坂田は、のっそりリビングで起き上がった。 (・・・・・うー、俺どうやって帰ってきたっけ・・・) 確か土方のバイト先で、追い出されるまで飲んでたのは断片的に覚えてんだけど すごいな俺、一体どう歩いて・・・・・・・ ・・・あ 「・・・・・」 足元に明らかに踏んづけられたパズルがある。ハッと顔をあげると、歯ブラシをくわえた高杉が影になって立っていた。 ちょっと額を押さえ、手を前に出す。 「えーっと高杉、一回落ち着こうか・・・俺なんも覚えてねェのよ、もしかしたら記憶喪しつッ!」 言い訳の途中で、飛び回し蹴りが思いきり後頭部にきまって、べちゃっと床に落ちた。 痛ってェ・・・! 悲壮感漂わせてみたのに、こいつほんと迷いねーよ そうして、体を起こそうとして、もう一つの『・・・あ』。 床について、じんと痛む右拳。 (・・・・・ああー) 「まだ話は終わってねェぞ立てオイ」、とか何とか言ってる高杉の声を遠くに、うつむく。 ・・・・もう、どうせなら全部忘れてりゃよかったのに、なんてバカな俺の脳細胞。 返事もなければ、疲れさせただけのような、最悪な。 なのに、すぐ金時とセックスなんか・・・ああ昨夜俺が言ったこと全てどっかやってしまいたい・・・うわ、土方の部屋に目がやれねえ 「おいっつってんだろ」 え?と顔をあげるとちょうど立てていた片膝に高杉が飛び乗り、シャイニング・ウィザード的なものが綺麗に入った。 おっまっ・・・ソレは非道なんじゃないの 今俺、完全に構え解いてたじゃん てか、悩んでたじゃん! そこにひざ蹴りってお前・・・・お前 「あのお前・・・・歯磨き粉こぼれてんだけど」 「ちょ、わかったって! ソレは俺が洗濯するし、コレも修復しとくから!」 「パズルに触ったら今度は両足でいく」 「ドロップキックってこと?!」 (・・・・・・・う、るせー・・・・) 騒がしい音で目が覚める。・・・・水欲しい 鉛みたいな体をひきずってドアを開けると、リビングが戦場になっている。 ・・・・もっ回閉めるかコレ 「てめーのせいで遅刻するだろうが」 「は、どっか行くの」 「大学」 「・・・春休みは?」 「んなもんとっくに終わってる」 「え、延長すりゃいいじゃん」 「カラオケじゃねーんだよ」 あ、高杉カラオケ知ってんだ・・・・とか寝ぼけた頭で考えてたこっちを見て、坂田の目が、急に泳ぐ。高杉が、 「クマできてんぜ。ちゃんと寝れてんのか、お前」 という指摘にちょっとドキっとした。 「べつに、平気」 少しの間、じ、とこちらを見た高杉が、ふうん、と言う。 「昨日のことなら気にしてんじゃねえよ。振り回されるだけ損だぞこの兄弟には」 「わかってるよ。遅れそうなんだろ、早く行けよ」 「言われなくても今行くんだよ。銀時、それ以上絶対触んなよ」 「えっ? うん、いや・・・・・・・俺、部屋戻るとこだったし、よ・・・・・あほら、ジャンプ出たし、ね・・・」 微妙にうろたえてる坂田の声。 ガチャン、と玄関が閉まる。 坂田が、酔拳みたいなファイティング・ポーズを解いて、ドアの方へ向きを変える姿が視界のはしでわかった。 ・・・とにかく、水だ水・・・ 水のペットボトルはすでにテーブルに出ていたので、上の棚へ手を伸ばした。 同時にきゅううと真っ白になるまぶたの中に、思わず目を閉じる。 (うわ・・・) 何だろ、やっぱ睡眠時間が足りてねェのかな。 平衡感覚を失って、しばしシンクに手をついていると、・・・カチャ、と近くで音がした。 しかめたまぶたに作った隙間から、後ろから棚に伸びてる坂田の腕。 少し目を開く。・・・・部屋戻ったんじゃなかったのかよ。 「・・・・・どれ」 ・・・・・・・・コップ・・・・ 小さく答えると、コン、と置かれる。 そのまま遠ざかってく気配とガリガリ髪をかいてるような音。 今の近い距離に、わずかに熱くなりかけた目元を手で押さえた。 『俺のにしたいって』 ・・・ああもう、くっそ あいつ、馬鹿なんじゃねえの 勝手に気まずさを感じてんだか何だか知らねーけど さり気なさが逆にかゆいだろうが 「・・・おい坂田、暇ならちょっとこっち来て手伝え」 部屋で漫画を顔にかぶせていると、ドアの外で土方の声がした。 (はっ・・・?) 反射的に、体が硬直する。 ・・・お前、何のために、俺がこもってると・・・・ ドアを凝視していると、ガン!