20万打リクの話

※注 土方と、オリキャラしか出てきません(あと山崎)
飛ばして頂いても、本編には関係してこないです




「土方、お前、ジャズ弾けるってほんとか」

同級生の彼女にそう聞かれたのは、高校生になって2ヶ月の時。
誰にでも好かれる人気者は、女とは思えない背の高さと髪の短さで、俺に話しかけた。
腐れ縁の総悟と山崎はまだ中学で、俺はといえばすでに一人喧嘩ばかりしていて、「親亡くなったんだって」、という噂話の理由で片付けられたくないけれど、 くすぶってる何かをそういうことでしか発散できなかったのは事実。
まともに話しかけられたのは、まあ、初めて。
ジャズが弾けるのも、本当、だが
「・・・誰に聞いた」
「うちの近所の子が、沖田総悟と同じ中学」
あのヤロウ。つか、近所の子って こいつの友達の輪は直径何キロだ
「私、友達の兄貴らとジャズやってんだけど、ピアノ探してんだよ。聞かせろよ」
さばさばとした瞳が自分を見てる。万人を惹く、真っ直ぐな視線で。
・・・こういう類の人間は、苦手だ。
なので、
「あっ、土方! ピアノ、」
無視。
「あっなあ、土方ってば、ピアノ」
無視。
ずっと避け続けたのに、全くめげない彼女は学校で自分を見つける度に、ずけずけと寄ってくるので、
「・・・ああ面倒くせー、もう好きにしろ!」
と、ようやく投げやりで振り返った先の彼女は、
「あ、私の目ェ見た」
ギターを弾く手らしく、音楽室まで自分の服を引っ張る指の皮が厚かった。

後日、連れていかれたスタジオには男しかいなかった。
同級生は、これでも女子高生だ。彼女の貞操が若干心配になり(この時点でもうほだされかけているのをその時の土方は気づいていなかった)、すこし目を向けたら、 彼女はまばたきをしてから、「馬鹿!」とけらけら笑った。夏のひまわりみたいだった。
飲んだくれなサックスのおっさんがいて、ピアスばかりの冷静なベースがいて。
だるそうに淡泊な金髪は有名なジャズピアニストに似ていた。その時、合った視線の3秒の深さを誰も知らない。
「早く弾いてみて」
音楽室ですでに自分のピアノを聞いていた彼女は、自信満々で、自分の背を押した。
嫌々でも、ふてくされてても、ピアノに指を乗せると、勝手に入る。
鍵盤の重さが、絶妙なほどに指に戻り、まずピアノが気に入った。
ベースとドラムが土台になる安心感と、サックスとギターが合わさる音の重なりも、 同級生一人を相手にしていた時のように簡単には、無視できないものだった。
「早く飲んでみて」
歓迎されるままに、おっさんの家でみんなに酒をバカというほど飲まされ、次の日学校のテストを二日酔いで受けた。

土方は本物の麻雀を知らなかった。
「もちろん君も混ざるよね?」
ベースが、自分の家みたいに、おっさん家の戸棚から勝手に灰皿を取ってきて、 牌が積まれていく様子をただ見てたこちらへ、当たり前みたいに目を上げた。
「でもやったことない」と言ったら、おっさんが、
「まあまあ、打ってる内にわからァな。さて、今から男の時間だ。娘よ、お前は寝てな」
「誰が娘だよ」
彼女の髪をわやくちゃにかき混ぜた。彼女は嫌がりながらも、くすぐったそうにきゅうと猫みたいに目を閉じた。
「・・・・・土方お前、えげつねえ、信じらんねえ、何ドンピシャで全部止めてんだ」
「ワザとじゃねえ」
「・・・マジ可愛くねえ」
局終わりに、こちらをのぞきこんできた金髪が大の字になった。みんな勝手になれなれしい口をきいた。

初めてパチンコ屋に行った時は、土方は三回転で当った。 元は、それぞれに渡されたおっさんからの軍資金だった。
「土方、ソレ入ってるって!」
隣の彼女が、横からハンドルの手を重ねるように握って回してくる。いじらしい体温。
「わかってるよ! 放せ!」
「だってやり方知らねんだろ!」
清算時に、そのパチ屋で店員をしている金髪の彼が、
「・・・お前どんだけ引きいいんだよ。腕痛ェ」
27箱分の玉を計算機に流し込みながら、相変わらず眠そうな瞳で自分を見た。
「13万」
おっさんにそう報告して、あがりの分を渡す。
「・・・よくやった土方、全部もらうぞ」
「は、やだよ。半分って言ってたろ」
うるせえ、と抱え込まれた頭を、彼女がされていたようにくしゃくしゃと撫で回された。
俺はアンタの息子じゃねえぞ、って出そうになった言葉を、寸前で止めた。
上がりはバンの修理代にあてるんだそうだ。確かにあのバン、もうすぐ壊れそうだと土方は思っていた。

