「荷物こんだけ? 少なくね」
「そ、だから頼むよ弟」
金時がアパートを移すらしい。ハートの絵文字つきで『荷物運びお願い』と頼まれた。
断る気満々だったのに、『パチ屋の整理券あげるから』で交渉成立した。
「土方呼べばいいじゃんよー」
「だって土方くんが俺といたらお前スネるしィ」
「これ全部投げ捨てんぞ」
別に困りゃしないけど、といった顔で相変わらず余裕に首を傾ける。
あーあ、こんなんの何がいいんだか。重箱の蓋を開けてみりゃ、淡泊さしかねェぞこんな奴。
ダンボールを下まで運んで、額をぬぐいふと空を見ると快晴だった。
・・・春の晴れ模様は、やばい何かしなきゃという気にさせるから、好きじゃない。
クライスラーのドアを閉めて運転席にまわる。助手席に座った金時は椅子の背を倒して目を閉じた。
「道ややこしいから間違えないで」
「ナビしろよ」
「いつも何だかんだで辿り着くじゃんお前」
「あのなあ・・・」
「土方くんにも同じ」
横目だけで隣を見ると、まぶたはしまったままだ。
「お前いっつも遠回りするもんね。そろそろ真っすぐ走ればいいのに」
思いきりアクセルを踏んでやる。ちょっと後ろに反った金時はそれでも何食わぬ様子で足を組みかえた。

高杉と金時に比べて、俺は一体何をどうしたいのかって。
わからないまま、曖昧にしてきたことを、そんな今更。
「・・・・・・」
フロントガラス越しの赤信号がぼうと遠くなる。

バイトを紹介した帰り、電車の中。
ピアノが好きなのを知ってる。だからそういう仕事を探してきただけ。そんなこと他の奴にもやってきたはずなのに。 その話題に触れられると何かをつっつかれるみたいで怖かった。
会話が途切れて。土方に頭だけくっつけた。
自分の中で、確かに渦巻いてる何かをどうにかしたかったのに。結果それしかできなかった。
タタンタタンと鳴る音が柔らかくて、夕方のオレンジがすこし淋しくて、誰かの会話が遠くて、土方の息が、肩から伝わって、 泣きたい気持ちってこういうことを言うのかと、ちょっと、思った。







「・・・・誰でも知ってるジャズって何か難しい・・」
イン・ザ・ムード。ムーンライト・セレナーデ。
いや、BGMにうるさいのはダメだ。
高杉に聞いてみるか。一回伸びをして部屋を出た瞬間、何か踏んづけた。
(げっ、まだやってるよ)
「・・・・おい高杉、集中してるとこ悪いんだけど」
高杉は朝からずっと、リビングにパズルを散らかして、床に座り込み、前傾姿勢になっている。
ノイシュバンシュタイン城の5000ピースらしい。
ステレオの調子が悪い、と電器屋に行ったと思ったら、それだけ買って帰って来た。何でだ。
「おい高杉って」
足の裏に張り付いたピースをはがして、ぺいっと放る。
「てめえ、投げんじゃねェ、なくなったらどうすんだ」
ソファーの下に入ったそれを探す高杉がちょっと面白い。
「聴けるジャズって、何があるっけ」
「考えすぎて一周したのか? たかがあのバーで、んなもん意識することねェだろ」
「じゃ、お前なら何弾くんだよ」
「俺はピアノ弾かねえ」
「いや知ってる、話聞け馬鹿」
パズルの絵柄が描いてる箱をとりあげる。 ・・・・いやコレ森の部分多くね? つかほとんど森じゃね? 城小っちゃすぎるぞコレ。 つい見ていると、「おい返せ」、高杉が眉をしかめて睨んでいる。
「じゃあ、お前なら何聞きたい?」
「・・・・・・」
「答えたら返してやる、」
「Come Rain Or Come Shine」
「ッで!」
早口で答えると同時に箱を奪い返され、床に崩れながら、(ああでも、ビル・エヴァンスが弾いてたヤツとか・・・いいな)、頭の中できらと音が光った。 一番上にパチとピースをはめた高杉は息を吐いてから、こちらに視線をよこした。
「銀時何か変じゃねえか」
「はあ?」
いきなりの言葉に思わず体を起こして高杉を見る。あいつがおかしいのはいつものことなんじゃねえの。・・・変っつうとお前の方がよっぽどだと思うけど。
というのがフフンと皮肉な感じで顔に出たのか、ピースが顔面に当る。投げるなっつったのはどこの誰だよ。・・・・・・ったく、何つうか・・・・
「高杉って、何かかわいいよな」
・・・高杉が珍しく、ちょっとまぶたを開いている。言った自分も自分に驚き、開いていた。
でもだって・・・強烈な魅力が目立ちすぎて、今まであんまし意識したことはなかったし。 そんなとこまで見えてなかったけど。そういうところが、結構なくもないんじゃねえの。 だから、立てた膝に頬杖をついて素直に言ったのに。
高杉は口を半開きにしてから、「・・・てめェ最近余裕だなァ」とやけに目を細めた。
ヤベ、刺激しすぎたか。後が怖ェ。



