土方の部屋にベッドとコーヒーテーブルと灰皿がきた。 一気に人の部屋らしくなった。 「あーあー、あいつ、ついにやっちゃったよ・・・」 カレー事件のせいだ。 高杉が問答無用で、土方がいつでも帰ってこれる部屋を作ってしまった。 とうとう土方の場所というものがうちにできてしまったみたいで坂田は内心複雑だったが、土方はそのことにもっと複雑そうだった。 「何ィ、趣味悪いとか贅沢なことぬかすんじゃないでしょーねえ」 「いや、確かに趣味はアレだけどよ・・・・・」 「まあ、アレだよね・・・・」 「何だよ」 運送業者を玄関まで見送ってきた高杉が、壁にもたれて腕を組む。 「てめェが何でもいいっつったんだろが」 「いや、言ったがよ!」 だってまさか本当に・・・と、ひどく慎重にコーヒーテーブルへライターを置く。コトリ、音を立てるそれを聞いて、唾を飲み込んでいる。 まるで、借りてきた猫だ。 「まァ、これはないよね、これは」、と一見灰皿とはわかりにくい変な物体を裏返したりしてみて、 漫画が全部収められた2つ並んだ棚を見た。 「俺の漫画パラダイスが、こんな居候猫の部屋なんかになっちゃうの? 出てった後はどうすんだよ」 「・・・・・・」 土方は何か考えるようにまぶたを伏せ、すぐにリビングに戻った。 うっわ、何だよ、と坂田は思う。何か俺が悪いこと言ったみてーじゃねェか。・・・言ったけど。 ・・・・くそ、世話かかる奴だな。 自分の部屋ができたのに、土方はこれまでと同じようにソファーを陣取って、テーブルで煙草を吸ったり、床に寝転びだらだらしていた。 夜中になっても、なかなか寝に行かない。明日の朝が早い高杉は気にする事なく早々に自分の部屋へひっこんでいる。 「・・・そういや、携帯はどうなったわけ?」 ソファーに寝転んでいつまでも爪なんかをいじっている土方に聞いてみた。 「いらねェ」 と、返ってくる。面倒そうに。 「・・・・・」 頬杖をついたまま、それに横目をやった。 土方はまさしく身一つでうちにきた。着ていた服と靴以外何も持ってきてはいない。いつだってここからふらりと出て行ける。それが、 この家に馴染み始め、自分のものが増え始め、自分の場所ができていくことに何か躊躇している。 はー、とため息をついた。 「ちょっと、来いよ」 土方の部屋のドアを開けて、ソファーに声をかけた。土方は爪に目を落として黙っていた。来いつってんだろォが、と喧嘩腰になりそうなのを何とかおさえて、 「土方」、我慢強く呼ぶ。 「・・・・何だよ」 うっとうしそうにこちらまで歩いてきた土方を、押して中に入れた。 「ベッド寝てみろよ。まだ、触ってもねェんだろ」 「何でだよ」 「いいから、寝心地確かめてみろって」 腕を引っ張ると、足がよろけた土方は、倒れこむように手をついてベッドに座った。ぼふり、という音と、横に傾いた姿勢で非難がましく見上げてくる目・・・・・・・・・ あー・・・・・・・ 「、のさ、ここはお前の場所だから」 耳をかきながら意識している内に、するりと言葉が出てきてしまった。 そう、もう土方の場所だ。リビングだってそうだ。冷蔵庫にマヨネーズが詰まっていて、 高杉とは違う煙草の吸殻が落ちていて、ソファーやテーブルにいる光景が当たり前になってきている。そりゃ、いつまで居るのか知らんが。 返事がないのが居心地悪い。 チラ、と土方に目をやると、くちびるを半分開いてこっちを見ていた。俺、の、と今言われた言葉を、ゆっくり飲み込もうとしてまだ喉でひっかかっている。 「ほら」 土方の体を押すと、あっさり倒れて横になった。ぽかんとしすぎだ、アホ。 「どんな感じですか、お前のベッドは」 まばたきをしてから、ベッドのシーツにちょっとだけ手を滑らせて、土方がやっとまぶたを閉じる。 「普通」 「わあ、ソレ一番ダメな感想。いくらしたと思ってんだか」 フ、と土方が思わずといった感じで笑った。くちびるの端がいつもより柔らかくあがっている。 坂田は細めた目でそれを見下ろした。 ベッドについていた自分の手が、ゆるく、拳を作る。 「・・・・・」 ゆっくり上半身を倒して。 顔を近づかせた。 暗い中で影を作っている土方の丸いまぶた。 くちびるへと目を伏せる。 ・・・・それから、バシ、とその額を払うように叩いた。 「わかったら、そこで寝ろもう。せっかくの家具が勿体ねェ」 「っ痛ェな!」 