新しい曲を弾いてみる度、「土方走ってる!」、と全員に怒られる。
自分のパートをただ弾いてりゃいいってもんじゃない、ということを理解できてくると、 掴み始めた呼吸は、妙に味があって、すごく奥深い。何よりみんなジャズが好きだった。それが、とても、よくわかった。
「・・・ベース音、もうちょっと大人しくなんねえのか」
「ただ、土方とは双子みたい」
まあそうだな、と土方は思ったものだった。ベースは兄みたいで、おっさんはまるで父親みたいで、彼女は友達みたいで、・・・彼は。
「けどごちゃごちゃしてて重い」
大人共はスタジオ内とその帰りだけは結構真剣だ。時には険悪なムードになることもあったが、おっさんの家で酒が入るとすぐ仲良く笑い出した。 土方と彼女は、その馬鹿笑いを遠く聞きながら、よく畳の部屋で二人、眠った。
ふすま越しの、彼らの声。もれてる薄い光。
・・・さみしいような、こんな夜中の時間になると、土方はいつも無性に一人逃げたくなる。
「・・・土方、起きてる?」
彼女が、こちらに背を向けたまま、聞く。
黙って、天井を見た。
「今回、すげーよかった。あいつら揃いも揃って照れ屋だからお前には言わないけどさ。呆れないでよ」
すこし頭を転がして、その背中に目をやった。
呆れてなんかない。ただ
「・・・・・・・なあ、俺は、何ていうか・・・」
向こうの居間から聞こえてくる、誰かのいびき。
「こういうの初めてで、慣れないんだ」
セックスの前みたいなセリフになったと思った。似てるのかもしれない。少し怖くてでも少し憧れるその先の知らない場所。
「・・・土方さあ、それの意味って」
こっちに向けて落ちた短い前髪、その平たい額を叩いた。
「フン何考えたんだ、寝ろよ。俺も久々に集中して疲れた」
「ッ〜〜〜性悪ー!」
そうだよ。だから、お前みたいな奴はずっと明るい所にいりゃいいんだ。俺なんかにハマってんじゃねえよ。



その一日だけカッと気温のあがった、真夏の海だった。
おっさんは早々にビールを飲んだくれ、ベースはイレズミだらけの女と意気投合していた。
(・・・・・。)
海の家の後ろで、寝転んだ影の中、乗せられたタオルの位置をすこしなおす。
「土方は?」
彼女の声がする。
「さあー・・・・・浜辺にいんじゃねーの」
金髪が起き上がって、嘘をつく。
「それがいねーんだって、かなり探してんだけどな」
「・・・・・あのよう」
ここから顔は見えないけど、彼は気だるげに髪をかいていた。
「お前、土方のこと好きなの?」
「なッ、何言うんだ、バカ!」
声が照れすぎだ、お前。
「だって、あいつ、女ダメだろ。お前も薄々気づいてんじゃねえのか」
「・・・関係ねーじゃん」
「やめとけよ。うちに色事持ち込まれてもややこしい」
「・・・・・意地悪」
「ああ?」
「うるさいよ! もうお前なんかに何も頼まねーもん!」
「もんって・・・・・・・・子供かあいつは・・・・」
呆れた独り言。
(純粋なだけだよ。)
見ていたタオルのすき間を、もう一度まぶたで埋めようと思ったら、ひょいと取り上げられた。
じ、と見上げる先の髪。
「怒ったか」
「別に。本当のことだし」
さっき、海の上に伸びる橋の裏側で、俺は子供とぶつかった。
2mの高さから落ちて、深く沈んでいった。
どこまでも落ちていける気がした。それがふさわしい気もした。
目を閉じようとしたら、近くで、ざぶんと音がして、海の色に染まった金色から手が伸びた。
つい初めて呼んだ名前は、ぶわっと泡になった。
その後、
「水面にあがろうって努力くらいしろ」
橋の上に転がり、まだ力も入らない状態の頭をはたかれた。
「・・・・・・」
・・・うるせえ、ぴかぴかといちいちまぶしいんだよ。お前らみんな。額に当てた手で遮る。
ざあん、と返る波の音。陽射しの熱。まぶたが熱をもったみたいに、あつい。
「その内慣れる」
彼がそう言う。
「その内、ソレなしじゃ何も見えねえって言うようになるよ」
思いきり背中を叩かれ、げっほげほげほ、と水を吐いた。・・・いってえ、バカ。

