「へえ、お前らまた新しいの連れこんだの? 男って、俺よりいい男?」 金時が耳たぶのピアスを引っ張りながら、甘ったるく笑った。 「弟にんな顔すんなよ、気色悪い〜」 はいはい、と言って金時がハンドルを傾ける。 金時の愛車はマツダのセンティアだ。高級車だが、どこか古びた感じがいいらしい。 SAABのカブリオレも持っている。こっちは女受けするのでもっぱら女性専用だ。 そういや、自分のクライスラーを見てる時、土方はすこし目に光を持っていた。 一目見ただけで、種類を当てたと言う。 車に興味があるのかもしれない。 考えて、(あ、どうでもいいじゃんかよ)、眉に皺を寄せた。 「あいつに色気があんのは認めるけどよー。男前だし。けど、別に高杉が気に入るほどの奴でもねえよ」 窓に頬杖をついて、過ぎ行く景色をけっと睨みつける。金時の笑う気配がする。 そう、別にそこまでの男じゃない。 確かに、何かゆらゆらとしている体や仕草に、勝手に視線を追いかけさせられる。 目鼻立ちも整った様をしていて、目元なんか女のアイライン顔負けの綺麗な色を持っている。 だけど、そんなものは、飽きてしまえばすぐ終わりだ。 人形と一緒。 高杉が飽きてしまえば、今までの奴らと同じでただ放り出すだけだ。 『手ェ出すなよ』 ・・・・くそ。 ただの会話の流れとはいえ牽制された。 風呂場であんなに長々と相手してやったことなんか一度もなかったくせに。 起きてこない高杉の部屋をのぞいたら、一緒に寝ていて驚いた。執着を見せてる。 描くのをやめ、普通の大学に行き始めて、何にでも淡白だったあいつが。 一体、あいつが何持ってるっていうんだよ。 気に入らない。 早く飽きろよ、高杉。 念じるように景色に視線を送っていると、ブレーキを踏んで金時が口を開いた。 「お前がそんだけ気になるのも珍しいな。俺も見たいなァ〜なあ見せて〜」 甘えるみたいな声を鬱陶しく聞いていると、うちのマンションの前に立っている人影がある。 げえ、と思った。土方だ。 高杉とは、これから図書館まで金時の車で拾って送ってく約束をしていた。 お前は、何やってんだよ。 「えっ、あの子?」 金時が喜々として、身を乗り出しドアを開けた。 土方が気づき、びっくりして目を見開いている。・・・ふん、そうしてると可愛い。顔だけは。 「どうも、うちの弟がオセワになってます〜金時って言います。あ、コレ名刺」 「・・・アホの兄貴?」 「そうそ。でも君ほんと綺麗だね、予想以上で今ほんとびっくりしてる俺。名前何ての?」 「・・・・・・・土方」 「土方くん? うわ、いい響き。ねえ、もっ回呼んでみてい?」 とうとう土方がぞわわと鳥肌を立てたのがわかって、笑ってやった。 「・・・あのよ、俺は高杉にこの本借りて来いって、アホに言えって言われたんだけど」 「はァ?!」 窓を開けて会話を聞いていた坂田は声をあげた。 「いっ・・きなりうるせーな!」 「何でだよ!」 「知るかよ! これメモ!」 相手が大声だから、ついお互い大声になる。 「っはーあいっつはもー・・・・」 窓越しにメモをひったくって、椅子にどすんと背中を預けた。 「まー高杉って天才気質っていうか、変人っていうか、ハタから見れば結構ひどい男だよね」 おい、いきなり何言い出すんだ。 メモに目を落としていた坂田は、窓から自分の兄を見上げた。 「ほらこうやって気まぐれで人のこと振り回しちゃうし。自分の気分でしか動かないんだよアレは。ってことは、 気分で土方くんに酷くすることもあるだろうし、他の子に行くこともあるだろうし、そうやって裏切られることも絶対にあるよ」 だけど信じてあげてね、なんて言うタマじゃない。 坂田は、呆れてもうフロントガラスの向こうを遠い目で見つめた。 