・・・・なんだか、車の揺れ。 「いーや、高杉が『責任』なんて概念を持ってるとは思えないね」 金時の声。 「色々あんだよ、そりゃあいつにだって・・・」 ん、自分のすぐ左側から、坂田の・・・・・・・・・・・・・・・ (・・・・・・・・・・・・・・・・はっ) 目を開いて起きかけると、体に異常な鈍痛が走った。 「つぅ」 と、噛み殺したにも関わらずもれた自分のうめきに気づいて、2人がばっと顔を向ける。 え。 視界はセンティアの中だ。後部座席に寝かされていて、すぐそこに坂田の膝がある。いや金時はこっち見るな、それ運転席だろ、危ない。 「そりゃァ痛いよねえー、あんなとこから落ちればさあ? その痛みもっとよく味わってみれば」 「金時!」 突然持ち手を握った坂田の非難と同時に、車が急カーブした。 ガツンと窓で打った以上に痛む腕。そこに注射後みたいなシールを見つけながら、あれ、と思う。 俺、何してたんだっけ? バー。ピアノ。 それから、はしごの景色が蘇る。・・・・・・・あ、そうだ。・・・・そうか・・・・・・・・・ そんで、気づいたら、病院で・・・・・・・・点滴を・・・・・・・・・・・・・・・・・あ そうだ、高杉は? 救急病院で土方の点滴が終わったのは、さかのぼって昨夜の11時だった。 通話口のママに向かって、「はー・・・無事だよ、だいじょうぶ」という自分の言葉に、安心した。 そうしてすこし、ほっとしてしまったら。その奥から遅れてふっとわきあがってくる何かの感情。 (・・・・・何だ?) 院内に戻って、土方をさえぎっているカーテンを見る。 全身をつつむ、よかった、という強い思いと、まだすこし残ってる不安。 それをぜんぶひっくるめて、うずくまりたいほどの何かの気持ち。アレ、なんだこれ。 「あ、高杉」 カーテンの向こうから出てきた高杉に、空気がちょっと浮いた。サンダルだ。お前も急いで来たんだな・・・ 「話聞こえたけど、土方、起きたの?・・・・・」 そのまま自分たちを横切って、さっさと出口へと歩いて行く後ろ姿に、「え、おい」と宙に手が残る。 みんな気になってるんだから、一言くらい返事しろよ。 ちょっと呆れかけてから、 こちらへ目もくれず去って行こうとするその背中に坂田は、ふと目を細めた。 「高杉?」 それは、長年一緒に居た勘だとしか、いいようがない。 いつもの足音、いつもの雰囲気に、すこしだけ。 苛立ってる訳でも、落ち込んでる訳でもない、妙な空気。 ・・・・あれ、ちょっと変だ。高杉が、なんか、おかしい。 「ちょ金時、土方頼んだ!」 「言われなくてもー」、と足を組んだまま返ってくる金時の声を後ろに廊下を出る。もう、まだ土方の顔もみてないってのに! 駐車場まで追いかけてく間、一度も振り向かなかった高杉がシーマに乗り込む。 そりゃ確かに、自分はたまたま送ってもらえただけで、高杉は己の車の運転が必要だけど。 「おい、ちょっと待てそこで待て高杉!」 と、踏み出した靴先すれすれを、シーマはアクション映画ばりのスピードで通り過ぎて行った。 その轟音と風に、3秒ほど、ぼう然とする。 (・・・・あっ・・・いつは一体!) そこから、全く連絡がつかない。すぐに電話した時はコール音がしていたのに、かけ直すまでのわずかの間に、電源を切られた。 「なんなんだよあいつ・・・・・・・え、土方別に大丈夫だよね?」 頭をかきながら戻ってきた自分に、金時は、「憎たらしいくらいぐっすり」とカーテンを開けた先で土方の寝顔をのぞきこんでいた。・・・・・・だよな。 医者は「だから眠ってるだけで心配ない。必要なら起こせばいい」を繰り返したが、無理に起こせるはずもなく土方を金時の車に積んだ。 「金時、お前、もっと力入れて持てよ! いや、必要以上に力入れんじゃねえ!」 「どっちよ!」 真剣に怒鳴り合いながら、土方を後部座席に寝かせて、はあ、と窓に手をつく。 にしても、高杉のヤツ、どうしたんだろ 「そんなことより、病院調べるから、土方くんみてて。