向けた背を足で蹴られそうになるのを避ける。悔しそうに、ばふり布団をかぶった音が聞こえる。 パタンとドアを閉じて、・・・ッはー、と髪をかいた。 ・・・今までの女なら、絶対、襲ってたシチュエーションだぞアレ。 そりゃ、一番の歯止めは高杉のだからだけど 「あー、やばいな」 手を顔に当てて座り込む。 夜中に自分の目の前で暗い中ベッドに転がって目を閉じていた土方。 勿体ないのは俺だ。 その景色が消えない。 目を閉じて、想像の中の彼を犯してしまう。もう、何度もしてきた。 けど、ここらあたりで限界だ。もー降りる。 高杉ィ、悪いけど、お兄ちゃんもうギブアップだよ あの本物を、組み敷きたい。この手で脱がせたい。俺が喘がせたい。どうしても。 何か今ので、最後の我慢を使った、感じ。 新しい匂いのするベッドの中は、不思議な気分がした。 広い部屋。 俺の、場所。 「・・・・・・」 そんなものはこの2年間、ずっとなかった。むずがゆい。変な感じ。金持ちすぎるのも問題だ。 (・・・それにしたって) 坂田の奴。 あいつって、結構、アレだ。 情がある気がする。面倒くさそうにしてたって、その根元には、そういうものが。 子猫が逝ってしまったときだってそうだった。 余計なことなんて何も言わずに、一緒に埋めにきた。空気がこちらを邪魔しないようにしていた。 猫なんか嫌いだと言ってたくせに。こちらから、硬くなった死体を躊躇もなく 奪うように受け取って。穴に横たえる時も、ひどく優しい手つきを、してた。 あんなに、俺のことを邪険にしてたくせに。 ここは、お前の場所だと、踏み入れることにたじろいていた自分を、中に入れてしまった。 惹きつける高杉とは違う。 坂田は、受け入れる。 どっちにしたって、この家は厄介だ。 いつかここを出て行く日がきたら。普通に行けるだろうか。 ・・・・まずは明日だ、いつもそうしてきたように自分に言い聞かせて目を閉じる。 まぶたの裏でさっきの坂田の空気が浮かんだ。 たぶん、キスしようとしたんじゃないか。目を閉じていたからはっきりとはわからないが、ゆっくり近づく気配を感じた。 俺のこと、気に入らない目で見てくるくせによ。 「・・・・・・・わっかんねー奴・・・」 呟いて、ぱりっとしたシーツに頭を擦り付けた。 その夜、土方は初めてビールで酔っ払った。 坂田が買ってきたのを見て、「お前ら毎回箱で買ってオッサンかよ」、と言った言葉に、「ガキにこの味はわかんねーわな」、と言われてカチンときた結果だ。 酔うことで、自分の場所ができたという何ともいえない感情をごまかしてる気もした。 目元を真っ赤にして、口元が常に笑っている。 「おいいい気色悪ィよ、こいつ! 今、むふふって言わなかった?!」 「飲ませたのはどこの誰だよ」 高杉はソファーで片膝を立て、すっかり他人事で煙草を吸っている。 「おいコラ、高杉ィ」 ソファーの後ろから土方が顔を出す。 「ヤらせろ」 すごい声だ。あの凄み。喧嘩でも売ってんのか。互いの唇からはみ出した土方の、舌。 坂田はちらり見て、自分のビールに目を落とし、やっぱりちらり見た。 「・・・・ったく、おい、いい加減離れろ。俺は今から飲み会だ」 「へえ、え? お前、そういうの行くのか」 土方がまばたきしている。 坂田は、チーカマを口にはさんだまま高杉に目をやった。そんなものに彼が顔を出すのは確かにめったにないが、 大学のジャズバンドの打ち上げに誘われたらしかった。しかもピアノが超美人の。しかも、彼女は高杉をいたく気に入ってる。 くそう、高杉の奴。最近あいつばっかに流れがきてんな、チーカマを噛み砕く。 「逃げんのかよォ〜」 「あのなァ・・・そこまでしたいなら、銀時に相手してもらえ」 上着をはおった高杉の言葉に、フン何だってこんなアホ天パにと土方は鼻で笑っているが、坂田の血は脈打った。 高杉を見てみるが、もうリビングに背中を向けている。 ・・・いいのか? 本当にヤっちまうぜ俺は。 昨夜はひいたが、おかげで欲はたまってる。酔っ払ってるとこなんか、絶好のチャンスだろ。これを逃すほど俺は理性的な男じゃない。 それでも、二人きりにするんだな 視線をわかってるのかいないのか、いつものように出てってしまうのを見送り、もう後は一人テーブルの表面あたりを見つめながら、じっと息を潜めた。 玄関までくっついてくる土方の額を、高杉がぐぐぐと靴べらで押し返す。