2011.11.27.




さかな子ちゃん:出会い


 さかな子ちゃんは、ピンクのおかっぱで背が小さい。しましまのタイツを履いている。
悪の女王である。(「家系」だそうだ。)
さかな子ちゃんとの出会いは誘拐で、あたしがマルイへ出かけた時、風船を配っていたウサギのきぐるみがとつぜん車(アウディA8だった)に、あたしを押し込んだのだ。 びかびか紫に光るアメジストだらけの神秘的な館に着くと、真ん中でじつに庶民的なマッサージチェアに座っていたのがさかな子ちゃんである。
「その女王が、何であたしを?」
「デパートでヒロインショーやってたでしょ」
「やってないよ」
「じゃあ、何やってた」
「ワイヤレスブラジャー買ってた」
「・・・・・じゃあ、間違えた」
さかな子ちゃんは、淡泊に告白した。確かに、あたしは正義の役なんてぜんぜん似合わないただのライターだ。元ヤンだし、悪役好きだし、どちらかというと 世界の正しいルールが嫌いである。
「でも、間違えたって、なんで」
「金髪だから」
そうして、マッサージチェアのせいで、どるるるるると頭が震えている さかな子ちゃんは、あたしが手に持っているケーキの雑誌に気づいたら、 こちらをさしていた人差し指を、前歯でちょっと、噛んだのである。その様子は、とても甘くてかわいかった。
「ケーキ好きなの?」
「好きすぎ」
「あたしの家の近くにおいしいバナナタルトのお店が・・・・・」
・・・あるのだけれど、悪の女王というのはそういう場所に行ってもいいキャラクターなのだろうか。悩んでいたら、さかな子ちゃんは、ぱっちりこちらを見つめて、
「行く」
まんまるの目のまま、うなずいた。
「でも大丈夫なの?」 何てか、悪の文化やしきたり的には
「いいの。その内女王やめるから」
なんで?
遅い反抗期
25才の同い年である、と判明したさかな子ちゃんが、誘拐された時とは別の車(アウディS4)を運転する。
バナナタルトを食べて、あたしのアパートに来たさかな子ちゃんは、台所でブランケットにくるまった 寝心地がいたく気に入ったようで、うちに居つくことをあっさり決めた。
それから、さかな子ちゃんは、あたしがコラムの仕事をしている間、ベランダのシクラメンを食べて、吐いている。




さかな子ちゃんの朝


 さかな子ちゃんが、朝の6時に、いきなり、玄関へ飛び出ていった。
「どうしたの」と聞くと、「肉まん」とだけ言って走っていく。
息を弾ませながら、ジャムパンを片手にいたく満足げに帰ってくる。
二口食べて、袋をぴっちり輪ゴムでしめてから、布団に戻る。
目をつむり、今食べたジャムは残りのジャムとパンを均等に食べるにあたって適量だっただろうか、と、深く、考えごとをしている。


さかな子ちゃんが、まだ布団でぬくぬくしている。
「毛布のしあわせ」と言って出てきそうにない。
あたしは、ちゃっちゃと台所でご飯を作る。
布団の中から「何作るの、アグリちゃん」と聞くので、
「オムそば」、と答えると、
その出来によっては、起きてやろうかどうか、と、じいっ…と、丸い目でひたすらにこちらを見つめている。




パパの手紙


 さかな子ちゃんのパパから、ぶあつい封筒が届いた。
マーブルチョコ柄の便せんが4枚出てきて、最後にはおおぎょうなハンコが押してある。
「何て書いてるの?」
と聞いたら、
「元気か、とかそんなの」
だいぶ要約したさかな子ちゃんは、一緒に送られてきた万札を数えている。 6才の頃から、自分が稼ぐ全部を父親に管理されているから「子離れしてほしい」のだと言う。
「アグリちゃん。家賃と、食費と光熱費を半分、教えて」
そう聞くさかな子ちゃんをびっくりして見つめる。
「なんで?」
「そういうことはちゃんとしなさいって書いてるの」
どうやら、パパはそういうことはちゃんとしている人のようだった。
さかな子ちゃんの不思議な緑のマニキュアの爪が、伝えた分のお金をきっちりこちらへ渡す。
パソコンの計算機を叩いていたあたしは、ふと振り返り、
「それ何て色?」
と聞くと、
「がま蛙」
と返ってきたので、きゅうきょ、蛙のことをネットで調べた。
『連続殺人鬼 カエル男』という本が一番気になった。




お出かけ


休みのお昼に起きると、さかな子ちゃんがレシートの整理をしていた。
コンビニ、本屋、コンビニ…と分けながら不思議そうに首をかしげる。
「1万が足りない。ちょっと今からパパに書類送る」
「パパのせいじゃないよ。自分が夜店でラジコン買ってたからだよ」
「なるほど」
それで納得したさかな子ちゃんは、せっかく分別したレシートをまとめてホッチキスで閉じると、「これメモ帳」と台の上に乗せた。

 河原で2人ラジコンを走らせた後、きつい眼鏡の男前(密かにエリートとあだ名をつけている)がバイトをしている中華料理店に寄る。 小回りがきくよね、風には弱いね、とラジコンの感想を言い合いながら、天津と春巻きを分け合う。
 帰り道でもラジコンを操縦していたさかな子ちゃんが、近所の子供につかまる。
先に帰ったベランダで、「やいコケたー!」「やめてよ、呪うよ!」というにぎやかな声を聞きつつ、洗濯物を干す。

さかな子ちゃんが買ったらしい、男性用のブーメランパンツが出てきて驚く。



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