「でも、俺なら絶対そういうことしない。好きな子すんごく大事にする。もちろん職業柄、優先しなきゃいけないことはたくさんあるけど。 とろけるくらい可愛がるよ、俺ならね」 名刺を渡しながらさりげなく手に触れる金時に、土方が口を開いた。 「あ、へえ」 この時ばかりは、坂田は土方にガッツポーズを送りたくなった。 あんな返答をされたにも関わらず、ハンドルを握る金時は笑みを浮かべていた。 「何、いきなり口説いてんだよ」 「ええ? 売り込みに決まってんじゃん。あの子さ、気は強いかもしんないけど、振り回されるタイプだね。 元々持ってた強い芯が、今はちょっと曲がってるみたいじゃない? いつの間にか相手のいいように流されてくんだよ。扱いやすいよ、ああいう子は」 兄の一発人間分析はよく当たる。しかし、今んとこ振り回されてんのはどっちかというと俺なんだが。 金時がチラとこちらを見た。 「その気になれば、お前にだって落とせるよ」 「はいー何で俺が」 「お前が気に入らないのって、あの子自身? それとも、高杉のっていう事実?」 「生活かき乱されてるからに決まってんだろ! アホ言ってんじゃねー、バカ兄貴」 うっすら浮かべられた笑みは、すこしこわい。 昔から弟思いでよくはしてもらってきたけれど、こういう一面のことは俺もたぶん詳しく知らない。 ホストの元締めも中国マフィアだし。 高杉は、確かに金時の言ったとおりの男だ。だけど、悪気はない。それが魅力だ。 自分は、ひどくて天邪鬼で子供っぽいとこもあるけど、根はいい奴なんだ、とみんなに必ず言われる。 一番読めなくて、タチが悪いのは、金時だ。 「でも、顔もスタイルも好みだし、何より楽しそうなのが一番いいな」 「楽しそうって、何が」 「関係のもつれ合いが」 坂田は瞬時に、隣の男を殴ろうとしたが器用に避けられた。 「ほんの冗談じゃん」 「その冗談を本当にやるだろ、てめーは!」 「何言ってんの。俺だって仕事忙しいんだからさ」 ぐ、と黙ったが坂田は心のうちでは心底警戒した。もう二度とこいつを土方に会わせてはいけない。 高杉の土方のためだ。高杉の、土方の。土方なんかどうとでもなればいい。けど、高杉の土方のためだ。 ああああくそややこしい。 あいつ、本っ当、早く出てってほしい。 高杉が急に図書館行きをやめたのは、子猫のせいだ。 土方が見つけた。尻尾が途中で曲がっている奇形で、コンビニ帰りの自分に一定の距離をとりながらも、ヨロヨロと着いてくる。 ついゆっくり歩いていた土方は、マンション前で立ち止まった。 「あのよ、俺こっから入って帰るから。てめーは他んとこ行け」 しゃがみ込んで話しかけてみるが、猫に通じるわけがない。 どちらかというと、土方は動物に嫌われるタイプだ。自分だって、嫌いだ。 「何やってんだ」 ふいに後ろから高杉の声がかかる。 「道に迷ってんのかと思ったぜ」 高杉が、近づいてきてその動物に気づいた。まん丸の黄色い瞳を見て、こちらを見る。 「子猫かよ。欲しいのか?」 「いや、違うがよ・・・」 言いよどんでいる間に、高杉は子猫をひょいと抱え上げた。ブチの柄が青いシャツと妙にマッチする。 「そいつ、きっとすぐ死ぬだろ」 「かもな」 「・・・・・・」 黙っているこちらを、高杉は貧弱すぎる子猫を抱きかかえたまま振り返る。 「・・・まァ、わかんねェけど。俺は生きてるしな」 急にそう言って立ち上がったのは土方だった。会話の流れを読めずに高杉が眉を寄せる。 先立って歩いていく土方の背中を見て、高杉は「変な奴だな」と無意識に子猫に話しかけながら続いた。 「猫がよ、死ぬ前に姿を消すのって、弱ってる所を天敵に見つからねェためって本当かな」 土方が、タオルケットをかぶせながら呟くように言う。 