焦げ溶けてしまった玉葱の甘味が、とろとろとカレーを包んで絶妙なハーモニーを作っている。
我ながらうまい具合にできてしまったものだ、と土方は思った。
「俺、天才なんじゃねェのか」
「焦がしただけだろォ、コレ! つーか朝からカレーって何ィ?!」
「もう昼だバカ。でも、美味いだろ?」
「・・・・俺が作ったバターケーキには敵わねェよ!」
素直じゃない。しっかりスプーンを運んでいる坂田を横目で睨んで、高杉を見る。
「なァ高杉、美味いよな、コレ?」
「・・・・・・」
高杉は口を動かしているだけで何も言わない。・・・何だよ、土方はマヨネーズと混ざったそれにスプーンを乱暴に突っ込んだ。 坂田が、うわあ、と表情を歪めてその様子を見てから、高杉をスプーンの柄で指す。
「こいつは辛口なんだよ」
「味か、批評か」
「どっちの意味でも〜」
「言ってくれれば、味だけはそうしたよ」
「果たして、できたかどうか!」
「じゃーてめェはもう食うな。さっきから文句ばっか言って」
「どこの母ちゃんん?」
「うるさい」
高杉がふっと目をあげる。
「スネてんのか?」
な、違う。そんなことない。ただ、こんなに美味くできたのに一言くらいなんかあってもいいんじゃねェのか。 坂田は別にどうでもいい。せめて、高杉くらいは。 ただでさえ料理ができないこの俺がここまでやったのに。すごい快挙だぞコレ。
まぶたを薄めて、もう一度カレーを口に運んでみる。
「あ、美味い」
「自分で言ってるよこいつ。半分マヨネーズじゃねーかソレ」
土方は無視した。食事が終わっても長い間、二人のことを無視していた。高杉が呼ぼうと返事しない。
完全にスネている。
そして、煙草とライターだけ持って、マンションから出て行った。


「・・・なァ、あれって、マジで出てったの」
「知らねェ」
高杉は、無視されたことが気に入らなかったのか、不機嫌な顔で肘をついていた。
「カレーごときで・・・・・」
焦がされた鍋を見る。ずいぶん実ごと剥かれた後のじゃがいもの皮が生ゴミ袋に入っている。
料理はろくにできねェぜ、と言っていた。これでも彼なりに頑張ったのかもしれない。
そういえば、今日はうちに来て初めてきちんと土方が飯を作った。
これまで、出されたものだけを食ってたのに。
「お前、探しに行けよ。いや、せいせいしてるけどさ、俺は」
高杉は、ふーんと鼻から息だけついた。
「誰が、あのマヨ処理すんだよ・・・」
それから、二人とも無言だった。