「っげえ、何か踏んだ」
リビングに帰ってきたら、裸足にへんな感触が張り付いて、片足をあげた。俺今フラミンゴみたいになってる。 大丈夫か買ったばかりのドーナツ。
「1ピースでも失くすと高杉にマジ蹴りされんぞ」
CDに目を落としたまま、土方が忠告してくる。
すこしのぞきこんでみると、選んだ曲をリストにしてるみたいだった。几帳面だな。それにしてもペンの動きが鈍い。
「・・・・・はー・・・」
土方は前髪をかきあげ、目を閉じた。横目をやって、ダブルチョコレートをかじる。
つか何このパズル王国。せめて色で分けてまとめとけよ。難民出てんぞ。
「・・・近くでむしゃむしゃ言うな。何か用か」
「別にー」
と、現像液くさいもう一つの袋を揺らしながら、つい土方のその口元に目がいく。あ? 何かついてる?といった感じで、 下くちびるの左側を押さえる、土方の指。
あああーいやだからさ、その肌と肌の合わさり具合が・・・と思った瞬間、勝手に口がロボットみたいにカパッと開いた。
「お前ってさー、フェラする時とかさー、ああいうこと、誰にでも言うの」
「・・・は?」
「だからこないだの、ああいうの」
「・・・ブランケットにくるまってた時の」
「そうそん時の・・・『お前の』、って、や、つ、・・・・・いや何でもねえやっぱり!」
つかそれを聞いてどうすんだ俺! 自分でも質問の意図が全くわかんねえし!
こないだから調子狂うな・・・
「お前、アレ気に入ったのか?」
頭を抱えていたら、前髪がぼさと跳ねている土方が若干の色目で面白そうに視線を向けていた。
「いやそういうわけじゃ・・・」
「また言ってやろうか」
「・・・・・・てめェ自分が有利な立場に立てて嬉しいんだろ」
「じゃあ別に言わねえけど」
「いや、言えよ」
思わずすぐ漏れた言葉に、土方は首を傾け、ふーん、と笑った。
うわー何かすげー気に食わねー、けど

「ン、」
高杉のパズルのせいで使えないリビングを出て、俺の部屋で性急にセックスに持ち込んだ。
「は、お前のじゃねェと、無理、俺、」
・・・く。
ヤっベ、コレ。動きを止めたこちらを怪訝そうな目で見上げた土方は、おい、と言う前に体を跳ねさせた。
「・・・ッ! ァ、待ッ、」
マジでどうした。何でそんなセリフで興奮すんだ。
ドSのはずじゃなかったっけ。お前のって求められる度、沸騰する。熱い。頭やけそう。
やばい。
夢中。土方の前髪の張り付き方と、俺の息、部分的にしか感じられてないのにもうトびそう。
見えない何かに両足とられて、引きずられてくみたい。
いっそ、こえェ。

