで、「ちょーちょーちょー」、ドアを開けて割り込む。
「おいコラ落ち着けって。土方、友達連れてくんなら一言言えよ」
は、とこちらに顔をあげた土方は、べりっと茶髪を体から足で蹴りはがした。
「友達じゃねえよ」
土方に見下ろされた男の子は、けろりとその視線を無視してこちらを見上げる。
「どうもお邪魔してやす。土方さんがうるさくてすいやせんねェ」
「え、うん・・・」
くりくりとした可愛い瞳に、甘い栗色の髪の毛、どこかの国の王子様みたいだ。
だが、何だ、妙に自分と同じ匂いがすんな。
「これまた、かわいい子連れてきたな土方」
「騙されんな。そいつの腹ん中はブラックホールだぞ」
「じゃ、何で呼んだのよ」
「はー・・・別に・・・」
ため息をついて土方が立ち上がる。
「久々にクラシック寄りの音ばっか浮かんで・・・ヴァイオリンがあったらいいなっつう。総悟の他に弾ける奴知らねーし」
総悟。何か、聞いたことある名前だ。
しかし、二人はこうして喧嘩はしてるが、とても美しい演奏に聞こえたけどな。
なめらかに弾かれるヴァイオリンの主旋律と、静かに沿うピアノ。
「音楽教室のオトモダチか何か?」
「小学校からの腐れ縁でさァ。沖田総悟っていいやす。よろしく、旦那」
だ、旦那・・・・差し出された手と握手をする。挨拶の済んだ沖田は首を左右に鳴らして、むっすりしている土方を見た。
「しかしアンタが俺に頼みごととは、やけに熱心になりやしたね」
「うっせーアベ・マリアも合わせられねー奴はもういい。帰れ」
「アンタの曲は」
「・・・・・あ? 聞くの?」
「こっちはどんだけあら探しができるか、それだけを楽しみに来たんですぜ」
「てっめーは・・・・」
言いながら土方はピアノの前に座り直した。 急に変わる、部屋の雰囲気。こういうのを感じるのは、久々だ。土方がピアノに熱を入れてる。人まで呼んで。 ・・・高杉と何かあったかな


「あのヴァイオリン、主張の仕方が不思議だな。競奏になってるぜ」
新聞をめくりながら、高杉が言う。
「クラシックって言えんのそれ。ま、服買って携帯持った次は人連れてきたか・・・」
向かいに座りながら、テレビに目を戻す。高杉がセットしたのか、映画、ニューヨーク・ニューヨークが流れている。
終盤にさしかかった頃、ようやく土方が出てきて、 「お前はほんっと文句ばっかり」「ただの意見っつってるじゃねェですかィ」「そう言ってお前」、またぎゃあぎゃあ何か喧嘩しながら沖田を送っていった。
ったく・・・リモコンで音量をあげようとして、肘に何か当たる。
(土方の携帯・・・・・・)
手を伸ばすと、いきなり音を立てて光り出した。おわっ。俺まだ何もしてねえよ。
のぞきこんでみると、金時、と表示されている。・・・・チッ
「おい土方ー。金時から電話ァ」
ストラップのはしっこを持ってぶらさげたソレを、帰ってきた土方につきだすと、何やら携帯を一瞥して通り過ぎた。
はれ。
「あれっ、出ねえの」
「・・・ああ」
「へえっ? なになに、喧嘩?」
「何うれしそうな顔してんだてめえはよ・・・そんなんじゃねえけど」
「じゃあ、何」
「うるっせーな・・・何かあんま会いたくねえんだよ」
「よし、俺が代弁してやろう」
おい、と土方は沈んでいたソファーから起き上がりかけたが、考えるように視線をゆっくり落として、また背を向けた。
おお・・・・これは。
ピアノに集中して疲れたから、という感じじゃない。明らかに、金時に対してためらいを抱いてる。
あんだけ恋モード入ってた土方をこんなにするって、何やらかしたんだ、あいつ。
「よう」
電話に出た瞬間、ふっと浮き上がり、冷静に戻った金時の空気がわかった。
「や・・・っと出たと思ったら」
「結構かけてたの」
「かけてたよ。昨日の夜から。土方くんは」
「何か、出たくねえって」
「何で」
「や、何でっつわれても・・・・」