「辛口って何だよ、辛口ってよ」
土方は、駅前の広場で煙草を吸いながら、一人ごちた。
坂田が天邪鬼なのは、よくわかってる。けど、高杉はどこか偏屈な気がするが正直だ。自分の感性に関わることには。
味だってたぶん例外じゃない。 本当に口に合わなかったんだろう。あんなささいなことでさえ、言えないのだ。そうだ、と、感じなければ。
「・・・フ」
笑みがもれてしまうのが自分でわかる。
あ、何か降ってきそうだ。頭の中に、音が。高杉の感性はいつもそうして自分を刺激する。
それから、無性に襲いたくなる。思っていると、 ちょうどその時目が合った通行人にけげんな顔をされ、何見てんだコラ、と睨んだ。いい迷惑である。
「どこのチンピラかと思った。でもその顔も好き」
急に耳元に声が降って来て、思わず反り返った。
坂田のそれに似ているが、それよりもうちょっと低くて甘い。いきなり何だ。耳を押さえながら後ろを振り返ると、まぶしいほどの金髪がある。
「遠目からでもすぐわかったよ、すっごく目ェひく土方くん」
「・・・・・・」
「ほら、みんな見てる、あ、何でそんな顔すんの。覚えてない? 金時だけど」
立ち上がって離れようとするこちらに横から体を傾けて、ついてくる。みんなが見てんのはお前のせいだよ、お前の。
坂田の兄貴の、金時。
しっかり、覚えていた。
何せホストには嫌な思い出がある。
「そんな目で見てェ。可愛いけど。ホスト嫌い?」
「ああ嫌いだよ」
「なんで? 付き合ってたとか?」
「泊めてもらってたんだよ」
「へえ、そうなんだ。何かされた?」
「そいつのダチに、ヤっていい、つって勝手に投げられて、俺金髪好きじゃねェのに」
何より、そいつに入れ込んでた女に顔面を引っかかれた。 アレは痛かった。女の思い込みと爪はすごい、と辞書に刻まれた瞬間だ。
チラ、とその好みじゃない金髪に目をやる。・・・無視していればいいものを、何でこんなにも喋ってるんだ俺は。 過去なんかめったに話さない。それを、よく知りもしないこの男に。
「そっか。好きだった?」
「・・・一瞬」
金時の声が勝手に聞き出す。
「2秒くらい」
「はは、短い。俺が聞いてきた中で最短だよ」
声と表情の作り出す包み込むような空気が喉奥から引っ張り出すのだ。決して、あつかましくなく、すごく興味がある風でもなく、けど、 優しく、『話して』、と甘えて、こちらにも甘えさせる空気。
・・・くそ、何か腹立つ。
腹立つけど、こいつなら。
立ち止まって、初めて金時の両目を見る。
「お前、カレー好き?」
どうしても、こだわる土方だった。


マンションのオートロックはちょうど住人が入って行く後で、押さずにすんだ。
部屋のドアを開けると、ガタッ、とリビングで玄関まで聞こえる音がする。
それから、くぐもったちょっとした会話。
なんで、こんな妙な雰囲気をしてるんだこの家は。何かあったんだろうか。
何故か、驚いてるような、怒ってるような、複雑な表情をした坂田が顔を出した。
「ひじか・・・・・・あっ?! おっ・・ま、何で来てんだよ!」
「俺のカレー食べてぇ、って誘われたのー」
後ろから金時が自然と肩に手を置いてくる。
「そうは言ってねェ」
パシッとそれを払って靴を脱ぐと、上目遣いで見上げてきた。
「そんな冷たいとこも好き」
彼女かお前は。
リビングでは高杉がソファーに寝ていた。顔に本が開いてかぶさっている。細い腰。
・・・・・あー噛み付きてェ・・・・・が、今はカレーだ。
さっそく席についた金時は、坂田に来たことを怒られながらも、綺麗に流していた。
「うわ、すげー美味ェ」
金時の素の声を聞いた。
向かいでまばたきすると、にっこり笑んでくる。
「すごく甘味が出てるね。何コレ、どうやって作ったの?」
「いや、玉葱焦がしちまって、それが、何か、そういう風になっただけだ」
「へえーマジ美味いよコレ。俺、餌付けされそ」
「別に、今回だけだよ、上手くいったのは」
いざ、素直にそんなこと言われると、しどろもどろになる。
俺天才とか言ってたくせに、とかはさんでくる坂田は無視だ。だいたいお前は何をそんなにスネた口聞くんだ。 しかも、そのくせ、警戒した犬みたいな目で金時を見ている。
「土方くん、水ついで〜」
「甘えてんじゃねーいくつだてめェは! 自分でつげ! そして帰れ!」
坂田が、ドン、とピッチャーを机に置く。
とにかく、これでやっと満足した。ふーさっぱりだぜ。
「おい、高杉ィ」
ソファーの肘掛けに腰をおろして、低い声で呼びながら、本をのける。まぶたを開いた高杉は、またすぐに閉じた。どうも機嫌悪そうだ。
「何だよ、無視したこと怒ってんのか? 悪かったよ」
上半身を屈めて耳元に唇を落としながら、その髪の毛に手を差し入れる。するりとした感触が心地いい。ゆっくり前髪を噛んだ。
「・・・・土方くん、ネコって踏んでたんだけどな。でもあの誘う感じでタチってこともないよね。フフン、まァどっちでもこの俺には関係ないけど」
「そうだ、それはお前に本当の意味でまっ・・たく関係ない! わかったら早く帰れ!」
「はいはい。しっかし、アレだな、どうせ美味いの一言も言ってやれなかったんだろーお前。昔、Fカップの彼女とそれが元で別れてたじゃん。あれ、Gだっけ」
「バ、それも関係ねー!」
「だらしねーなァ〜俺ならなァ〜」
名残惜しそうな金時の声と、坂田の足音が遠のいていく。坂田はまだ何か叫ぶように反論していた。
ガチャン、と玄関でドアが鳴るのを聞いて、滑らかな肌に歯を立てる。
本格的に馬乗りになってベルトに手をかけたのを、掴まれた。
「・・・・高杉、今日は、絶対ェ、譲らねー」
首筋を辿って、耳裏を舐めあげると、かすかに反応する。
「へえ、お前、ココ、弱いのか?」
笑うと、呆れたような息が吐かれた。
「・・・・・・あのな」
「何だよ、言えよ。お前のいいとこどこでもしてやるよ」
「ふーん、じゃあよォ・・・」