「何だソレ」
と聞く土方は、もうジーンズを履き終わっていた。
「え? フレンチクルーラー」
「違ェよ、そっちの袋」
「ああ、写真写真。さっき現像してきた」
へえ見せろよ、と偉そうに言う土方は、俺が袋から写真を出すと、
「・・・はは!」
と笑い声をあげた。つい、髪をかいていた手を止め、まばたきをして彼を見る。
写ってるのは倒れたドミノばかり。リビングに、廊下に、玄関に。高杉と土方が寝こけていた俺の周りを囲んで並べた二人いわく超大作だ。
「ふ、あん時のお前の顔ったらなかったな」
そう言う土方は、煙草を指にはさんだ手で頬杖をついて、写真をめくった。
・・・・何だ、そんな風に思い出すことだったんなら、もっと早くに現像してくりゃよかったな
「土方、お前、気に入ったんなら・・・」
全部やるよ、と言おうとして、口が止まった。
土方の右手が写真をめくったまま宙で固まっている。何か、凝視、してる。
え、何? ヤベ、こわいんだけど! 心霊系とか絶対やめろよお前!
片目をつむりながら、写真の方へそーっと顔を傾けた。
・・・えーと、土方だ。写ってるのは。それだけ。しゃがんでドミノを片付けながら、ソファーの高杉に何か喋っていたのか、顔だけあげて笑んでいる。
ななめ後ろからの、何も考えてない笑顔。ややこしいことも明日の心配もなくただそのとき笑ってる。
ふーん。いいんじゃないの。
土方は不思議そうに、目の前につまみあげているそれを長い間見つめていた。
そのまぶたが何度かおりる。
あの時俺が偶然切り取った静止。
「・・・・・こんな顔してたか、俺?」
土方が、口を半分開いたままこちらに顔をあげてくる。
へ?
「こんな風に?」
こんな表情で、笑って?
坂田は土方と同じくらい驚いた目で、そう聞きたそうな表情を見返した。
・・・え、うん、してるよ。お前。そんな顔、よくしてるよ。今だって。写真見てる時、同じように笑ってたよ。俺や高杉との何でもない会話でも。 それくらいの表情、見せてるよ。
知らなかった?
「、・・・・・」
土方は口をわずかに動かして、やがて閉じ、また写真に目を戻した。
それを見てると。だんだん胸が何か詰まったみたいになって、きゅ、と眉が下がった。
何コレ。あれ、何か。じんわり染みだしてくるこれは。あ、考えたくないあんまり、ちょ・・・
「・・・・つか、お前の写真って何か味あるよな」
うっ、お前の、って言うなバカ!



「・・・まずい、俺、なんかすっごくまずい気がする・・・・」
バイト先のホールでぼそりつぶやく。
「恋は蜃気楼だからね〜。銀さん彼女と上手くいってないの」
とりあえず足を踏んでおく。つか幻じゃなかったのかよ、蜃気楼も変わんねえけど。
レジを打ってる彼女へ視線をやって、ああやっぱあの笑顔いいな、って思う。かわいいって、思ってるよ。
でも、かわいいって何? かわいいって。
「リラックマ?」
その顔に思いきり布巾を投げつけた。おっさんが首かしげんな。
例えば、顔が単純にかわいい、とか。子犬がかわいい、とか。仕草が、あっ今のかわいい、とか。リラックマでもいいわこの際。
それはわかる。
そういうんじゃないのに、かわいいって
こう、ぎゅああってしたいって抱きしめて何かもうずっとぐしゃぐしゃしてたいってでもそんな風にすると壊れそうでヤだからできなくて、 自分がどうしたいのか全くわかんねェよ!、ってさせる気持ち、みたいな?
「銀さん怖いよ、百面相と手が!」
土方を
そんな風に思ってしまうみたいなのは、何でだ
「何何、銀さんまた悩みー?」
ぶつけられた布巾でピッチャーを拭いていた長谷川さんを無言でガシガシ蹴りながら、ふと窓を見た。
(あれっ、何か、いい女がこっち見て・・・・・)
ガラスに体を乗り出しかけ、その女がにっこり笑う厚いくちびるに、(くそ、高杉のじゃねえか)、まぶたが半分下がる。