と催促された。 うっ、行くって、行きゃいいんだろ ったく、何でうちの二匹はこんなに凶暴なんだ すぐ足が出んだから 「・・・・・・・・・何コレ・・・・・」 「たぶん爆睡してる金時・・・・・」 土方に連れられるまま駐車場に降りると、大の字で人の体が転がっていた。迷惑極まりない。 「何っでうちの駐車場で寝てんだよ! 永眠しろこの!」 「さっき、下のおばさんから、お宅の人じゃないのって苦情きたんだよ。どうする」 「どうするっつったってよ・・・」 起こせばいいじゃん、お前が。俺がああ言った後でも、あんな声出すような相手なんだろ (・・・・・いかん、俺、格好ワリ) まあ今俺が結構本気で蹴っても、すやすやいってる目が開くのかどうかは疑問だけど とりあえず、センティアのドアが開きっ放しだ。 土方がそれを閉めてやってる間に、(あーもう)、金時のポケットへ手を突っ込み鍵を探す。 「・・・っふ、駄目ですって・・・・旦那さんに悪いでしょ・・・・・」 びく、と金時の顔を見ると、ただの寝言だった。 左側でチャリと音が鳴る。何かものすごく高そうな革のキーケース。超ぶん投げたい。 「あったか?」 「すっげ腹立つのがあったわ・・・車はいいとして、こいつどうすんの」 「運ぶしかねェな」 「えー・・・車ん中に押し込んどけば?」 「可哀そうだろ」 心底気が乗らない半目で渋ってみたが、金時の腕をかつぎ出した土方の足は亀並みだ。 金時に関する会話がトントン進んで、昨日のせいのぎこちなさも、おかげで半減してる、けどよ。 (ったく、もー) 足側を持つと、土方がこちらを見た。何か言いたそうにして、ふと金時へ視線をやり、あ、と言う。 「・・・・これ、アルマーニみてーだけど・・・・引きずっても仕方ないよな?」 「当たり前だ。むしろ引きずるしかなかったくらいのアレでいこう」 坂田はそこに関しては強く頷いた。 リビングはパズルで無理だし、かと言って俺の部屋は絶対ヤダ、高杉の部屋なんかまず無断で入っただけで怒られるし 「わかったもう、俺の部屋でいい」 ぶつぶつ言ってると、土方が呆れたように肩を回した。いやでも 「・・・ピアノ弾かねえのお前」 「弾きてーけど仕方ねェだろ」 ・・・・くそ 廊下に置いたままだった金時の体を、俺の部屋へずるずると引き入れ、ありったけの力でベッドに転がしてやった。 土方は半分口を開いて、自分を見ている。 「なんだよ、気にせずピアノ弾けるだろ」 「・・・・いや、ああ・・・・・・あー・・・その、よー、坂、田・・・」 なに 「いや何つーか、この前から色々・・・・・悪ィ、じゃなくて、礼、言わねー、と、って、思っては・・・・くそ」 振り返った先の土方をぱたと見つめた。土方はだんだん落ちた顔を手で覆った。 (・・・お、前・・・・今、そういうこと、言う?) ぶわあ、と虹色の空気で湧き立つ視界。目の前の土方の輪郭が急激に濃くなる。瞳に張り付いてくる。 この間からこいつを目にする度、胸の内で色んなものが出してくれ出してくれと叩き出してうるさいのに。 それらに、片手が押し出された。 引っ張ってよろめいた土方の体を、廊下に組み敷く。 「・・・お前さ、昨日俺が言ったことわかってんの」 何でだか悔しくて、ちょっとスネたみたいな口調になった。 「・・・・・・・・・あれって・・・恋人になれって、ことか?」 一度考えるように横へやった目が答えを求めるよう、自信なさげにこちらを見上げた。 なっ、違ッ、え 恋人? ・・・・彼女? は、いるんだよ。だから、そういうことじゃなくって 「つまり・・・・・」 ・・・つまり・・・・・・あれ、何だろ? 固まって宙を見ていた目の下で、「つか、放せ・・・」と土方がよじろうとした体が見える。 無意識に、ぐ、と押さえた。 「・・・・・何なんだよ、昨日から」 眉を寄せた土方以上に、こちらもひどく眉を寄せて、見下ろす。 「・・・お前も考えろよ。ちょっとは」 俺のこと。 そんなの、恋人とか彼女とか、ポジションなんてどうでもいい。他にふらふらさせたくない、俺んとこに居させたい。 そうしてただ、お前のことを、とにもかくにもどうにかしたくてたまらないだけだよ。ソレに気づいただけだよ。 「・・・だって、坂田が言ったことだろ。自分の言動に責任持てよ」 戸惑って少しそれる瞳、髪の落ちる軌道が、やけに、ぼう、と目に残った。 (何つうか・・・) 自分の意思で動かせない他人であることを無性に、何でなんだよ、と思わせるよな、こいつは・・・ 何か、前以上にさ。 床に散った黒髪とその隙間、鎖骨、見上げる瞳 ・・・そういうのも、何か、前以上に色を持って映るんだよ。 なあ、あっちこっち見てないで、居ればいいじゃん。俺ん前に。 ・・・こうやって、俺の下に ゆっくり頭を落として、首筋にくちびるを埋める。そうやって触れると、その箇所から一気に脳髄へ熱が登るんだから仕方ない。 舌でなぞりあげ、顎を固定した口を塞いだ。 「ッン、・・・」 土方の手がこちらを押し返してるけど、それも知らねー 無責任で結構だもん、俺 「っ、場所、」 開いたドアの俺の部屋、そこで寝てる金時へ密かな横目がいく。 「気になんの?」 耳裏に低い息を当てた。 ぴくと細まるまぶた、腕を退けシャツの下で手を滑らせる。ふ、弱ーい抵抗。 足を抱え上げ、邪魔な理性をさっさと取っ払えるよう、自分も余裕のない指で早く強い快感を導かせた先に待ってる、 土方の熱。絡みつくと、喉の奥が一瞬焼けた。 「ッは・・・声出さなきゃ、起きねーってあんなの」 「・・・、んゥ、」 土方の口を押さえた手の平に、くちびるの感触がはっきりわかる。 足の指で掴むこちらの服。切なそうに閉じてる、まつ毛の影。 ・・・それが、エロいな、とか、そそるな、とかより。こんなに愛しく見えたっけ、みたいな 「ん、・・っん、」 自分の手の裏に響く、甘い声。 それが、俺が入りこんでいるのを以前より許してるみたいに聞こえるのは気のせいなの、みたいな? 「・・・・はー・・・はー・・・・」 互いに余韻の息をしていると、「う」、と呻く金時の声が聞こえた。 土方が額に乗せていた腕の下で、はっと目を開く。 「・・・え、どこ、ここ・・・・」、ぼさぼさの前髪で顔をあげた金時がこちらを見て、 「何だ銀時かあ〜後5分で行くって親父に言っといてえ・・・」 またベッドへ沈む。 「寝っ・・ぼけてんじゃねェ!」 セックス後に親の匂い漂わせるって最悪な家族だよお前! みたいな! 蹴り飛ばす勢いついでにジーンズを引っ張り上げた。 「あー痛ったい。銀時お前さー彼女とHしてんの?」 土方がリビングへ戻った後、金時が聞いた。 「・・・・・・」 「嘘だろ・・・お前、まさか、してないなんてこと・・・」 「向っこうは実家なの!」 つか、天然すぎて、そういう雰囲気になかなか持ってけねーっていうか、 そんなんでいきなりラブホ行こうなんて言えなかったっていうか・・・ 「でも、誕生日はホテルだから」 ついムキになって宣言する。軽く拳まで作ってしまった。 「へえ〜じゃヤっちゃえるね」 そういう言い方すんなよ ったく・・・ 「何なの、起きたら俺と土方がしてたから妬いてんの?」 「まさか。お前じゃあるまいし。どうせ昨夜への当てつけでしょ」 さらっと言い残して伸びをしながら出てく金時の背中を見送る。・・・今のすっげ効いたぞおい ほんっと腹立つなお前は ・・・何をどう思ってんのか全く読めないよ 「・・・いいなあこのコーヒーメーカー。どこのだろ」 昨日から出しっぱなしのCDを一通り見てる耳に、金時が立てる軽やかなキッチンの音。 あー、いらん体力使った・・・髪をかきながらちらと金髪へ目をやり、そのまま、きれいな後ろ姿にぼーと惹かれる。 「・・・・金時、お前の好きなジャズって何かある」 「んー? そうだなあ、ピアノなら俺アーマッド・ジャマルなんか好き」 「ああ!」 「えっ?」 「いや、忘れてたな、と思った」 紙を引っ張り出して、ペンの芯を顎でカチッと出した。「何だ、びっくりしたよ」金時の低くて心地いい声が湯気越しに聞こえた。 (・・・・・好きな曲は弾き回しで構わねェし) 金時が「相変わらず、すごい量」と両手でCDを裏返す。 「ねえ土方くん、マイ・ファニー・バレンタインは? ないの?」 「あ、坂田が持ってってたな」 おい坂田CD借りんぞ、部屋に突入すると、坂田は携帯の通話口を手でふさぎ、 「あ、はん?」と振り返っていたが(アメリカ人かお前は)、さっと入口近くにあったソレを取ってリビングに戻った。 「ああ、ビル・エヴァンス版。好きだねー」 「そりゃあ・・・」 ふっと笑った金時は、柔らかい動作で隣の椅子を引いた。 