珍しく強い声色で押してくる金時に、からかってやろうという気持ちもそがれて、土方をちらり見た。
「あのよ、今回は俺が邪魔してるとかじゃなくて、本当の話だから。お前何やったの。もう切れれば?」
「俺が何したんだよ」
「聞いてんのこっち。つか、昨日会ったんじゃねえの? 何必死にかけてくるんだよ」
「最後見た土方くんの顔が・・・ってお前に言う事じゃない。ただ用事っつってすぐ帰るから」
「ああ、あーそれで、あいつ高杉と帰ってきたのか・・・」
今納得した。
「高杉?」
「あー。夜一緒に」
通話の向こうで金時が黙る。
「こないだは、銀時・・・・昨日は高杉・・・・」
ぶつぶつ一人でつぶやいた金時は、またすこし黙った後、早口で言う。
「俺、今からそっち行くから」
「でも・・・土方はてめーに会いたくねえって」
「お前は彼女にでも会いに行っとけよ。あと、高杉も外出しといて」
「はァ?! 何で、てめえのためにそんな、・・・・あっ」
切りやがった・・・
何つー強引な奴。通話時間を表示している携帯を見つめて、息を吐く。
言われなくても、非常に残念なことに、俺はバイトだ。休むこともできなくもないが、もうすぐ彼女の誕生日だ。今日シフトかぶってるし。
「高杉・・・お前、今日出かける予定、ある?」
「別に」
よし、最後の砦として、高杉は残していこう。
腰に手を当てる。
「ハイ、今から金時来るらしいです。そんで、俺は、今からバイトです」
「は、」と土方が体を起こした。
「会いたくねーなら、出てりゃいいよ」
上着をはおりながら自然を装って言うと、土方は、「・・・いや、いい、会う」、と答えた。
・・・・・あーーっそう。
じゃあ、せいぜい別れ話にでも発展しやがれ。金時が土方の前から消えれば、せいせいする。本心だ。 けど、俺は土方より金時のことを知っている。この前の、電話の雰囲気。
けど、俺は・・・・・・

・・・・俺は?

玄関から出れば、午後の雲が浮かんでいる。
もやもやと、あいまいな形。
ほんのすこしの風さえ吹けば、くじらにでも龍にでもなりそうな。
そんな、俺の中の。もうすぐ何かになってしまいそうで、こわい形。


「土方、てめえ昨日、ちゃんと飯食ったか」
坂田が出てった後で、高杉と二人きりになると、急にそう聞かれた。
ソファーから顔をあげると、何でもないように新聞を目で追っている。
「・・・・・食って、ねえけど・・・」
夜しか。
「今朝は」
食ってない。べつに食事がきっちり取れないことは、たまにある。ただ、春が近い。あの夢も見た。
何より、苛々している。
と、同時に憂鬱でもある。
(嫌な兆候だ・・・)
じわりせまりくるそれを払拭するように、寝転んだまま前髪を両手であげる。
「お前だって最近ろくに食ってなかったんじゃねえのかよ。昨日ぶっ倒れやがって」
「てめえがそうなったら面倒だから、言ってんだろうが」
はいはいお気遣い悪ィな、とか言ってるとインターホンが鳴った。
額をむき出したまま、手が止まる。
高杉が立ち上がって、ビー、とロックを外す音が聞こえた。
「金時、来たぜ」
「・・・・・・・」
「何があったか知らねえが、俺はこもるぞ。巻き込まれんのはごめんだ」
高杉が部屋に向かって出て行く足音を聞きながら、キッチンあたりを見た。
別に、巻き込むようなことは、何もない。
むしろ、したのは2度も急に帰った俺の方で、金時は何もしていない。
ガチャリ、玄関の方でドアが開く。ソファーから起き上がり、床に足を下ろした。立ち上がって、肩に手をやりながら入り口を見つめる。
「土方くん」
現れた金時は、いつもの低く柔らかい声で名前を呼んだ。リビングに足を踏み入れこちらへ近づいてくる。す、と綺麗な指で耳に髪をかけられた。
(また・・・)
笑みの仮面を、かぶる。 金時といるより、坂田と帰るのを選んだ時も。昨日、用事があると帰った時も。
この苛々感と、憂鬱感は、春のせいだ。
わかってる。
けど、事実だ。