「あーと、今日高杉は?」
「さっきまで一緒だったよ。えーとね・・・」
パンプキンプリンと生ハムピザを頼んだ彼女は閉じたメニュー越しに俺を見た。
「銀ちゃんが最近変みたいって高杉に聞いて興味本位で来ちゃったの」
唇を舐めて注文をハンディに打ち込む。・・・俺が変。 それをどういう風にとらえてるのかは知らないが、高杉に読まれてんのか。空気も読めないあいつに? うわ屈辱ー。
「土方くんのこと、銀ちゃんのにする気はないの?」
ビ、と間違ったボタンに指がいった。
い、いきなり、何よ・・・・・
「あのねえ、あたしもね。高杉があたしのものになればいいなって、一度も思ったことないなんて言うならウソなんだよ」
頬杖ついた手の平で口をすこし隠して。いつものように淡泊な笑みの彼女は窓を見ていた。
最近、柔らかくなってきた陽射しに目を薄めながら。
「あたし、あの子のピアノが大好きだな。初めて聴いた時から、心をうばわれて仕方ないの」
銀ちゃんだってそうでしょ?
「・・・・俺は、そんな」
脇から滑り落ちていたメニューの角をゆるく指で支える。
「でもねえ。例え誰がどう動いて、何がどうなったとしても、高杉があたしのとこに来ないのは知ってるんだ」
ハンディはとっくに胸元から下がっていて、俺は黙ったまま彼女の綺麗な髪に視線を落としていた。
「高杉、アンタのそういう顔見たことあんのかな」
「だってあんな男だもん。高杉なんかに銀ちゃんほど人のこと受け入れられないよ。だから銀ちゃんがその分土方くんのこと見てあげるんだよ、い? 今までそうしてきたようにだよ」
「あー・・・そう言われても、ね・・・」
「銀ちゃんがそうしてくれれば、あたしの高杉の分がちょっとでも多くならないかなって思ってるだけだよ、ヤな女だよ」
・・・変わらずいい女だよ。ありがとね。
何で高杉かな。もっと自分の魅力を最大限に使ってアグレッシブに向かえばいいのに。
「あたし、ピアノが一番好きだからね」
外から入る光は、切り揃えられた彼女の爪たちを差した。
女のタイミングって怖いものがあるな、と思う。いつも本人にとっては偶然のそれが、俺たちには絶妙な角度と時間で突き刺さる。
そうして、考えてみなさい、と導いてくる、ほんとおせっかい。

例えばさ。
セックスしてる時。携帯買いに行った時。高杉の知り合いに土方を侮辱された時。 サッカーの試合に行った日、「お前、モテそうだったぜ。男にも女にも」。 親父に会いに行った帰りの土方の肩。
・・・スタンド・バイ・ミーを聞いた時とか。
もしくは、金時が絡む時。
そういう時、何が心ん中に湧いてきて、何をどうしたいのか、わからないって、ずっと思ってた。
その時わからなかった気持ちって。ささいなきっかけで突然形になって。いきなり頭にすとんと入ってきて慌てたりするけど。
まさか今俺、その状態? 勘弁してよね。ほんと、頼むよ。
そっち側は決して見ないようにしてきたんだよ。
そっと、しといてよ。



土方は電車賃だけ持った。他に思いつかないから、それだけ。あとは、今まで散々弾いてきた指があればいい。高杉が言う。
あのなあ、コンクールに行くんじゃねえんだから。と呆れるんだけど。
「・・・行ってくる」
「緊張してんのか」
高杉の嫌味な笑みに、エレベーターのボタンを押したまま、視線だけ返す。・・・はー、と正直な頼りない息が出た。 壁に寄りかかってる高杉は、くちびるにくわえたタバコを少し下ろした。
「心配すんな。誰が聞いてなくても、俺が聞いててやるよ」
・・・淡々と言いやがって。高杉は本当のことばかり言うから時々こいつの言葉は麻薬みたいだと思う。肩が楽になったのが悔しい。


バイトあがりに、土方がもう出勤してるだろうバーへ行くためそのまま電車に乗った。
紹介しに行く途中、この中で土方と隣に立ち、土方と話してた状況。 たぶん俺は何か言いたくて、けどそれが何かを知らなくて、顔もそんなによく見れなかった。
(・・・・あー)
目を閉じて、髪をかく。
あのフェラは確かにきたよ。セックスの一環って意味で。俺はそんなんで落ちるタイプじゃねえし。
でも、お前の、って、言われた。
声になってるかなってないかわかんないくらいの言葉で。つまりは、お前のが欲しいって。
高杉とも金時とも関係のある土方に。
ウソでも、そんな風に言われたのは初めてで、何かひどく動揺して、顔が染まってくのがわかった。もっと言わせたいと火が灯った。 お前がもし本当にそう言ったなら、その時は、無条件で俺のもっと深いとこまで受け入れてやる。そう覚悟できるほど、 土方のその言葉は甘くて強くて淫美な力を持ってた。
何でかね
「・・・・・・」
吊り革を握った腕に頭をつけた。
(・・・何でっつうかさ。)
今まで散々一緒にいたし、セックスも散々してるじゃん。あいつそこまでの奴じゃなかったじゃん。
心配するほどかわいいなんて奴じゃ、てんで、なかったじゃん。
・・・・・なかったっけ