痛ェ痛ェ、と土方がやっと肩から離れた。 「あ、そういやよ、チックの他にジャズピアノのCDねェの」 「何聞きてェんだ」 「あ? あーそうだな。じゃ、オスカー・ピーターソン」 「いかにも好きそうだな、お前」 銀時ィ、責任持って面倒みろよ、と言って高杉は玄関から出て行った。 返事はしなかった。 「マジで行きやがった、あいつ・・・今日は自信あったのに」 それで逃げたか?とか何とか見当違いのことを呟きながら、土方はふらふらとリビングに戻った。 酔いでドクドク早く回る血液を感じて、意識的に息を吐く。 ・・・カタリ、とやけに静かに坂田が椅子から立ち上がる音を聞きながら、CDの棚に這い、一枚抜き取った。ナット・キング・コールだ。 「初めはよ、ピアノの方がよかったよな・・・」 別に同意を求めたわけじゃないが、何も言わずに、後ろから足音が近づいてくる。 「・・・土方」 と、急に背後から両手が棚につき、体が閉じ込められた。坂田の体で、自分が影になる。 何だ? すこし頭を坂田の方へ向ける。 「フン、まさか本当にお前が相手すんのか? 俺に欲情でもしたのかよ」 「・・・ああ」 へえ、と適当に笑いながら、手元のCDを裏返した。 うなじに唇の感触がする。 「・・・・・おい?」 さすがに怪訝に思って振り返ると、急に強い力で肩をひかれて押し倒された。 「痛ッ・・・」 に、すんだよ、と見上げた坂田の影になった顔は真面目だ。瞳が獣のそれをしてる。 え。 徐々に銀の前髪が落ちてくるのを、どこかひと事のように見た。 唇があわさる。 半開きにしていたそこを舌が割って入ってくる。自分のそれを絡め取って、口内をなぞる。 ひどく近くで、坂田のこちらへ伏せられたまぶた。 ちょ、と我にかえって逃れようと横へ動くと、顎を掴まれ、深くなる。 「・・・ッン、」 キスをされている。 濃厚で性急で、セックスを匂わせる、種類の。 押し返そうとした両手も、何も言われずに片手で上に纏められてしまった。 「お・・い、てっめ、坂田」 「・・・・・・・」 「つ、おいって、っ・・・、」 胸元の左側にあるその頭を、いよいよ開いた目で見た。 いつもの嫌味も意地悪もない。無言に圧倒させる空気を持って、黙ってことを進めようとしてる。 俺に欲情した、まさか本当なのか。 思っている内に、坂田のその手がベルトにかかる。 「待ッ、」 坂田が体をすこし起こして、両手でそれを外しにかかった。静かなリビングにカチャリ音が響いて、肌を震わせた。 そこを握られると、きゅとまぶたが薄まる。ゆるゆると抜き上げられながら、 上半身の体重がこちらへ乗り、首筋に舌が這う。何があったのか、もう欲情しきって、はァ、とあがっている坂田の息が聞こえる。 「ふ、ンぅ、」 やばい。まずい。流されそうな予感。 今までの坂田なら、本気で蹴り飛ばしたのに。死ぬ気で抵抗したのに。昨晩、思い出してすこし見直した坂田の中身を思うと、あまり嫌悪感がない。 酒が入っているせいもある。 高杉とのキスですでにきていたせいもある。 坂田の手が、いつもセックスの時に使っているそれを探り片手でフタを開ける音がする。 「、ッ」 中で指を動かされて、手の甲を噛んだ。これが高杉だったら、高杉を噛んでる。 坂田は、とにかく早く自分で俺の中を感じたがっていた。 それがよくわかるくらい、じらすこともせず、しっかり早くこちらの快楽を引き出してくる。両膝を胸にくっつくまで折り抱えあげられて。 坂田が入ってくる瞬間、息を呑んだ。それから力を抜く。 「・・・・いッ・・・・ァ、・・・」 ふ、と坂田もすこしつめた息を吐くのが聞こえた。ゆっくり動かれ、床を爪でひっかいた。 久々にまともなセックスをしている気がした。 何せ高杉とのそれは、食うか食われるかの動物的戦闘でもある。毎回激しい。余裕なんてない。意識ごとぜんぶ持ってかれるし、奪おうとする。 坂田は・・・・なんだろうな。 ドSと言ってた割には普通だ。初めてだからかもしれないが。視姦されてるあたりが変態っぽいけど。 何かを、すごく、感じる。 「んッ、ァ」 坂田が体を折り、自分の顔横に腕をついた。 肩口に、汗ばんだ額が乗る。 は、は、と彼の熱い息が耳下で響く。 喉を反った。 終始無言だった坂田は、はァ・・・はァ・・・とこちらの肩で息を整えていた。それから、体を起こして、ベルトを閉めて、することがなくなったところで、 ようやく自分を見る。 