「電話に出たくないって。俺に会いたくなかったって、ほんと?」
「・・・ほんと」
「急に、何で?」
金の前髪が自分のそれに当たる。耳あたりにあった指がうなじの髪をはさんで撫でる。心地よさに目を細めた。
「・・・急にってわけじゃねえ。何つうか、気づいた」
高杉が己の感性を赤裸々に表した絵を自分にくれて、ああそうかアンタは隠してばかりなんだ、と
「何を? 俺、何かした?」
「逆だよ。しない。させるのは、俺じゃ、無理なのかもしれない」
金時は、何が、とは聞かずにすこし黙って、まぶたを伏せているこちらの首をなぞった。
「・・・それは俺の台詞だよ。銀時も、高杉も、土方くんの中で俺より優先順位が高くて、かわいい顔して会いに来るくせに、 いざとなったら放っぽり出して、俺はあいつら以外の刺激なだけ? 俺じゃ、ダメなの?」
瞬間、カッ、と土方の血の温度があがった。
なんとなく、心の奥底にもんもんとしている金時に対する疑問にも欲張りにも、似た。
何を、勝手なこと言うんだ。
いつでも綺麗な指。優しく触れる、こんな時でも崩さない俺の前での金時。 高架下で、本気で自分を口説き始めた時から、ずっと。
初めは、それに落とされた。 けど、それ以上奥には、入れない。
あの車の中で感情を分け合った坂田みたいに、己の塊をくれた高杉みたいに。あいつらには、確かに、近い心の距離を感じてる。
「何が、何が、お前の台詞だよ、何が、俺じゃダメなの、だ、あいつらのことは俺はよく知ってきた、色んな面を、内側を、 優先順位? 当たり前だろ、いつだって表面取り繕ってるアンタなんか、アンタなんか、一度も俺に本音を見せねえくせに!」
ハ、と震える息を吐いて、目を開いている金時の胸を押していた手を離した。一歩後ずさる。
金時は、くちびるの隙間をすこしだけ開けて、こちらを見ていた。
その目が急に、す、と薄まる。
まぶたの暗い影が落ちた、初めて見る、金時の刃の切っ先みたいに光る目。
一瞬、息を忘れた。
金時の何かに触れたのだ、という確かで取り返しのつかない感覚を覚える。
胸をそらし、後ろ手がテーブルについた。
「・・・何、俺の本音が見たいの? 聞きたい?」
「・・・・・ッ、・・・」
金時の手が伸びる。
腕を掴まれて、びくり、はねた。
肺の底まで閉じ込められる圧迫感に、正しい呼吸もできず、・・・ッふ、涙がこぼれそうになる。
薄暗い彼の金色に、喉がひどく渇いて、何も言えない。
「言っていいの?」
そのままぐいと腕だけ引き寄せられ、怒ったような金時の顔と近くでかち合った。
「会いたくないって離れられるくらいなら、ああ殺したいね、そうしようか? お前はずっと孤独でいればいいよ。独りだともっと思い知ればいい。 そうやって、ただいい子に淋しくしてればいくらでも抱いててやるのに。 あいつらが居なかったら、誰もいないって泣いてくれんのかな。そうすれば、麻薬みたいに俺にはまらせてやる。 そしたら俺だって楽だし、お前も幸せだと思うね」
テーブルにきつく爪を立てた。苦しさに眉を寄せて下げ、悪いことをしたと思ってもないのに、ひたすらに謝りたくなった。
金時は、こちらの顎を掴んで長い間自分を見ていた。 耐えられずに、まぶたで遮る。
それから、手が離れ、徐々に金時の頭が下がった。・・・そんな、と小さくつぶやくのが聞こえる。
「そんな悲しいことは・・・嫌でしょ」
「ハッ・・・・・・・ゲホッ」
腰に手がまわって、ぎゅうと抱きしめられる。じんじんする腕をテーブルに置く。
わけのわからない解放感に嗚咽しそうだ。
「でも、俺は他の愛情の形だって、ちゃんと知ってんの。棲み分けしてる。 どっちの俺も俺。土方くんから見れば作ってるように見える、それも俺だよ。どっちも嘘じゃない。仕事・・・してるとさ、時々、よくわからなくなる。 そういう脆さは見せたくないの。格好つけてたいんだよ」
・・・本当、だろうか?