「ねえ土方くん、ペン貸して。俺が書くからさ」 ・・・それは今、正直、ありがたい。 ちょっとななめ上を見ながら、頭の中で巡ってる曲を口にする。 「オウタム・リーブス、ワルツ・フォー・デビィ、シー・ジャム・ブルース・・・・早いか?」 「全然」 のぞきこむと、すらすら書かれている英語の字。 ・・・すげー綺麗 「・・・・アンタみたいな男が何で駐車場なんかで寝てたんだよ」 らしくねェ うっとり見つめながら言うと、金時は「いやー、年は取りたくないよねえ」と苦笑を漏らした。 電話の途中だったから言い損ねたけど 「おいソレ、元は俺のなんだから・・・」 リビングのドアを開けると、土方は突っ伏していた。 自分に気づいた金時が笑む。 「しー」 くちびるの前にタバコを立てて、片目をつむってくる。いや弟にすんなっつってんだよ、そういうの 「・・・寝てんの?」 「爆睡」 金時の手にあるリストには、曲名がきっちり並んでいる。 「よっぽど疲れてんだねえ」 金時の指がすると土方の髪に触れる。土方は、ん、と恋しそうに身じろぎした。 (・・・・・・) ・・・・そんな仕草、俺には。高杉にだって、土方は絶対しない。 そういう差って、どこから来んだよ。 携帯を持っていた、力がゆるみかけた手をふと金時が見た。 「そういやお前、俺の車にストラップ落としてたよ」 「・・・は?」 携帯に落としていた目をあげ、何を言われたのかわからず金時をいぶかしんでから、はっとまた手元に戻した。 え、あれっ、アシュラマンは無事だけど、うわあ、ロビンマスクがない! 何で? 昨日はいたじゃん! 「かなり酔い潰れてたから、寝てる間に体で敷いてちぎれでもしちゃったんじゃない?」 コレでしょ、とスーツの胸ポケットから取り出されるソレ。 え・・・・てことは何 ・・・うそ、昨夜って、お前が俺を運んだの? わざわざ、ここまで? そんで・・・・うちの駐車場にいたの? 「銀時ーお前って、子供の頃からほんとジャンプに一途だよね〜」 ぷらん、とストラップをつまむ金時の瞳の色が、一瞬だけ昔の香りをふわり蘇らせた。 『銀時、ちゃんと何が欲しいって親父に言わないと』 『・・・・別にねえし』 『せっかくの誕生日じゃん』 『生まれた日なわけじゃねーし』 『祝ってもらえるなら何でもいいかってならねーかな』 『・・・・金時は何か欲しいって言ったの』 『・・・』 デパートの屋上で、ベンチに座ってぷらぷら揺れてる自分の靴。隣の金時。 青空。 兄って何考えてんのか全然わかんないもんなんだな、と思わせてた読めない瞳。 何て言ってたっけ、あいつ 赤の他人をすぐに「親父」と呼び慣れ、よく可愛がられてた金時。今もそう。 それだけの見返りを受けるにふさわしい。だからこそ、特に何もしてないだろう自分にも同じだけの愛情を注がれるのが苦手だ。 「坂田くん?」 電話の向こうで、彼女のふんわりした声が呼ぶ。閉めたリビングのドアを後ろに耳をかいた。 「ああ、いやさ、誕生日、何欲しいか考えといて」 「誰の?」と本気でぽかんとした後、「・・・あっ」、と小さく聞こえる驚き、照れた間もかわいい。 ・・・うん、かわいいじゃねェか すっごく そのきらめきにはバイト代つぎこむ価値がある。ああ、マジであるさ。 「おい、邪魔だ」 通話を切った目の前に、高杉がいて、うお、とちょっと頭を引いた。 「あ、土方寝てるぜ。テーブルで」 「・・・・・」 少し黙った後、今歩いてきただろう廊下へ返す高杉の足。判断早いなオイ 「3時にもっ回出る。帰り遅くなんぞ」 「ああ、俺は明日バイト遅番・・・」 そうか、土方を見には行けないけど、まあ、少しくらい仕方ないよな。くらいに。 高杉はどう考えてたのか知らない。 とにかく俺たちは、そうして、土方の春に入ってからの変化を何となく知っていながら、 あまり重大視できていなかった。 (・・・金時もいるんだし)、俺の場合、強がりが先走ったのが大きいのか。 「何で誰も起こしてくんねーんだよ」 起きるなり焦っていた土方を送るという金時の車に、自分も乗り、ストラップを結び直す。 (・・・しかし、何っか乗せられてる気がして好かねェな。 あの金時のことだ。絶対、油断はできない。) ああくそ、このキーケースやっぱり太平洋に投げてりゃよかったと、小さすぎる後悔だけをしていた。 → ← |