「あー・・・・」 あー、なんだ。捲り上げられていたシャツを戻しながら、思った。頭をかいている坂田にちらり横目をやって、下着に手を伸ばす。 この雰囲気。 なんか、気まずい。 「・・・俺、風呂入ってくるから」 そう一言だけ言って、ジーンズを抱え風呂場に向かった。 熱いシャワーを頭から浴びながら、うわ、と片目を手で覆う。 坂田と、してしまった・・・・ あの坂田と。いや、坂田に二人のセックスライフを聞かされた時は、それも考えたけど。 もしすることになるなら、嫌々するものだと思ってた。 坂田だって、ただの性欲の捌け口にするものだと。 「・・・・・・」 トン、とタイルに額をつく。 ・・・何考えてんだあいつ。 ていうか、この場合どうなるんだろう。高杉には黙ってた方がいいのか。 そんなことを考えながら、一時間は風呂で過ごして出てくると、坂田がこちらに背を向けて椅子に座っていた。まだチーカマを食べている。どんだけ好きなんだよ。 けど、汚れた床は綺麗にされていた。・・・あれ。 「・・・・おい、俺が聞こうと思ってたナット・キング・コールどこやったんだよ」 「ちゃんとする前棚に仕舞っといたよ、どうよこの手際、汚れたら困ると思っ・・」 その背中に蹴りを入れる。 「ジャズを汚すな!」 「け・・・がしそうだったのはお前だろうが! あんな感じちゃってさー俺そんなによかった?」 「バ、おっ・・・いきなり襲ってきたのはそっちだろ、俺がよかったんだろうが!」 いや、バカ、何言ってんだ俺。振り向いてきた目と合って、そらしそうになるのをぐっとこらえる。 もう、いつもの憎たらしい坂田だ。 腹立つ。肩を体当たりするように押して、手を伸ばす。 「リモコンよこせ!」 「俺が見てますー」 顎を押されて、避けられる。 そのまま喧嘩しつつも、よほどサッカーが見たいらしく、 チャンネルをもう諦めると、テレビの解説にいつもの調子で一緒にツッコミを入れてしまっていた。 「地球を蹴ったって何だよ、地球ってよ・・・」 「俺でも蹴れるっつーの。地面って言えよ」 「もうこの解説、解説してねェよ・・・ただの一ファンだよ・・・」 だんだん眠たくなってくる。そろそろ部屋に戻ろうか・・・ 思っている内にいつの間にか夜中を過ぎ、ガチャン、と玄関の音がして、二人して思わず顔をリビングのドアに向けた。 高杉だ。 どくっと緊張で心臓がなる。 じっとしていられなくて、ソファーから立ち上がったところで、ドアが開いた。 「お帰りー」 坂田がテレビを見たままいつものように平然と言う。 ・・・・・さっきは、耳元であんなに弾んだ息をさせながら、俺のこと、必死でしてたくせに。 「・・・高杉」 「あーおらよ」 何か言う前に、いきなり大きな袋を渡された。角が腕に当たる。何だコレ。 「げえ、すげェ・・・」 中を見て、声が漏れた。オスカー・ピーターソンを一番上にしたそれは主にジャズピアニストのアルバムだ。15枚はある。感動で言葉がでない。すげェ。 「高杉ィ」 椅子に座った高杉をガタン!と椅子ごと押し倒して(一瞬びっくりしていた。レアだ) 顎に手をかけこちらに向かせた。唇を落とし、そのまま、細い腰を 両手で撫であげながら、ちゅ、ちゅ、と首筋を辿って噛んでいく。・・・なんか、女の香水の匂いがする。 「あーあー嬉しいのはわかったから、今日は寝かせろ。疲れた」 「・・・俺は犬か」 ガブリ、と鎖骨に思い切り歯を立てる。 「ぎ・・ん時、面倒みろっつったろ! まだ酔わせたのかよ」 「ちゃァんとみましたーあ、土方ァ、ナット・キング・コールあったぜ」 その声色に高杉から顔をあげると、坂田と目が合った。 まぶたをすこし伏せてさっきのことを嫌でも思い出させるような。 こ・・・の天パ。 高杉に馬乗りになったまま、ブン、とふんだくるようにそれを坂田の手から取り上げた。 二度とさせるか。・・・・そりゃちょっとはアレだったけど。けど、二度と・・・・・・・・ああくそ。 どうせなら、もっと遊ぶように適当にしてくれれば、よかったのに。 「何しょげてんだ」 額を押し付けた先の高杉がいつもの声で聞いてくる。いつもとぜんぜん変わらない。高杉の声だ。 (・・・気づいてんのかな。気づいてねェのかな・・・・) ・・・・何でもねェ、と土方はその肩に髪を擦りつけ、小さく呟くようにだけ、返した。 → ← |