「違っげーよ、何でもっ回国道出たんだよお前!」 「銀時うるさい、黙ってって」 金時はハンドルを余裕の片手で回すくせに、一通を逆走という無茶なことをする。 絶対ナビつけねんだから・・・助手席に沈んで、腕を組んだ。 金時のセンティアの中は、何か渋くて静かな香りがする。と、思っていたら、 「・・・この車、何かいい匂いする」 後部座席の土方が、ぼそりつぶやいた。 同じタイミングで言うなよ・・・何となく、窓の外へ頬杖をつく。(も少し寝てりゃいいのに) 「あ、忘れてたけど高杉は? 乗せてこなくてよかったの?」 「あいつ今日帰り遅いんだって・・・・・・だからさ! 何で同じとこ出たのお前?!」 「だから、ちょっと黙れってば」 前で飛び交う言い合いに、土方が、・・・フ、と目を閉じて笑う。 (そのまま、寝てろってば) 外を睨んでばかりの俺とは違って金時が「こんなとこ見られんの恥ずかしいから、お願い寝てて」可愛くしょげた顔で振り向く。 土方の目元が染まって「アンタは何でそういう・・・」とか何とかもごもご言った。 ・・・あー上手い上手い どうせ、ソレが俺とお前の差だよ。 じゃ俺どっかパーキング探してくるから〜、と先に土方と2人降ろされる。 じゃ俺裏口、と土方が先に行って、一人残された。 ・・・こういう時、毎度毎度何しにきてんだろ俺、と我にかえっちゃうな。 ガリガリ髪をかきながら店内に入った瞬間、 「銀さん、あの人は今日来ないの?」 自分を見るなり客が寄ってきた。 「土方なら来てるけど」 「もう一人の方!」 高杉? 金時? ま、そりゃ、音楽より色事だよなァ。 思っていると、ママが涼しい顔でウーロン茶を出してくるので、半目を向けた。 ・・・こないだ飲み暴れたこと怒ってるわけね。 隣の酒へ伸ばした手をママにベシッとはたかれ、しかめた片目に、奥から出て来た土方が映る。 ママが灰皿を寄せた。 「土方くん。まだ時間あるから、ゆっくりしていいのよ」 「・・・ん」 そうして一番端っこで、水を飲んでる姿を見ていると、自分と同じように彼の方へぼんやり頬杖ついてる男にふと気づいた。 (・・・何こいつ) ついコンマ単位で監察する。黒いパーマ、くっきりしたまぶたで、足、長い。 なんかどっかで見たな 横目で見てるとそいつが、ぱちとこちらへ目を向ける。 「何か? あの子自体に興味ないよ俺。好みじゃないから」 「・・・そういう問題?」 「そういう問題以外の何があるの?」 「ねえの?」 「例え向こうが抱いてくれって言ってきても絶対無理」 「言わねーよ」 土方が伏し目から、皮肉な男を見据えた。シャツの一番上のボタンを締め、煙草をくわえる。 ・・・そういや、今の彼女と付き合う時も、土方に「好みじゃないのか」とか何とか聞かれたな。 考えてる横で、黒パーマが仲間に指をさされていた。 「銀さんちがうよこいつはね、倉庫の先輩が好きなんだよ。相手結婚してんのに」 「笑うなよ」 男がため息で頭を転がす。 「・・・あの人が、昨日嫁が、とか、子供がな、っていう顔、あ〜好きだなって思うよ。 ないからこそ惹かれるみたいなとこあんのかな」 土方の目が、リストから少しあがった。 「人それぞれじゃないの?」、とママが氷を置いた。 (・・・・・家族か。) 実感のない単語に、少し遠い目になる。 土方は煙を立ち昇らせながら、ぼんやり宙を眺めていた。それから、肩に羽織っていただけのジャケットを脱いでピアノの方へ向かう。 照明が灯り、土方がピアノの演奏を始めると、一瞬だけ客のみんなが黙った。 マイ・ファニー・バレンタイン。 何だか、ちょっと、寂しい音色。 土方は語らない。自分のことをあまり話さない。 でも何でだろうな。俺はいつも、お前のことが、ピアノの音でわかっちまうよ。 なのに ちゃんとした言葉で、目に見える行動で、なんにもしてやれないよ 「土方くん休ませた方がいいよ」 店に入ってきて、ちょっとの間土方を見た金時は簡単にそう言う。 