酔いつぶれたおっさんの代わりに、機嫌の悪いベースが運転する帰りのバン。
渋滞につかまったせいで、もう夜の9時を回っていた。
真ん中の座席で彼女はよく眠っていて、一番後ろの座席で、隣の彼は頬杖をついていた。ちらり見て、前に戻す。
「・・・・・・・なあ、俺」
「何だ」
「・・・・」
彼は窓の外を見ていた。
ベースが、「着いたよ、」と言いかけ、うつむいている自分を見て止めた。彼が、先に行ってろとジェスチャーをして、車のキーを受け取った。
彼はただ黙ってそこにいた。
彼女に自分の居場所を教えなかったことだって、ただゆっくり休ませたかったって、それだけ言えばよかったのに。
「・・・アンタのせいだよ。アンタがああ言うから」
「何が」
「・・・・・・・・・・・・こんな日が。なんか、楽し、い」
素直に言ってしまったのが恥ずかしくって、けれど言わなければつっかかった骨みたいにいつまでも取れないものだった。
土方は、立てた膝に、額をくっつけた。
「責任、取れよ」
そうつぶやく。
彼の空気が急にわずかに初めて、色をみせて揺れた。

おっさん家に入ると、すでにいびきが聞こえて、みんな可笑しな格好で寝ていた。
俺は、彼に掴まれた腕を、畳の部屋に放られた。
「・・・・煽っといて、今更文句は言うなよ」
逆光の金髪が、ふすまを閉めるにつれ暗がりに染まり、自分を見た。
倒された体をはさんで、両手がつく。自分にかぶさったとたん、服に手が入ると同時に、 くちびるが下りてきたら、すぐ深くなった。
この予感を、初めて会った時から俺はたぶん知っていた。
「・・・・ふ」
肌をなぞる舌。たくしあげられたシャツ。足の先に脱いだズボンがひっかかって、布ずれが響く。
「は、ア、」
「聞こえる」
キスで口を塞がれ、互いの間に熱がこもっていく。汗ばんだ金色の髪、あつい息で上下する体。
畳でする手がすこし痛くて。
薄暗い部屋で密かに体温を交わした。



「土方ー! 今日夜の8時」
ガラリ教室を開けるなり大声で言う彼女に、ん、と返す。
物珍しそうにクラスメイトが、盗み見る。
「・・・・」
秋の空に、青いCDジャケットが浮かぶ。
30年前世界に出た、日本の男性ジャズピアニスト。あの金髪を思い浮かべると、親子の型ではめたみたいに重なって消えた。
「土方さん、ソレ気に入りました?」
「少なくとも弾かねーお前には、勿体無ェ」
山崎が親戚から譲り受けたというピアノはすごく指に馴染んだ。
「あ、そういえば沖田さんが、誰だっけな、何か紹介したマージン寄こせって言ってましたよ」
「アホか! 何で俺があいつにマージンやらにゃなんねんだ!」
「ふふ。土方さんがそうやって怒鳴るのって俺たちにだけですよねー」
「それがうれしいかよお前・・・・」
呆れて振り返った先の山崎はいつもみたいにへらへらしている。
「昨晩土方さん見かけましたよ。あれはあれで楽しそう」
昨日・・・・ああスタジオの帰りか。
自分は何故か山崎の母親にいたく気に入られているので、連泊で入り浸った。単身赴任の父親が帰ってきてからは、 気遣って、おっさん家に押しかけた。
10月に入るとベースが独り暮らしを始めたので、そこにも押しかけた。
「またお前か」「あー彼女もできない」と皮肉は言われても、嫌な顔一つされない。
麻雀をして、そっちが酒を飲ませといて未成年がと怒られて、ジャズを聞いて、映画を見て泣いて、笑って、あの時誰かが拾ったらしい貝殻に吸いがらがたまって。
行ける場所があって。
・・・・いつのまにか、とても。楽になった。
「土方? もう放課後だよ」
澄んだ匂いがこもった教室で腕に埋めていた顔をあげると、いつものように彼女が笑んだ。