「だから、別に看取られたくないわけじゃねェんじゃねーかな」 「かもな」 「アンタ、かもなばっかり」 タオル越しの小さな存在。 すこしの水は飲んだ。けれど、買ってきた缶詰は咀嚼できない。 高杉はこれまた買ってきた本通り、流動の飯を作るため台所に立っていた。 坂田が5冊も本を持って帰って来て、目にしたのはそんな不思議な光景だった。 しかも、その内2冊が重たい美術書だった。最近の高杉がそれを借りたがるのは珍しい。 そういうことも聞こうと思ってたのに、今度は、何、ソレ。 「はーん子猫ねえ。気味悪いんだよな、猫ってあの目とか動きがさ。俺断然犬の方が好きー」 そんなことをのん気に口にして、高杉に蹴られ、土方にティッシュ箱を投げられた。 疎外感を持って一番の年上である自分はソファーに寝転がって、仕方ないので雑誌を読んだ。 「あ、今食った」 「後で吐くんじゃねェか。あんまりやるなよ」 「どれくらいが適量なんだよ」 そんな会話が聞こえてくる。自分の、参加できない。 ・・・畜生、子猫まで拾ってきやがって。何この、のけ者感。 とことんいけ好かないヤツだ、この4つも下のクソガキは。 俺は図書館まで行って、重てェ本を高杉の為に借りて帰って来たってのに。 顔に読んでいたそれを乗せて、フテ寝する。 「おい、アホ天パそこ邪魔。こいつ寝かせるんだよ」 足蹴にされて、落とされた。 (・・・・間違いない、振り回されてんのは、この俺だ) 絶対、追い出してやる。 「・・・・・う・・・」 夜中に目が覚めて、一分ほどじっとしていたが眠れなくなってしまった。 くそう、これもどうやって土方を追い出そうか、と普段使わない頭を使ったせいだ。 もうぜんぶ土方のせいだ。 「うー・・・・・・」 水を飲みにリビングのドアを開けると、その諸悪の根源がテーブルで頬杖をついている後姿があった。 ジャズのCDがステレオから漏れている。チック・コリアのピアノだ。 「The Loop」。その名の通り何回も聞いてるみたいだった。 ふん、19のガキが、知ってんのかよ。 自分も、高杉のせいで勝手に詳しくなっただけだけど。 ソファーから落とされた仕返しに止めてやろうか、と睨みつけて、ふと目を移した。 「・・・・・」 テーブルの上で土方の片手の5本指がわずかに動いている。 曲調に合わせるように。覚えるように。 ななめ後ろからなので表情は見えないが、澄んだ集中力が空気でわかる。 小さな窓から入る、すこしの月明かり。 曲がリピートされている暗いリビングに浮き立つ土方の背中、この周りの雰囲気。 何にも受け入れずに、ひどくそれだけに没頭している。 孤独。 そんな言葉が浮かんだ。 何だか、圧倒されて踏み入れることができなかった。静かに自分の部屋に帰る。 ベッドに寝転がると、高校の頃をすこし思い出した。 赤いコートに走る白い線のトラック。前に前にと走る足。ただただ速く。もっと速く。 つきつめればつきつめるほど、精神の世界にのめり込んでいく。 そこには自分しかいない。競争相手が居ても、一人だ。自分との戦いだ。 高杉が絵を描いていた頃も、そういう空気を漂わせていた。 物音も、俺のことも、酸素の存在も全てを忘れたように、芸術を通した己の世界に浸りこんで。 土方も、それを持ってるのか。 「・・・・・・・ふっうーん、意外ィ・・・」 一人つぶやいてみて、目を閉じた。高杉はそれを知ってたのかもしれない。 まぶたの裏に浮かんでくるのは、さっきのリビングの光景だ。 ああもうまったくちゃんと眠れもしない。土方のせいで。どうしてくれようか・・・・ ・・・ちっくしょう、とりあえず、マヨネーズだ。捨ててやる。全部捨ててやる。全部だぞ! 坂田はその晩、ベッドでうつ伏せになったまま、ささいな嫌がらせに固く拳を握った。 → ← |