突っ伏していた頭を少し上げ、息を吐いた。 「子供じゃねんだから。そんな風に思われんの、嫌がるんじゃねえあいつ」 「体のが大事」 「・・・・高杉ならどう言うだろな」 「あいつと比べないでくれる」 金時が見下ろす視線を、フンと無視する。 カウンターがピリとした空気になり、ママもただ見守ってるってのに、黒パーマの奴が口を開いた。 「修羅場? あの子ピアノ弾くより男相手にした方が儲かるんじゃない」 とたん、ガッシャーン、と他人事みたいな視界の景色で、グラスが散る。周りが静まりかえるのも、遠くてよく聞こえない。 「おい銀時」 左腕を引っ張られながらも、何でこんなにも血が熱くなるのか椅子から落ちた男を睨んだ。 「お前みてえなヤツに、あいつの努力とか苦しみを軽んじられたくねーんだけど」 「・・・うん銀時、土方くんはそれこそ努力とか人に知られんの嫌がると思うよ〜」 と言う金時に、ぽんと肩に手を置かれ、視界の色が急激に戻ってきた。 (・・・あれっ 俺、またやった?) 「ごめんねギター君、こいつ昔から短気で。ママ、コレ弁償代に当てて」 顔を両手で覆ってる横で、金時がてきぱきと喋る。 (・・・・・・うわやだもう、マジ帰りたい・・・てか、え、ギター君て誰) てか、え? ピアノは? はっと手が顔から離れる。 音・・・止まってない? ちょ、今、土方のことなんか絶対見れねーよ俺 「あっもう銀ちゃん!」 ママの呆れたような怒ってるような声を後ろに店を出た。 ああもう、頼むからさっきの姿は記憶のメモリから消しといて! (・・・あいつ、ほんと馬鹿だな・・・・) 白い鍵盤に乗せた指へ視線を戻す。 尋常じゃない物音につい演奏が止まって、見てみたらアレだ。 何があったのかは知らないが。 ったく、何言ってくれてんだ 静まりかえった店内で、しっかりと全部聞こえたぞ、馬鹿 弾く準備で、指を一度あげる。 それから、急に鼻がつんとして、思わずくちびるをちょっと噛んだ。 ・・・くそ 本当こないだから何やってんだよ、お前。俺のためみたいに見えるんだが、何なんだ 大事だって、言われてる気がする 間接的に ・・・・・・家族みたいに 「彼氏怒らせちゃったみたいでごめんね。皮肉がクセなんだよね」 えっ。休憩中、カウンターで、こめかみに氷を当ててる男が顔を傾けてきた。 「なかなかいないよ、あそこまで怒ってくれる人」 いや、彼氏じゃねーし・・・、 金時に目をやると、何故かカウンターに入ってグラスを磨きながらにっこり笑む。あんた何してんだそこで 似合いすぎだろ 「いいな〜銀時。俺もたまには一般人を青い感情だけで殴ってみたいよ〜俺にも皮肉言ってよ」 「もう勘弁」 男が笑う。それから俺をみた。 「毎回弾いてる曲あるよね」 「ん、ああ・・・」 他人としゃべることを迷ってる俺の視線を、金時はただ柔らかく受け止めた。 ・・・そんなに安心させるなよ。今日の昼から。こいつのそういうとこ、こういう時すごく沁みるな ため息が出て、額を支えた。 正直、最近の俺は疲れてる。・・・言わねーけど。甘えさせてると決して見せかけない、プライドに障らない自然な空気、 魅力の引力でも俺を引っ張って、素直に自分を寄りかからせるんだ。 ・・・高杉には見せたくない。坂田には見られたくない。 「早弾きもすごかったね」 「耳コピしてたの覚えてて。アレンジは俺が勝手に、」 「耳コピ? あの早いとこ?」 「あ、ああ」 急に人が割り込んで来て、振り返る。 「俺ピアノあんまわかんないけどさ。一人でいても流れてるから、すこしうれしいよ」 ぼう、と店内の景色が、視界に広がった。 ・・・純粋にピアノの話をこんなバーで聞くのは何かむずがゆい。 まいったな・・・・・変な感じだよ 「あ、土方くん笑った」 目をあげると金時がこちらをのぞきこんでいた。不意打ちの近さに、ドキリとする。 「そりゃ・・・俺だって笑う」 「いや、微妙に見たことない笑顔だったもん。