ドアを開けると、もうピアノの音色が聞こえた。
(あ、シング・シング・シング)
の、アレンジ。自制する前に、視線は土方にいっていた。
グランドピアノの前に腰かけた、シンプルな白いシャツに黒いズボン。バーの薄暗い雰囲気を壊さないよう柔らかい照明に照らされて、 土方が、そのなめらかな両手で音を奏でてる。
「結局来てんじゃねえか」
高杉が、言い寄ってくる男を綺麗に無視して、こちらが立っている横のテーブルに座った。
「・・・様になってんじゃん」
つぶやいてみて、口を閉じた。
そこには土方の空間がある。 決して客たちの空気を邪魔しない。けれど密やかな引力をその体いっぱいに秘めて、聞かせる。
静かな肌と黒髪が、それを包む白いシャツの皺の影が、台の下で伸びた細い片足が、その横顔が
(・・・まいったな)
バーの一番はしの壁にもたれかかって、前髪が目を線で遮った。
(俺は、アレが。)
・・・・・かわいい。いや。・・・愛しい、んだと思う。そう。
それは顔や仕草がじゃなくて。他の奴に傷つけられたくない、入り込んで欲しくない。それが時々たまらなくなる。 そういう感情に、ぎゅ、と胸を掴まれる度、突飛な行動に出るくらい。
もうどうにかしたい。あの髪、首、細い体。 生意気なとこ、照れくさそうにするとこ、時々変に天然なとこ。ああして限りない集中力で魅せるとこ。
色々見てきた、全部。
俺の中にある土方全部。
土方が持ってる土方自身。
全部。
「・・・・・・」
頭をかきながら、ちらり、高杉の姿を視界のはしで見た。
(けど、だからって)
こうして3人でいる関係は、今のままだから、成り立ってる。
(それに影響するようなことは、したいわけじゃ、ない・・・)
考えている途中でママと目が合うと、ふ、とくちびるで笑われた。
「驚かなくたって、銀ちゃんがあの子を欲しいって思う気持ちは、きっと前から奥底にあったのよ」
・・・こいつの勘ったらねえな。タバコの煙をぼうと視覚に収めた目があがる。
「それがゆっくり育っただけでしょう。自覚したのが急だっただけでしょう。一緒にいるほどわかんないって言うじゃない」
わかってるよ。だから、困るんだよ。
今更一歩引いてじっくりそれを確かめられる程、今まで距離離れてきたことねえんだ。俺たち

「彼女はどうすんだお前」
テーブルに戻ると高杉がピアノの方を見たまま、いきなりそう聞いてきた。
冷静を装って椅子を引く。
「どうするも何も全然別の話だしー恋は恋だしー」
「土方との関係性のが幅きいてそうだけどな」
「・・・つか自己中が変なとこだけ気づいてんじゃねえって」
「つまらねェことには興味ねェよ別に」
つまり、面白いって言いたいのかおい。皮肉にあがってる横の唇に半目をやって、テーブルの下ですねを蹴ってやった。 絶対痛かったくせに、高杉は何事もなかったかのような顔でグラスに口をつける。
「ちょうどいい、土方最近ほとんど飯食ってねェだろ。お前がちょっと気をつけとけ」
「お前の方が家で会うんじゃねえ?」
「・・・あいつ俺の前ではそういうとこ見せねェように気ィ張るじゃねえか」
何があんのか知らねェけどよ、と言うのを、(はーん、馬鹿なヤツ)、グランドピアノの前の土方へ視線を移した。
たぶん、それは、土方は高杉という男をとにかくすげェ男として見てるから。自分も同じように目の前に立ってたい、 同じ目線の高さに居たい、と思うから。だからだろ。
よっぽど揺さぶるんだよ。強烈に意識させる、引っ張ってく。
あの土方を。お前だけが。
・・・俺がそうでないことなんて、知ってるし。
そんな影をひっそり隣に感じながら、「・・・土方のピアノって雨の音みたい」とぽつりつぶやいた声が湿った。