坂田が、金時を駅まで送ってすこし話し込みスーパーに寄ってから帰ってくると、ものすごく不機嫌なオーラで床にうつぶせになっている土方がいた。
両手を額の下に敷いて、まるで泣いてるみたいにみえる。
「・・・また、無理だったわけ? もう、諦めたら?」
「・・・・・・・・何でなんだ・・・・・」
土方が掠れた声で呟く。
「最後は自分で、もういいから欲しい、っつっただろ」
テーブルの上で灰皿を煙草の先でたたいた高杉が、喉奥で笑った。
「俺はいいのか?ってちゃんと聞いたぜ」
ガン、と土方が心底悔しそうに頭を床に打ち付けた。
言ったんじゃなくて、言わされたんだろうな、と思う。
一度こうと決めたら誰に止められても最後まで突っ走りそうな土方を、そう言わせるまで快楽で追い詰められる高杉はすごい。まァ、俺にも自信あるけど。
何にしても高杉が満足そうでやれやれだった。これは相当意地悪いことをして楽しんだとみた。
土方も帰ってきて、真っ先に欲のある目で高杉を見ていたし。

それにしても、変な二人。

どちらも、愛しい、という惚けた目なんか一度もしやしない。
恋愛感情なんかじゃない、と土方が言っていたアレはきっと本当だ。
時に獣みたいに、時に相手の体の奥にあるものを引きずり出したそうに、そうすることで自分の何かを確かめたそうにしている。
自分の感性のようなものを。
昼間は内心土方が突然いなくなったことに、ちょっと、焦った。帰ってきて、どこかで、ほっとした。別に、それはただ、俺がまだやってないからだ。
けど、あのカレーは甘口の自分には本当に美味かった、と思う。

「・・・・・なァ、高杉。俺の部屋に花札置いてあったよな。アレで勝負しねェ?」
「ああ?」
「負けた方が、何でも言うこと聞くってどうだよ」
土方は出方を変えている。
「いいぜ」
躊躇もなく返ってきた言葉に、すこし驚いているようだったが、がばり起き上がると部屋からすぐ花札を取ってきた。
土方は勝負強い。麻雀なんか結構強い。そこには自信があった。
ただ高杉の得体の知れない勘を知らない。
「何でも言うこと聞くんだよなァ、土方」
「・・・・・・・」
「じっくり考えとくぜ」
坂田には高杉がすぐに了承したことでもう勝負の行方は大半わかっていた。
高杉が、今日は出る、と口に出して言う日には、本当にあいつの座った台で当たりがくる。
「・・・・寝てる間に縛ってやる。せいぜい気をつけろよ・・・」
低い声で唸るように土方が言った。ここまでくると、もうただの意地だった。
・・・同じくらい、俺もお前をしたいってこと、わかってんだろうか。今日の、やる前に出てってしまった、という焦りがあったことも大きい。
もう、我慢の限界はそこまできている。
坂田は自分の分のココアを淹れながら、「だって五光って何だよ、五光って! あんまりだろォがァ!」と札を蹴り散らしている土方を、 欲情のまぶたの下からため息とともに見た。