よかった」 金時がすっと背中を見せた瞬間、無意識に手が伸びた。・・・あ 「どしたの?」 スーツの裾を掴んでる自分の右手。 「・・・どうもしてない」 「うそォ、じゃ何ーこの手」 意地悪くほんの少しだけ離れようとしたスーツにおもわず、ぎゅ、と力がこもる。 そこに、ゆっくり、手が重なった。 「・・・心配しないでよ。終わるまで居る」 その体温に息がつまった。 控えめな照明の下で金色の髪が揺れる。しゃらり、と艶の音がする。 アンタはいつもそうやって、上手く俺を惹きつけては、自然に俺の息抜きをする。 なあ、弱ってるんだ。 ・・・彼氏って。もし。もし、そう呼ばれるなら。 アンタじゃダメなのかなあ。 「・・・土方くん今何考えてる?」 金時は目を丸くして、手を急に強く握った。 「いやっ・・・」 「やだ、誤魔化さないで。言うまでこの手離さないよ」 そ、れは困る 「そんな目でここまで見惚れられたことなかったもん」 うわ、どんな顔してたんだ俺 「・・・・俺は、ただ・・・アンタといたら楽なのかな、とおもって」 「楽だよ。当たり前じゃん」 金時は胸の前で手を握ったまま言い切った。 いちいちのときめきと、素直に疲れた体を預けられる楽さ。確かにそれは金時にしかないけど。 けど。 ・・・どうしてだろう、それは幻にも似てると思うのは。 弱ってる時に。わかりやすい愛情へかたむくことが。 「・・・ねえ、土方くんにとって俺って特別?」 「・・・そりゃァ」 とっくにそうだ。じゃなきゃ何度も寝るわけない。だって、恋だと思った。 「へーお兄ちゃんの方は色気あるんだな」 「あら、金ちゃんがお兄ちゃんってよくわかったわね」 ママとさっきの男の会話。 ・・・お兄ちゃんか。坂田の兄貴。そうだよ・・・お前ってさ・・・ 金時の手のあったかさが流れ込んで、まぶたが重くなる。 目の乾きが痛い。暗闇。 あふれる。 「・・・なあ、金時・・・俺、たぶんちょっと、疲れてるんだ」 「うん」 「10分だけ。寝ていいかな・・・」 「うん」 そう答える声が、柔らかい。 本当に悪い。10分だけ。10分だけ寝たら。起きるから。 悪い。ちょっと疲れただけだから。 「安心して」 手の平が額をすべる。 (なあ、金時、アンタって、本当は、坂田・・・・) ん?、と優しい声が返ってくるのが遠く、全部は言えないまま眠りに落ちた。 「ママ、土方くん連れて帰るよ」 実は、薬で眠らせたんだけど。 「今のうちにそうしちゃって」 「ん、車取ってくるよ」 店裏に無理矢理車を突っ込んで、従業員室に入る。抱き上げた体は異常に軽い。体重、落ちた? 「それにしても金ちゃん。さっきの土方くんチャンスだったのに、押さなかったみたいだけど」 「そうお?」 首が折れてる土方くんの、深く寄った眉の皺を見下ろす。 「・・・寝てる間さ、悪い、悪いってずっと言うんだよ。誰に謝ってんのか知らないけど、バイトのことじゃあないよね。 まあ何にしても今は休ませるのが一番だし」 「・・・金ちゃん、優しいわよね」 「当たり前だよ。はは何急に?」 いつものように上手く笑ったつもりで、ママの顔は見れない。 後部座席に寝かせて、エンジンをかける。 マンションに着いて、下のインターホンを鳴らすと誰も出ない。銀時と高杉にかけた電話も出ない。・・・マジかおい。 駐車場に戻って、土方くんのポケットを探ると鍵が出てきて安心した。 後部座席のドアを開けて、運ぼうと伸ばした腕を弱く掴まれた。指先だけが皺を残す。 「・・・土方くん? 起きた?」 う、とだけ呻くその顔はまだ寝てる。・・・全く、さっきから可愛いことして (・・・しかし、あいつら、状況わかってんのかよ。) あいつらにもやり方があるにしろ、この状態を放ったらかしはないだろ。 知れずミラーを見ると、鏡の中の両目は淡泊に光ってる感じ。客観的に見ながら、左手の時計を振った。 例え、相手が高杉だろうが関係ねーな 場合によっちゃ、コレ、俺、キレるぜ。 → ← |