「8時までどーする? あ、土方って実家?」
「叔母さん家」
「ふーん。彼女いねーの?」
階段を下りながら、さらっと聞いた彼女のうなじが緊張している。
「彼女はいねーけど」
「けど、何」
「・・・・・悪い。俺、無理なんだ」
「・・・そうか」
廊下に両足をついた彼女が、振り返る。
「じゃあ、男女だけど絶対友達のままいられるわけだよね」
そうだな、と言いかけて、その恥ずかしい肯定の返事を喉で止める。
「何照れてんだよ、土方」
「うるせーな、そういうのって口に出すもんじゃねーだろ」
踊り場に射す、窓の外の色。
揺れる彼女の制服のシャツ。青くさい、時間。
秋と冬の境目の、この人恋しさが何ともいえない季節にぴったりな和音がぱっと走って、目を細めた。
ああ、生まれる。
音の光だ。

「・・・お前アレ自作?」
スタジオ帰りの夜の信号前で、振り向くと、夜の金髪があった。
先に横断歩道を渡った3人が「おっさんとこでな〜!」とあげる手に、彼が目をやって、
「最初にちょっと弾いてたろ」
長い前髪の間で煙草の煙にしかめた片目が、またこちらに戻る。
「ああ、学校で浮かんで。さっき初めて弾いたからまだわかんねえけど」
「骨組ナシかよ・・・・」
「ひらめきは大事だろ。これから作るんだよ」
「別に、俺は褒めてるよ」
どこがだよ。
さっき鍵盤に指が触れるなり、あの時の音を思い出した。
何となくだけ形になる少しのコード。どうリズムをつけるか、どんな音をどう乗せるか。 頭の芯の場所がはっきりわかるような集中力と、そこから生まれる可能性に鳥肌が立った。
この感覚を忘れない内に土台作りをしたい。
今日山崎空いてっかな・・・
「・・・お前、こういうバンドよりピアノ主体の方が向いてんじゃねえ」

携帯からあげた視線の先で、信号の青が点滅する。
ど真ん中で止まっているこちらを振り返った彼は、目を見開いた。
「何・・・つー顔してんだよ。俺はただお前の才能を考えただけ、」
「ピアノが要るって言ったのはそっちじゃねーか。引き入れたのはお前らだろ。途中で置いてくなよ、前言ってた懸念があんなら、」 お前のことも
諦めるから
そう言ってる途中で腕をぐいと引かれ、信号を渡り切った。
「ったく、誰が置いてくんだよバカ」
彼が払うように手を離す。そうやって目の前ですぐに歩みを再開するから、どうしてだか不安で、
「・・・おい、勝手に行くなよ」
彼の足が止まり、その肩が、はーと息で下りた。
「行かねえよ。・・・・・置いてかねーよ」
誰も
前を向いたまま、大きな手の平が、後ろにいるこちらへ伸びる。躊躇した手首を、強く掴まれた。



・・・なあ、俺を引っ張ってくれた背中を、今でも、夢に見る。
置いてかないって。そう、言った。



(そう、夢だ。)

「ちょ、誰か土方起こして! 一時間目始まる!」
バタバタと彼女の足音がうるさい。
何だか、懐かしい夢を見た気がする。

(違う、これが夢なんだ)

んーん・・・寝返りを打った体を、「おい」と蹴られた。
「遅刻だってよ」
寝ぼけた目で見上げた、くわえ煙草の金髪は、いつも通りだるそうだ。
しかめたまぶたをかきながら、起き上がると、全開のふすまからまだのん気に寝ているおっさんとベースが見える。いつもの景色・・・

(違う、起きろ、俺)

「う・・・俺もまだ寝てえ・・・」
「もうすぐ中間!」
彼女にずるずる引っ張られ、ネクタイを回され、玄関で靴紐を結ばれる。
「嫁みてー」
寝ぐせのひどい金髪がリビングから傾いて言うと、
「バーカバーカ!」
彼女がドアを開けた向こうにさわやかな朝。
「じゃ行ってきます! はーライブのことばっかり考えちゃう、緊張する」
「再来週の木」
「了解、土方ちゃんと歩いて!」
甲斐甲斐しい彼女の肩に額を預けたまま、(そうだ・・・あの曲ができたら。こいつに、やろう)、と素直に思った。
考えながら、見た外の光景がばっと目に痛い。
こわいくらいに、もうあたたかな。
・・・春の空。


ぬるい感触が、目じりを伝った。