はー連休だし難しいな・・・」 金時が携帯や鍵を出して立てる音の、急な現実感。 静かな夜の駐車場。 ・・・・ゆっくり、外からガラス越しに見下ろした土方は、のん気に座席に転がって。 「・・・・・・」、ずる、と頭が窓をすべった。 ・・・あの時、高杉に話していた、カーテンの向こう。 『巻き込むんじゃねーかと思ったら』、って、土方は確かに、そう言った。 そうじゃなかったら、どうしたんだ。 自分の気持ちを勝手に置いて行かれるような、そうなったら取り返しのつかないような焦りで穴があきそう。 ・・・もし、最悪の事態になっていたら、帰ってくる以前の、問題だ。 「・・・・・・・・バッカ土方」 落ちたって聞いた時は。救急車って言われた時は。呼吸が一生止まったままかと思ったよ。 ・・・とにかく、無事で。 ほんとうに、よかった。人生の幸運をぜんぶお前にやってもいい。 車に乗り込み、土方の手に触れる。・・・ちゃんと間接で曲がる5本。 「・・・・・指も。無事でよかったな」 (・・・・・・あったかい) 体温以上に、生きてる存在そのものが。自分の中であふれそう。 ・・・なんだろ、これ。 だって今日ほどこの体が愛しいと思ったことはない。 「・・・・息してる?」 金時が運転席に入り、神妙な目線をミラー越しによこす。 「ッしてるに決まってんだろ! 何言うんだ」 「いや、銀時が」 はた、とまばたきをして、自分の肺あたりに手を当てる。 「え、してる」 「そんなバカ正直な答え求めてない。でもまあ、思ったより落ち着いてるみたいでよかった」 その言葉に、鏡へ目をあげた。 別に・・・俺は。深い海みたいに渦まく、不安。混乱、後悔。 その中をぐるぐる回って打ちのめされそうになるより先に、何よりも、 無事でよかったという安心の方がずっと勝ってる。 手遅れを取り返せる余地が、ギリギリ、残っていて。 助かった、とも、思ってる。 「・・・・・」 ・・・・金時がついててこうなったんだから、あれこれ悔やんでも仕方がない。 高杉だって今までどんな危ないことをしでかしてきたか。 「・・・・大丈夫。後は今後次第だよ」 「こういう時、強いよねお前は」 金時がすこしだけ笑った。 ・・・そうだな、そうかも。だって、俺は、待つって、約束した。 マンションの駐車場まで帰ってくると、金時に、「土方起こすなよ! ちゃんとみてろよ!」、と散々言いつけ、一度家に戻った。 「薄情だね、お前」 金時が言う。 (なんでだよ。) 高杉にも今、何かが起きてる。何かは、わかんないけど・・・俺でも心底参るようなあんな後だからこそ、一人で放っておけない。 ・・・・なんていうか。 ・・・そうでありながら、俺も不思議なんだけど。今の自分には、静かな力強さが宿ってる感じ。今なら、何だってできそう。 それは、大事なものを失いかけたからかもしれないし、 今、土方も高杉も揺れている状態であるからこその責任感かもしれない。 まあ、土方には、幸い、お前がついてる。こういう時には頼れるヤツだって、認めて、やるよ。 「高杉、いねえの?」 エレベーターから廊下を走って、家に入ると、明かりが一切ない。 部屋にもリビングにも気配がない。 (・・・・どこ行っちゃったんだよ) 隅々まで探してる途中、風呂場に人影が見えて、悲鳴をのみ込んだ。 「たッ高杉?」 電気を点けたら、高杉が、湯も張ってない浴槽の中でしゃがんで、肘をついていた。 のけぞった体勢をなおし、ほっとしてから。 首を傾け、その変な図を、ちょっと見つめた。 「・・・・もしかして、ある一定以上の何かがあったら、ここにこもるの、癖だったり、する?」 「・・・別に」 「どうしたんだよ」 「・・・・別に」 珍しく口ごもった答え方をする高杉の頭に、手の平をぽんと置く。 振り払われないのでそうしていたら、いい加減少し頭をふられた。 「責任感じてたのは、お前の方?」 「責任?」 違うか。 「あのさ、土方、はっきり礼言ってたじゃん」 「うるせえな」 「土方のした事が気になる?」 