はあー、と金時は自分で呆れたように目を閉じ、すこし髪をすりつけた。
「土方くん、真正面からぶつかってくるんだもん」
「・・・・女、は」
「誰?」
金時が顔をあげる。唾を喉に送って、息を整えた声で、言いなおした。
「きのう、電話、してた」
「ああ」
金時は、目を柔らかく細めて花のように笑った。
「俺の世界で一番大事な女。神楽っていうの」
そう言う声には何の含みもなく、とても素直な言葉だった。
「・・・・アンタそんな顔、するんだな」
すこしまぶたをあげると、金時は苦笑した。
「彼女に捧げてるのは愛じゃなく命。土方くんとはまた違う意味で大切」
「・・・・・・」
金時はこちらを腕の中にしまいこみ、すこし遠慮がちに、「で、さあ・・・」、と切り出した。
「俺のこと、嫌いになったりした?」
いい匂いの中で、ゆっくりまぶたをおろす。
「べつに何てか・・・歯がゆかったんだよ、なんにも見せてくれねえのが。何か苛々してて」
「それって、俺のことかなり好きになっちゃってきてるって証拠だよね」
「・・・・」
「アレ、ここは、抱きつき返すとこじゃない?」
「・・・知る、か」
金時の体を手の平で押して、そっぽを向く。じわ、と目じりが熱くなる。さっきの空気から解きはなれたことに、 押さえつけられてた息を一斉に吹き返すみたいに、今遅れて勝手に涙がこぼれ落ちた。感情を伴わないそれ、変な感じだ。 止まらない。
金時は、頭を屈めてこちらをのぞきこんできた。
「ごめんね? 怖かった」
「・・・・つーか、殺すはねえよ、お前・・・」
手の側面で目のはしをぬぐいながら、・・・だよねえ、ごめんねこんなんで、金時の温かい体温を感じた。

「てゆーか、俺が殺されるよコレ。やっべ、どうしよ」
金時が、ソファーに座っているこちらの目元をごしごしこすりながら、つぶやいた。
「泣かしたってもろバレだよなあ・・・あーあ余計赤くなっちゃった。怒られるかな」
こんなの泣いた内に入らない。泣いたっつうより、単に、涙出た、って感じ。
下まつ毛に金時のシャツの袖が当たって、いて、と避ける。
「怒られるって誰にだよ。坂田とかいうんじゃねえだろな」
「や、高杉」
「高・・・いや、一番ねえよソレは・・・」
一気に半目になった視線を、ふーと時計なんかにやった。返事がないな、と思っていると、金時が、やけに不思議そうにこっちを見ていた。
「何」
「何って、土方くん、知らないの」
「何が」
「高杉、あん時、俺に、」
言いかけた金時の声が、ガン、とドアか何かの音で遮られる。それから、足音。リビングに入ってきて入り口にもたれた高杉が、腕を組んで金時をまぶたの下から見た。
「や、何でもなかった」
「おい、何だよ、気になるだろ。高杉が何だよ」
「ゴホン、まあ、大事にされてるよね土方くん」
そうなのか?
そうかもしれない。俺だって、大事だ。
受け入れられて。居場所になって。確かに、距離が縮まったのを感じて。
(けど、いつまでも、このまんまでいられねえんだよなあ・・・俺的に)
総悟と二人で部屋にいたときの会話を思い出す。
昔っから、こちらのプライドをぐさぐさ突き刺してくるあいつに言われた。
『ずいぶんいいマンションですね。どうせ家賃なんか払ってないだろ』
「・・・仕事って。どうやって探すんだろ。俺マジピアノばっかで、してこなかったんだよな」
何とはなしに口に出すと、金時が豆鉄砲をくらったような顔をした。
えっ、何だよ。
「うーん、土方くんは、こないだまで携帯も知らなかったんだし・・・」
知ってる。ムービーは映画じゃなくて動画のことだろ。覚えたよ。
「お前、まだ俺のことなめてるだろ? 言っとくけど、俺、得意分野じゃかなり頭いい方、」
「金時、お前銀時帰ってくる前に退散しといた方がいいんじゃねえのか」
「おっと、それもそうだ」
「おい聞けよ、俺麻雀も結構・・・・帰んなァ!」
隠すなっつったそばから、おっとっていくらなんでも、わざとらしすぎるわ、ったく・・・
けど。もうすぐ高杉のあの絵もくるし、携帯はそういや成り行きで坂田とお揃いだし。
何ていうか。一緒に時間を過ごして色んなものを分かち合うほど。
対等でいたくなる。
そうなるためにしなきゃいけないことは、まず、自立することなのかな、と、ちょっと考えたんじゃねえか。
「・・・・なあ、俺、暗記科目なんか満点近かったし、フェラも上手いよな?」
「今日の晩飯何にするか。こないだ肉だったから、魚でいいよな?」
「聞けよ」
あくまで無視を決め込むキッチンの高杉に、「あと、パチンコの仕組みわかるし、任侠映画知ってるし、鶴折れるし、あと、泳げる、だろ・・・」、 土方は坂田が帰ってきて、何歳児の自慢?と呆れるまでしばらく自分の得意分野を確認していた。