「んなもん面倒みてられねえ」 「つーか、面倒みたことが一回でもあったっけ」 浴槽の隣で同じようにしゃがんだ自分を、高杉がわずかにだけ見る。 一度開いて、閉じる口。考えが宙に浮いてるよう。 何かに、すごく、とまどっている。 俺には、それが伝わってくる。 (とまどうっつったって、高杉だし・・・・・・・・・そうだな、俺だったら・・・・・) 俺だったら? 考えてポケットから出した煙草が、くわえた口から思わず、ぽろっと膝に落ちた。 まさか 「まさか。本当に土方のことで、気持ち的に何かあった?」 高杉の口が間をためて開き、瞳だけがそれて前を向いた。 「うっそ」 最大にぽかんと開いた目で見た先の高杉は、俺の煙草を奪い取る。 ・・・てか。 お前、己の新感覚にびっくりしたからって。車で暴走して、暗闇にこもる意味がわかんねえよ。 高杉のことだから、それがどんな気持ちの揺れなのか、さっぱり見当つかねーし。 (・・・・・こんな状態で、これからどうする気だこいつ。また何かやらかすんじゃないだろな) 「朝になったら、土方、病院につれてくんだけど。お前は?」 「・・・行かねえ」 高杉は、浴槽の縁の一点を、やけに、じっと見つめたまま、言った。 「心配じゃねえの」 聞いてみたのに、その視線は、もう俺がいることも忘れたように、ぴくともしなかった。 そうして浴槽に沈んでいる光景は、一人きりで、ボートか何かに座っているみたいだった。 その進行方向を、高杉はいつも、一人で決めてしまうから、周りが見失うんだけどなあ・・・ 髪をかきながら、金時の車に戻る。 土方は、まだ目を覚まさない。 (・・・・おい、土方。高杉にちょっと、変化がきてるよ。なあ。人生投げてる場合じゃ、ねーぜ) その頭を膝に置きながら、金時には言わないでおこう、とミラーを見た。 朝8時に、センティアは70キロのスピード違反で病院へ向かった。 「色々あんだよ、そりゃあいつにだって・・・」と、高杉についてしゃべっていたら、突然、土方が、「つぅ」と声を出した。 このタイミング。 「金時よせって!」、叫びながら、つい、がしっと土方の腰が落ちないよう押さえている腕に力をこめて、その顔を見る。 「土方。・・・起きた、の?」 猛スピードで飛ばしている車の後部座席、自分の膝に乗せている土方の、目が、開く。 おそるおそる覗きこんだら、土方の目線がさまよい、こちらをとらえる。 その瞳に俺が映って、 「・・・・・坂田」 閉じていたくちびるが動いた。 「・・・・・土方、お前」 「・・・何」 「・・・何じゃねえよ、何落ちてんだバカ」 何が、坂田、だ。マジでびっくりしたんだぞ。口には出せない悔しさと安心感で、喉が痛い。 「坂田、痛え」 うるせえ、耐えろ。 お前がのんびり意識を飛ばしてた間、こっちは必死に起きてたんだ。それから、土方の肩から見える痣に目を落とす。 「どこが痛む?」 「・・・・・・・・・お前が掴んでる髪」 「それ以外だよ」 「・・・・・・・あちこち・・・・」 「てめー、病院じゃそんなはぐらかし方、通用しねーからな」 無意識に、何度も唾をのむ声になった。くそ、悔しい。 「そうだよついでに全部診てもらって。しかし開く時間に間に合うかなーやっぱ混んでるよ」 金時が人差し指でとんとんとハンドルを叩く。 「車間あけろよ・・・・」 言いながら何となくつんとする鼻の頭に拳をあてて、横目で土方を眺める。 泥の跡から、想像してしまう光景。 脳内で、夜風に吹く土方の髪。そのまま失ってしまうかもしれなかったもの。 ・・・・・・・ほんとに・・・・ ・・・・・・来た時から知ってたけど、お前って心臓に悪いヤツ。 窓からの光に、まぶたを薄めた。 今はただ、土方の、不器用な体がいとおしくって、 今、手の中にあるものが、ひどく、もろくて。たまらなくて。 愛しいとは確かに認めたんだけど。それすらを通り越して。 失う、という怖さで無駄を取っ払われたまっさらさの中、根っこの感情に何かが触れそう。 (なんだろ・・・すごく、胸、痛い) → ← |